急性動脈閉塞症は、動脈の血流が突然途絶することによって引き起こされる緊急疾患です。この状態では、閉塞した動脈より末梢の組織に血液が供給されなくなり、酸素や栄養素の欠乏により組織障害が急速に進行します。
発症メカニズムは主に2つに分類されます。
患者背景としては、高齢者、喫煙者、高血圧、糖尿病、高脂血症などの動脈硬化リスク因子を持つ方々が多いです。特に心房細動を有する患者は、抗凝固療法を適切に行っていない場合、急性動脈閉塞症を発症するリスクが高くなります。
解剖学的には、塞栓は動脈分岐部に詰まりやすい傾向があり、下肢では大腿動脈分岐部が最も頻度の高い閉塞部位となります。上肢では腋窩動脈から上腕動脈にかけての閉塞が多くみられます。
急性動脈閉塞症の典型的な症状は、「5つのP」として知られています。これらの症状は診断の重要な手がかりとなるため、臨床現場で迅速に認識する必要があります。
1. Pain(疼痛)
最初に現れる症状として、突然の激しい痛みが特徴的です。これは虚血による組織の酸素欠乏が原因で、閉塞部位より末梢に生じます。痛みの性質は持続的で、安静時にも続き、通常の鎮痛薬では十分に緩和されないことが多いです。
2. Pulselessness(脈拍消失)
閉塞部位より末梢での脈拍が触知できなくなります。これは客観的な所見として重要であり、両側の脈を比較することで閉塞の存在と部位を推定する手がかりとなります。上肢では橈骨動脈、尺骨動脈、下肢では大腿動脈、膝窩動脈、後脛骨動脈、足背動脈などの触診が有用です。
3. Pallor/Paleness(蒼白)
閉塞部位より末梢の皮膚が蒼白となります。これは動脈血流の途絶により生じる所見で、特に健側との比較が診断に役立ちます。時間経過とともに青紫色(チアノーゼ)や、さらに進行すると壊死による黒色に変化することもあります。
4. Paresthesia(知覚障害)
しびれ感や感覚鈍麻など、知覚の異常を呈します。この症状は虚血による末梢神経の機能障害を反映しており、病態が進行するとともに悪化します。知覚障害の出現は、組織虚血がかなり進行していることを示す重要なサインです。
5. Paralysis/Paresis(運動障害)
虚血による筋肉への酸素供給不足により、筋力低下や麻痺が生じます。これは特に重篤な症状であり、発症からの時間経過が長いことを示唆します。運動障害の存在は、緊急の血行再建が必要な状態を意味します。
これらの症状の進行度は虚血の持続時間と相関しており、発症早期には疼痛と蒼白のみであっても、時間の経過とともに知覚障害や運動障害が出現してきます。特に知覚・運動障害の出現は組織壊死のリスクが高まっていることを示し、緊急の治療介入が必要です。
また、症状の分布範囲から閉塞部位を推定することも可能です。例えば、下肢全体の症状は総腸骨動脈や大腿動脈の閉塞を、足部のみの症状は膝窩動脈以下の閉塞を示唆します。
急性動脈閉塞症の診断においては、迅速かつ正確な評価が極めて重要です。発症から治療開始までの時間が予後を大きく左右するため、効率的な診断プロセスが求められます。
臨床診断
まず初めに詳細な病歴聴取を行います。症状の発症時期や進行状況、心房細動などの基礎疾患の有無、抗凝固薬の使用状況などが重要な情報となります。前述の5つのPに基づいた身体所見を丁寧に確認し、両側の比較を行うことで閉塞部位の推定が可能です。
特に重要な身体所見として、ドップラー血流計による動脈音の評価があります。携帯型のドップラー血流計を用いることで、脈拍触知が困難な場合でも血流の有無を評価できます。足関節上腕血圧比(ABI)の測定も有用で、通常0.9以下で血流障害を疑います。急性動脈閉塞症では著明に低下し、測定不能となることもあります。
画像診断
迅速に実施できる非侵襲的検査として、カラードップラー超音波検査が有用です。閉塞部位の特定、血流の有無、側副血行路の発達状況などを評価できます。しかし、術者の技量に依存する面があり、肥満患者や腹部深部の血管評価には限界があります。
