カルシトニンと血中カルシウム濃度の調節機序

カルシトニンは甲状腺C細胞から分泌されるホルモンで、血中カルシウム濃度の調節において重要な役割を果たしています。破骨細胞への作用や腎臓での排泄調節により、どのように体内のカルシウム恒常性が維持されているのでしょうか?

カルシトニンと血中カルシウム濃度

📊 カルシトニンによるカルシウム調節の3つの作用
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骨吸収の抑制

破骨細胞に直接作用し、骨からのカルシウム放出を抑制

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腎臓での排泄促進

尿中へのカルシウム排泄を増加させる

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腸管吸収の抑制

消化管からのカルシウム吸収を減少させる

カルシトニンの分泌機序と血中カルシウム濃度の関係

 

カルシトニンは甲状腺の傍濾胞細胞(C細胞)から分泌される32個のアミノ酸で構成されるペプチドホルモンです。血中カルシウム濃度が上昇すると、C細胞表面のカルシウム感知受容体が刺激され、カルシトニンの分泌が促進されます。このフィードバック機構により、血中カルシウム濃度が高まるとカルシトニンの分泌が増加し、逆にカルシウム濃度が低下すると分泌が抑制されます。
参考)副甲状腺ホルモン(PTH)とカルシトニン - 亀田メディカル…

カルシトニンの分泌は血中カルシウム濃度の変化だけでなく、ガストリンやGIP(胃抑制性ペプチド)などの消化管ホルモンによっても促進されます。この特性により、食後のカルシウム摂取に対して、骨へのカルシウムとリン酸の沈着を促進する役割を果たしている可能性が示唆されています。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC4370311/

血清総カルシウム濃度の正常範囲は8.8~10.4mg/dL(2.20~2.60mmol/L)であり、約40%は血漿タンパク質と結合し、残りの60%はイオン化カルシウムとして存在します。カルシトニンは主にこのイオン化カルシウム濃度の上昇に反応して分泌され、血中カルシウム濃度を低下させる方向に作用します。
参考)カルシウム濃度の異常の概要 - 10. 内分泌疾患と代謝性疾…

カルシトニンによる破骨細胞への作用と骨吸収抑制

カルシトニンの最も重要な作用は、破骨細胞に直接作用して骨吸収を強力に抑制することです。破骨細胞はカルシトニン受容体を発現しており、この受容体は破骨細胞に特異的に存在します。カルシトニンが受容体に結合すると、破骨細胞の骨吸収活性が速やかに抑制されます。
参考)カルシトニン

カルシトニンによる骨吸収抑制のメカニズムとして、破骨細胞の細胞骨格であるアクチンリングの崩壊が重要です。研究により、カルシトニンは酸分泌抑制とは別のメカニズムでアクチンリングを崩壊させることが示されています。ヒト破骨細胞では、マウス破骨細胞とは異なりプロテインキナーゼC(PKC)の活性化が骨吸収能の抑制およびカルシトニン受容体のダウンレギュレーションに重要な役割を果たします。
参考)KAKEN href="https://kaken.nii.ac.jp/ja/grant/KAKENHI-PROJECT-15791068/" target="_blank">https://kaken.nii.ac.jp/ja/grant/KAKENHI-PROJECT-15791068/amp;mdash; 研究課題をさがす

骨吸収の抑制により二次的に骨芽細胞による骨形成も抑制されるため、カルシトニンは骨代謝全体に影響を与えます。ただし、カルシトニンの骨吸収抑制作用は長期投与により減弱する現象(エスケープ現象)が知られており、これはカルシトニン受容体のダウンレギュレーションによるものです。
参考)臨床医学出版/日本メディカルセンター

💡 臨床的意義
カルシトニンは破骨細胞のV-ATPaseのa3サブユニットやCIC7、カテプシンKなどの骨吸収関連遺伝子の発現レベルには影響を与えず、主にアクチンリングの崩壊を介して骨吸収を抑制します。​

カルシトニンと副甲状腺ホルモンの拮抗作用

血中カルシウム濃度の調節において、カルシトニンは副甲状腺ホルモン(PTH)と相互に拮抗的に作用します。PTHは副甲状腺から分泌され、血中カルシウム濃度を上昇させる作用を持ちます。PTHは骨吸収を促進して骨から血液中にカルシウムを汲み出し、腎臓からのカルシウム再吸収を促進し、尿への排泄を減少させます。
参考)【人体】副甲状腺ホルモンとカルシトニン href="https://sgs.liranet.jp/sgs-blog/796" target="_blank">https://sgs.liranet.jp/sgs-blog/796amp;#8211; SG…

一方、カルシトニンはPTHとは全く逆の働きをします。カルシトニンは骨からのカルシウム放出を抑制し、腎臓でのカルシウム再吸収を低下させ、結果として血液中のカルシウム濃度を低下させます。この拮抗的なバランスにより、血中カルシウム濃度が精密に調節されています。
参考)もう一つの甲状腺ホルモン:カルシトニン ~ カルシウムの話 …

血中カルシウム濃度が低下すると、副甲状腺でつくられるPTHの量が増加します。反対に、血中カルシウム濃度が上昇すると、PTHの分泌は減少し、カルシトニンの分泌が促進されます。
参考)体内でのカルシウムの役割の概要 - 12. ホルモンと代謝の…

主要な相違点

項目 カルシトニン 副甲状腺ホルモン(PTH)
分泌部位

甲状腺C細胞
参考)カルシトニン(CT)|副甲状腺|内分泌学検査|WEB総合検査…

副甲状腺​
骨への作用 骨吸収抑制​ 骨吸収促進​
腎臓での作用 カルシウム排泄促進​ カルシウム再吸収促進​
腸管での作用 カルシウム吸収抑制​ カルシウム吸収促進​
血中Ca濃度への影響 低下​ 上昇​

