ミオグロビンとヘモグロビンの違い

ミオグロビンとヘモグロビンは同じヘム蛋白でありながら、構造や機能に重要な相違点があります。単量体と四量体の構造的違いが、酸素運搬と酸素貯蔵という異なる生理的役割を生み出しているのでしょうか?

ミオグロビンとヘモグロビンの違い

ミオグロビンとヘモグロビンの主要な違い
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構造の違い

ミオグロビンは単量体で1つのヘム、ヘモグロビンは四量体で4つのヘムを持つ

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機能の違い

ミオグロビンは筋組織での酸素貯蔵、ヘモグロビンは血液による酸素運搬を担う

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酸素親和性の違い

ミオグロビンは高い酸素親和性、ヘモグロビンはアロステリック効果により協調的な酸素結合を示す

ミオグロビンの構造と機能

ミオグロビンは、筋肉組織内で酸素を貯蔵する重要な単量体タンパク質です 。この分子は153個のアミノ酸残基から構成され、分子量は約17,800の単一ポリペプチド鎖として存在しています 。
参考)ミオグロビン - Wikipedia

 

構造的特徴として、8つのαヘリックスが巧妙に配置され、これらが中央のヘム基を取り囲む形でタンパク質の立体構造を形成しています 。ヘム基内の鉄原子は、FヘリックスのHis93(近位ヒスチジン)と配位結合を通してタンパク質と結合し、6番目の配位位置で酸素分子と可逆的に結合します 。
参考)http://kuchem.kyoto-u.ac.jp/hikari/research/detail/Myogrobin/sakakura/myoglobin.htm

 

ミオグロビンの主要機能は以下の4つに大別されます。

  • 長期間の酸素貯蔵(Long period oxygen storage)
  • 生体触媒としての働き(Biochemical catalyst)
  • 酸素透過の促進(Facilitation of oxygen diffusion)
  • 短期間の酸素バッファー機能(Short-time oxygen storage)

特に持久力を要する赤色筋肉に多く存在し、運動時など筋肉中の酸素濃度が低下した際に蓄えていた酸素を放出する役割を果たします 。
参考)ヘモグロビンとミオグロビンの違いは?

 

ヘモグロビンの構造と機能

ヘモグロビンは血液中の赤血球に含まれる四量体タンパク質で、全身への酸素運搬を担う分子です 。成人ヘモグロビン(HbA)は、141個のアミノ酸からなるα鎖2本と146個のアミノ酸からなるβ鎖2本で構成され、α2β2の四量体構造を形成しています 。
参考)https://square.umin.ac.jp/transfusion-kuh/related/Hemoglobin/index.html

 

各サブユニットには1個ずつのヘム基が結合しており、1分子のヘモグロビンは計4個のヘム基を持ちます 。この4つのヘム基により、1gのヘモグロビンは約1.34mLの酸素と結合できる高い酸素運搬能力を発揮します 。
参考)ヘモグロビン (Hemoglobin)

 

ヘモグロビンの主要機能は血液循環による酸素の全身運搬です 。肺胞内の高い酸素分圧下では酸素と結合してオキシヘモグロビン(鮮赤色)となり、組織の低酸素分圧下では酸素を放出してデオキシヘモグロビン(暗赤色)となります 。動脈血では約95%がオキシヘモグロビン、静脈血では約75%となり、効率的な酸素供給システムを構築しています 。
参考)ヘモグロビン

 

ミオグロビンとヘモグロビンのアロステリック効果の差異

両タンパク質の最も重要な機能的差異は、アロステリック効果の有無です 。ヘモグロビンは代表的なアロステリック効果を持つタンパク質として知られており、1つのヘム基に酸素が結合すると、グロビン鎖の立体構造変化を通じて他のヘム基の酸素親和性が向上する協調的結合を示します 。
参考)https://square.umin.ac.jp/transfusion-kuh/related/allosteric/index.html

 

この協調性により、ヘモグロビンの酸素結合曲線はS字状(シグモイドカーブ)を描き、酸素濃度の高い肺では効率的に酸素を取り込み、酸素濃度の低い組織では効率的に酸素を放出できます 。
対照的に、ミオグロビンは単量体であるためアロステリック効果を示さず、酸素結合と酸素濃度の関係は単純な濃度依存性を示します 。この特性により、ミオグロビンは一般的な組織の酸素濃度では酸素を放出せず、筋肉中の酸素濃度が著しく低下した緊急時にのみ酸素を放出する貯蔵庫として機能します 。
参考)https://event.phys.s.u-tokyo.ac.jp/physlab2022/pdf/bp-article05.pdf

 

ミオグロビンの酸素親和性とボーア効果

ミオグロビンは、ヘモグロビンよりも高い酸素親和性を持つことが特徴的です 。この高い酸素親和性により、血中のヘモグロビンから効率よく酸素を受け取り、筋肉組織内に蓄えることができます 。
参考)Mb

 

重要な点として、ミオグロビンはヘモグロビンが示すボーア効果の影響を受けません 。ボーア効果とは、血液中の二酸化炭素濃度上昇やpH低下、温度上昇などによってヘモグロビンの酸素親和性が低下し、酸素解離曲線が右方移動する現象です 。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/biophys/47/3/47_3_167/_pdf

 

この効果により、ヘモグロビンは代謝が活発で二酸化炭素濃度が高い組織において酸素を離しやすくなります 。一方、ミオグロビンは単量体構造のため協調的な構造変化を起こさず、pH、温度、二酸化炭素濃度の変化に対してヘモグロビンのような敏感な応答を示しません 。
参考)https://square.umin.ac.jp/transfusion-kuh/related/Bohr/index.html

 

ミオグロビンとヘモグロビンの臨床的意義と病理学的相違

両タンパク質は臨床診断においても重要な役割を果たしますが、その意義は大きく異なります。ミオグロビンは分子量が小さく(約17,500)、筋細胞損傷時に容易に細胞外へ漏出して血中に流入する特性があります 。この性質を利用して、血中ミオグロビン濃度測定により心筋梗塞や筋ジストロフィーなどの筋細胞損傷を伴う疾患の早期診断が可能です 。
参考)千葉大学サイエンスプロムナード - ミオグロビン

 

ヘモグロビンの場合、赤血球外に漏出すると過酸化活性を示し、細胞膜への損傷や酸化ストレスを引き起こす可能性があります 。特に、遊離ヘモグロビンは過酸化水素と反応してフェントン反応により活性酸素を生成し、組織障害の原因となり得ます 。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC11893434/

 

進化的観点から見ると、クジラやアザラシなどの海洋哺乳動物の筋肉には特に高濃度のミオグロビンが含まれており、これにより長時間の潜水活動が可能となっています 。この適応は、酸素貯蔵機能に特化したミオグロビンの重要性を示しています。