CT血管造影(CTA)は現在、急性動脈閉塞症の診断において最も広く用いられている検査です。短時間で全身の血管評価が可能であり、閉塞部位だけでなく、塞栓源となり得る心腔内血栓や大動脈内プラークなども同時に評価できます。造影剤使用に伴う腎機能障害のリスクはあるものの、診断的価値は非常に高いです。
MR血管造影(MRA)も有用な検査ですが、緊急性の高い状況では検査時間の長さや、ペースメーカーなどの禁忌事項がある点に注意が必要です。
古典的な血管造影(DSA)は、診断と治療を同時に行える利点がありますが、侵襲性が高いため、現在では主に血管内治療の際に実施されることが多くなっています。
心臓評価
急性動脈閉塞症、特に塞栓症では心臓が塞栓源である可能性が高いため、心電図による不整脈の評価や、経胸壁心エコー・経食道心エコーによる心腔内血栓や弁膜症の評価も重要です。これらは再発予防の観点からも必須の検査といえます。
確定診断までの時間管理
急性動脈閉塞症は「Golden Period」と呼ばれる発症から4〜6時間以内の治療介入が理想的とされています。このため、詳細な検査よりも臨床診断を優先し、迅速な治療開始を心がけるべきです。特に重度の虚血症状(知覚・運動障害)がある場合は、詳細な画像診断を待たずに治療を開始することも検討します。
鑑別診断
急性の下肢痛や虚血症状を呈する疾患として、深部静脈血栓症、コンパートメント症候群、腹部大動脈解離などがあります。これらは治療方針が大きく異なるため、的確な鑑別が重要です。特に大動脈解離では、誤って抗凝固療法を行うと致命的な結果を招く可能性があり注意が必要です。
急性動脈閉塞症の治療は、発症からの時間、閉塞の原因、症状の重症度、患者の全身状態などを考慮して選択します。治療の大きな目標は、虚血組織への血流回復と組織壊死の防止です。
初期対応
診断がついた時点で、まず以下の初期対応を開始します。
カテーテル治療
現在、急性動脈閉塞症の第一選択治療として、カテーテルを用いた血管内治療が広く行われています。
カテーテル治療の利点は低侵襲であること、局所麻酔で施行可能なこと、および高齢者や全身状態不良の患者にも適応できることです。ただし、症例によっては時間がかかる場合もあり、重度の虚血では迅速な血流再開が困難な場合があります。
外科的治療
重度の虚血や、カテーテル治療が困難な症例では、外科的治療が選択されます。
外科治療の課題は、全身麻酔を要することが多く、手術侵襲が大きいことです。特に高齢者や心機能低下例では術後合併症のリスクが高まります。
薬物療法
軽度の虚血や、他の治療が困難な症例では薬物療法が選択されることもあります。
治療選択の指針
治療法の選択は以下の要素を考慮して行います。
24時間以上経過した慢性期の症例では、組織壊死が進行している場合が多く、切断を検討せざるを得ないことがあります。この場合、血行再建よりも患者の全身状態の安定化と適切な切断レベルの決定が重要となります。
急性動脈閉塞症の治療において、血流再開は最重要目標ですが、虚血状態にあった組織への血流再開(再灌流)それ自体が新たな病態を引き起こすことがあります。これを「再灌流障害」と呼び、時に命に関わる合併症となる可能性があるため、適切な理解と対策が重要です。
再灌流障害のメカニズム
再灌流障害は以下のメカニズムで発生します。
臨床像と診断
再灌流障害の臨床症状としては以下のようなものがあります。
診断は主に臨床症状とコンパートメント内圧測定(直接法または間接法)に基づきます。血液検査ではCK、ミオグロビン、乳酸値、電解質、腎機能の経時的評価が重要です。
予防と治療
再灌流障害の予防と治療には以下のアプローチがあります。
臨床的意義と最新の知見
従来、再灌流障害は避けられない合併症と考えられてきましたが、近年の研究では予防的介入の可能性が示唆されています。
日本血管外科学会雑誌に掲載された研究によれば、術前に遠隔虚血プレコンディショニング(RIPC)を行うことで、再灌流障害を軽減できる可能性が示されています。これは、患肢とは別の肢を短時間虚血にすることで、全身に保護シグナルを発生させる方法です。
また、血行再建後の局所冷却や、選択的α2アドレナリン作動薬(デクスメデトミジン)の投与も再灌流障害の軽減に有効との報告があります。