カルシトニンの腎臓における作用機序

カルシトニンは腎臓において複数の作用を発揮します。主要な作用として、尿中へのカルシウムとリンの排泄を促進することで血中カルシウム濃度を低下させます。カルシトニンは腎臓でのカルシウム再吸収を低下させ、尿中への排泄を増加させます。​
興味深いことに、カルシトニンの腎臓への作用には種差が大きく、ヒトでの作用は必ずしも明確ではないとされています。しかし、カルシトニンは尿細管の1α水酸化酵素活性を促進することにより、活性型ビタミンD(1,25(OH)2D)の産生を高める作用を持ちます。この作用はPTHと異なる部位(近位直尿細管)で、異なる作用機序により発現すると考えられています。​
カルシトニンは細胞外液から骨へのリン(P)の移行を増大させるとともに、腎臓からのリン排泄を高めます。腎臓での作用により、糸球体で濾過されたカルシウムの再吸収が抑制され、結果として尿中カルシウム排泄が増加します。
参考)リンの調整機序(吸収と排泄) 3つのポイント

🔬 研究知見
カルシトニン投与により、尿中カルシウムとリンの排泄が即座に上昇することが臨床研究で確認されています。また、カルシウム負荷試験ではカルシトニン分泌が促進され、生理学的範囲内のカルシウム変化に対してもカルシトニンが反応することが示されています。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC1699071/

カルシトニンの臨床応用と測定意義

カルシトニンは臨床医学において複数の重要な役割を果たしています。最も重要な応用は甲状腺髄様癌の診断と経過観察です。甲状腺髄様癌はカルシトニンを産生するC細胞由来の腫瘍であり、血中カルシトニンとCEA(がん胎児性抗原)はほぼ100%高値を示す腫瘍マーカーとして利用されます。
参考)甲状腺癌の腫瘍マーカー[カルシトニン,CEA,ガストリン放出…

カルシトニンの基準値は性別により異なり、一般的に10 pg/mL未満とされますが、男性では60 pg/mL未満、女性では30 pg/mL未満を正常とする報告もあります。カルシトニン値が異常に高い場合は甲状腺髄様癌を疑い、専門的な検査が必要になります。血清カルシトニンが正常範囲内でも、カルシウム負荷試験やペンタガストリン負荷試験でカルシトニンの有意な上昇を認めれば、甲状腺髄様癌と診断できます。
参考)カルシトニンとは?骨とカルシウムを守るホルモンの役割

骨粗鬆症の治療においても、カルシトニン製剤が使用されます。カルシトニンは破骨細胞に直接作用して骨吸収を抑制し、特に骨粗鬆症に伴う骨痛の治療に奏効する特徴があります。週1~2回の筋肉内注射により投与され、強い鎮痛作用を持つため、背中や腰の痛みを伴う骨粗鬆症患者に選択されることが多いです。
参考)骨粗鬆症の薬物療法—カルシトニン,ビタミンK,イプリフラボン…

カルシトニン高値を示す主な疾患

📌 注意点
カルシトニンは食事により刺激を受けるため、早朝空腹時の採血が望ましいとされています。また、慢性腎不全では排泄不良により著しい高値を示すことがあるため、腎機能の評価も重要です。​

カルシトニンとビタミンDの相互作用

カルシトニンとビタミンDは、カルシウム代謝において複雑な相互作用を示します。活性型ビタミンD(1,25(OH)2D)は小腸でのカルシウム吸収を促進し、血中カルシウム濃度を上昇させる主要な因子です。ビタミンDは肝臓と腎臓を経て活性型に変換され、この活性型ビタミンDがカルシウムの腸管からの取り込みを促進します。
参考)ビタミンDの働きと1日の摂取量

興味深いことに、カルシトニンは腎臓の尿細管における1α水酸化酵素活性を促進することで、活性型ビタミンDの産生を高める作用を持ちます。この作用により、腸管からのカルシウム吸収が間接的に促進される可能性があります。一方で、活性型ビタミンD(1,25(OH)2D)はカルシトニン遺伝子の転写を著しく抑制することが報告されています。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC442503/

この相互調節機構は、PTH、カルシトニン、ビタミンDの三者による新しい内分泌フィードバックループを形成していると考えられています。PTHとカルシトニンは共に腎臓での活性型ビタミンD産生を促進しますが、その作用部位と機序は異なります。PTHは主にホルモン分泌を直接抑制されますが、カルシトニンは遺伝子転写レベルで抑制を受けます。​
⚠️ 臨床的注意
ビタミンDが欠乏すると、腸管からのカルシウム吸収の低下と腎臓でのカルシウム再吸収が低下し、低カルシウム血症となります。この状態ではPTH分泌が亢進し、骨吸収が促進される一方で、カルシトニン分泌は抑制されます。甲状腺機能低下症の患者では、カルシトニンの作用が低下するため高カルシウム血症になりやすく、カルシウム製剤の投与に注意が必要です。
参考)公益社団法人 福岡県薬剤師会 |質疑応答

カルシトニンが活性型ビタミンD産生を刺激し、腸管でのカルシウム吸収を促進する証拠を示した研究論文
カルシトニンと骨生理学に関する包括的なレビュー論文(骨粗鬆症、高カルシウム血症、Paget病における臨床応用について詳述)
副甲状腺ホルモンとカルシトニンの作用の違いをわかりやすく解説した亀田メディカルセンターの記事

 

 


カルシトニン: 基礎と臨床