肺塞栓症は時間経過によって異なる病態を示し、大きく3つの種類に分類されます。それぞれの特徴を理解することは、適切な診断と治療方針の決定に不可欠です。
**急性肺塞栓症(APTE)**は、突発的に発症し、急激な症状進行を特徴とします。主に下肢や骨盤内の深部静脈から形成された血栓が肺動脈に到達することで発症します。患者は突然の呼吸困難、胸痛、冷や汗、失神などの症状を呈することが多く、重症例では心肺停止に至ることもあります。診断には迅速性が求められ、CT血管造影が確定診断の標準的手法となっています。
急性肺塞栓症の主な症状。
亜急性肺塞栓症は、急性ほど激しい症状は示さず、ある程度の期間をかけて血栓が進行する形態です。初期症状は軽度の呼吸苦や倦怠感など比較的穏やかで、徐々に症状が増悪する傾向があります。急性型に比べると軽度の発作を繰り返すような経過をたどることも特徴です。診断が遅れやすいため、原因不明の呼吸困難や胸部不快感が続く場合には本疾患を疑う視点が重要です。
**慢性肺塞栓症(CPTE)**は、血栓溶解療法や抗凝固療法にもかかわらず、6カ月以上にわたり肺血流分布や肺循環動態が改善しない病態を指します。徐々に増強する労作性呼吸困難が特徴で、進行すると右心不全症状が出現します。慢性期には肺高血圧を合併することが多く、特に慢性血栓塞栓性肺高血圧症(CTEPH)への進展は予後不良因子となります。
各種類の発症頻度比較。
種類 | 相対的発症頻度 | 診断の難易度 | 予後 |
---|---|---|---|
急性 | 高い | 中等度 | 早期治療で改善 |
亜急性 | 中等度 | 高い | 比較的良好 |
慢性 | 低い | 極めて高い | 肺高血圧症合併で不良 |
肺塞栓症の治療方針決定には、適切な重症度評価が不可欠です。European Society of Cardiology(ESC)やAmerican Heart Association(AHA)のガイドラインに基づき、肺塞栓症は主に以下の3つの重症度に分類されます。
**高リスク型(Massive/重症)**は、右室機能障害と低血圧を伴う状態です。低血圧は収縮期血圧が90mmHg未満、またはベースラインから40mmHg以上の低下が15分以上続く状態と定義されます。この型は死亡リスクが高く、緊急の介入が必要です。高リスク型では血栓溶解療法やカテーテル治療、外科的血栓摘除術などの積極的治療が検討されます。
**中リスク型(Submassive/亜重症)**は、右室機能障害はあるものの血圧は保たれている状態です。右室機能障害は、CT血管造影や心エコー検査での右室拡大や壁運動低下、またはトロポニンや脳性ナトリウム利尿ペプチド(BNP)などの循環血中バイオマーカーの上昇によって確認されます。ESCでは、簡易肺塞栓症重症度指数(simplified PESI)スコアが0より大きい患者もこの分類に含まれます。
中リスク型はさらに以下のように細分化されることもあります。
**低リスク型(Non-massive/軽症)**は、右室機能障害も低血圧も認められない状態です。ESCの定義では簡易PESIスコア=0の患者がこれに該当します。低リスク型は予後が比較的良好で、早期退院や外来治療も検討可能です。
重症度評価に用いられる主な指標。
右室機能評価の重要性は近年さらに注目されており、右室/左室径比>0.9や心室中隔の扁平化などが予後不良因子として報告されています。循環動態が不安定な高リスク型では、カテコラミンなどの循環作動薬による支持療法も併用されることがあります。
肺塞栓症は塞栓が生じている血管の範囲や部位によっても分類され、これは画像診断による評価が重要となります。塞栓範囲の違いは症状の強さや治療方針に大きく影響します。
中枢型肺塞栓症は、主肺動脈や左右肺動脈の主幹部など、太い肺動脈に血栓が生じる型です。閉塞する血管径が大きいため、広範囲の肺血流が障害されやすく、循環動態に与える影響も大きくなります。CT血管造影では主肺動脈内の充満欠損像として描出され、肺換気血流シンチグラフィーでは区域性の血流欠損を示します。
末梢型肺塞栓症は、区域枝や亜区域枝などより細い肺動脈に血栓が生じる型です。個々の血栓は小さいものの、多発すると累積的に肺循環に大きな影響を与えることがあります。末梢型は中枢型に比べて診断が難しく、高分解能CTや肺血流シンチグラフィーが有用です。