長時間(12時間以上)の虚血後の血行再建では、再灌流傷害のリスクが特に高く、一次切断が適応となる場合もあります。この判断には、虚血時間、患肢の状態、患者の全身状態など総合的な評価が必要です。
医療現場での実践的アプローチ
実臨床では、急性動脈閉塞症の患者を治療する際には、血流再開という目標だけでなく、再灌流障害への対策も含めた包括的なアプローチが重要です。具体的には。
これらの対策を事前に計画しておくことで、救肢率の向上と患者の生命予後改善に貢献できます。
急性動脈閉塞症の治療法は近年急速に進歩しており、従来の外科的治療に加えて、より低侵襲な血管内治療の選択肢が拡大しています。また、予防医学の観点からも新たなアプローチが注目されています。
最新のデバイスと治療テクニック
新世代の吸引カテーテルシステムは、従来のFogartyカテーテルでは到達困難だった遠位血管や分枝血管の血栓も効率的に除去できるようになっています。ペンウンブラシステムやアンジオジェットなどの機械的血栓除去デバイスは、血栓を破砕しながら吸引することで、迅速な再開通を可能にします。
血行再建後の再狭窄予防に、薬剤コーティングバルーンや薬剤溶出ステントの使用が増えています。特に、動脈硬化性病変を背景とした血栓症では、長期開存率の向上に寄与しています。
血管内治療と外科的治療を組み合わせたハイブリッド手術は、複雑な病変や多発病変に対して有効です。ハイブリッド手術室の普及により、一期的な治療が可能となり、患者の負担軽減と治療効率の向上が図られています。
重症例や、心肺機能が不安定な症例では、ECMOを併用することで、安全な治療介入と全身管理が可能になります。特に、広範な下肢虚血による再灌流障害が予測される症例では、術中・術後のECMO使用が救命率向上に貢献しています。
塞栓源に対するアプローチ
心原性塞栓症では、塞栓源への対策が再発予防に重要です。
心房細動患者で、抗凝固療法が禁忌または困難な場合、左心耳閉鎖デバイスによる塞栓予防が選択肢となります。WATCHMAN、AMULET、LAmbreなどのデバイスが臨床で使用されています。
心房細動に対するカテーテルアブレーションの技術向上により、洞調律維持が容易になり、抗凝固療法からの離脱が可能となるケースも増えています。
ワルファリンに比べて出血リスクが低く、モニタリングが不要なDOACの普及により、抗凝固療法のアドヒアランス向上と塞栓症予防効果の改善が期待されています。
予防医学的アプローチ
急性動脈閉塞症の一次予防・二次予防としては以下のアプローチが重要です。
心房細動患者や閉塞性動脈硬化症患者など、高リスク群の定期的なスクリーニングと適切な予防的介入が重要です。手持ちの心電図デバイスや、ウェアラブルデバイスによる不整脈モニタリングも有用です。
動脈硬化リスク因子(高血圧、脂質異常症、糖尿病、喫煙など)の徹底的な管理が重要です。特に薬物療法だけでなく、運動療法や食事療法などの非薬物療法も含めた包括的アプローチが効果的です。
高リスク患者に対して、急性動脈閉塞症の初期症状を認識し、早期受診を促す教育が重要です。特に「5つのP」の症状について理解を深めることが、治療の遅延を防ぐ鍵となります。
地域医療ネットワークの構築
急性動脈閉塞症の治療成績向上には、医療機関の連携体制が重要です。
急性心筋梗塞や脳卒中と同様に、急性動脈閉塞症に対しても、地域の医療機関での初期対応と高次医療機関への迅速な搬送システムの構築が求められます。
遠隔医療技術の発展により、専門医が離れた場所からでも診断・治療方針の決定に参画できるようになっています。これにより、専門医の少ない地域でも適切な初期対応が可能になります。
血管外科医、循環器内科医、放射線科医、麻酔科医、集中治療医、リハビリテーション専門職など、多職種によるチームアプローチが治療成績の向上に寄与します。
急性動脈閉塞症は、時間との闘いであると同時に、多角的・包括的な治療アプローチが求められる疾患です。最新の知見と技術を積極的に取り入れながら、一人ひとりの患者に最適な治療を提供することが重要です。