特殊な塞栓部位として鞍状肺塞栓症があります。これは主肺動脈の分岐部と左右肺動脈に血栓が詰まる形態で、その形状が馬の鞍に似ていることからこの名称があります。鞍状塞栓は通常、中リスクまたは高リスクの臨床像を呈しますが、必ずしも全例で重症になるわけではありません。血栓のサイズや閉塞の程度により、臨床症状は様々です。
画像診断の選択と特徴。
塞栓範囲評価の意義は治療方針決定だけでなく、血栓溶解療法の適応判断や予後予測にも重要です。中枢型では積極的な介入が検討されることが多い一方、末梢型では抗凝固療法が中心となります。
肺塞栓症には通常の分類に当てはまらない特殊な病型が存在し、その中でも特に重要なのが慢性血栓塞栓性肺高血圧症(CTEPH:Chronic Thromboembolic Pulmonary Hypertension)です。
慢性血栓塞栓性肺高血圧症は、肺塞栓症患者の1~3%に発症する重篤な合併症です。急性肺塞栓症の後、適切な抗凝固療法が行われたにもかかわらず、器質化した血栓が肺動脈内に残存し、肺血管の閉塞や狭窄が持続することで肺高血圧を引き起こします。CTEPHは厚生労働省の特定疾患治療研究事業対象疾患に認定されており、その管理には専門的な知識と継続的なケアが必要です。
CTEPHの特徴的な症状。
診断には右心カテーテル検査が必須で、平均肺動脈圧が25mmHg以上、肺動脈楔入圧が15mmHg以下であることを確認します。画像検査では肺換気血流シンチグラフィーで区域性の血流欠損、肺動脈造影や造影CTで慢性的な血栓性閉塞所見を認めることが確定診断の根拠となります。
CTEPHの治療には、薬物療法、バルーン肺動脈形成術(BPA)、外科的肺動脈血栓内膜摘除術(PEA)などがあります。溶解性グアニル酸シクラーゼ刺激薬であるリオシグアトが薬物療法として承認されており、手術適応がない場合や術後の残存肺高血圧に対して使用されます。
他の特殊型の肺塞栓症としては、以下のようなものがあります。
遷延性肺血栓塞栓症(Recurrent PTE):慢性肺血栓塞栓症の経過中に急性の血栓塞栓症状をきたす病態です。既存の血栓に新たな血栓が加わることで症状が悪化します。
非血栓性肺塞栓症:血栓以外の物質が肺動脈を閉塞する場合で、脂肪塞栓症(骨折後など)、空気塞栓症(中心静脈カテーテル操作後など)、羊水塞栓症(分娩時)、腫瘍塞栓症(悪性腫瘍)などがあります。これらは通常の血栓溶解療法が効果を示さず、原因に応じた特殊な管理が必要です。
日本循環器学会の肺血栓塞栓症および深部静脈血栓症の診断・治療・予防に関するガイドラインで詳細な診断基準や治療方針が解説されています
肺塞栓症は種類や重症度によって異なるリスク因子が関与しており、それぞれに適した予防アプローチが求められます。リスク評価と予防戦略の最適化は再発防止と患者転帰改善の鍵となります。
急性肺塞栓症のリスク評価では、血栓形成の3大要因である「血流の停滞」「血管内皮障害」「血液凝固能の亢進」に関連する因子を評価します。特に手術後患者、長期臥床者、肥満患者、がん患者は高リスクです。日本人では欧米に比べ発症頻度は低いものの、高齢化や食生活の欧米化により増加傾向にあります。
急性肺塞栓症の主な危険因子。
慢性型へのリスク転換因子としては、急性期の不十分な抗凝固療法、抗リン脂質抗体症候群の合併、若年発症、特定の遺伝的素因(線溶系異常など)などが挙げられます。急性肺塞栓症患者の約1~3%がCTEPHへ進展するリスクがあり、定期的なフォローアップが重要です。
肺塞栓症の予防アプローチは物理的予防法と薬物的予防法に大別されます。
物理的予防法。
薬物的予防法。
長距離移動(特に飛行機旅行)におけるエコノミークラス症候群予防のための実践的アドバイス。
注目すべき最新の予防戦略として、手術患者では術前リスク評価に基づいた層別化予防が推奨されています。低リスクでは早期離床のみ、中等度リスクでは機械的予防法、高リスクでは薬物的予防法と機械的予防法の併用といった段階的アプローチが効果的です。また、入院患者全体に対するリスクアセスメントモデル(RAM)の導入により、院内発症の肺塞栓症を20%以上減少させた施設も報告されています。
すべての医療従事者が肺塞栓症の種類別リスクを理解し、適切な予防措置を講じることで、この致命的な疾患の発生率と死亡率の低減に大きく貢献できます。