シャントの種類と合併症
シャントの基礎知識
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透析の命綱
透析治療に必要な血液量を確保するため、手術で動脈と静脈をつないだ血管
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主な種類
自己血管内シャントと人工血管内シャントの2種類が一般的
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合併症リスク
繰り返しの穿刺や血流変化により狭窄、閉塞、感染などが発生する可能性
シャントの基本知識と種類について
シャントとは、血液透析治療を行うために必要な血管アクセスの一種です。透析患者さんが治療に必要な十分な血液量を確保するため、手術によって動脈と静脈をつなぎ合わせた特殊な血管経路を指します。この動静脈の接続により、通常よりも多くの血液を短時間で体外に取り出し、浄化して体内に戻すことが可能になります。
シャントには大きく分けて2つの種類があります。
- 自己血管内シャント:患者さん自身の血管を使用するタイプ
- 最も一般的で体への親和性が高い
- 感染リスクが低い
- 長期間の使用に適している
- 主に前腕の橈骨動脈と橈側皮静脈を接続して作られることが多い
- 人工血管内シャント:人工材料を使用するタイプ
- 自己血管が使えない場合に選択される
- PTFE(ポリテトラフルオロエチレン)などの素材が使われる
- 感染リスクが自己血管より高い
- 穿刺できるようになるまで時間がかかる
シャントは透析治療において「命綱」とも呼ばれる重要な役割を果たします。しかし、週に3回程度の頻繁な穿刺や、通常よりも高い血流量による負荷のため、さまざまな合併症が発生しやすいという特徴があります。そのため、シャントの状態を定期的に確認し、適切に管理することが透析治療を長期間安全に継続するために不可欠です。
また、シャントの種類選択は患者さんの血管状態、年齢、基礎疾患(特に糖尿病や動脈硬化の有無)などを考慮して医師が判断します。近年では超音波エコーガイド下での穿刺技術の向上や、より体に優しい材料の開発など、シャント管理の技術も進化しています。
シャントに起こる主な合併症と症状
シャントには様々な合併症が起こりやすく、それぞれ特徴的な症状があります。早期発見・早期対処が重要なため、主な合併症とその症状について理解しておきましょう。
① シャント狭窄
シャント血管の内側の壁が傷つき、壁が厚くなって血管が狭くなった状態です。長期間の穿刺や血流の変化による内膜肥厚が主な原因となります。
【主な症状】
- シャント音が弱くなる
- 高い音(ヒューヒュー、ピーピー)が聞こえる
- 透析中の脱血不良(血液が十分に抜けない)
- 静脈圧の上昇
② シャント閉塞
シャントが完全に詰まってしまう状態で、血流が途絶えます。狭窄が進行したり、血圧低下や脱水、長時間の圧迫などが原因となります。
【主な症状】
- シャント音が消失する
- 拍動が触れなくなる
- 透析ができなくなる
③ シャント瘤(りゅう)
シャント血管の一部が膨らんでこぶ状になる状態です。真正瘤と仮性瘤の2種類があります。
【主な種類と症状】
- 穿刺部瘤:繰り返し同じ場所に針を刺すことで発生
- 吻合部瘤:シャント吻合部(つなぎ目)にできる瘤
- 皮膚の変色(青紫色)
- 急速に大きくなる場合は破裂リスクあり
④ スチール症候群
シャントに血液が奪われ、指先に十分な血液が届かなくなる状態です。
【主な症状】
- 指先の冷感
- 手の痛み
- 指先の蒼白や紫色化
- 重症化すると指の壊死
⑤ 静脈高血圧
シャント側の腕の静脈圧が高くなり、うっ血を起こす状態です。
【主な症状】
- シャント側の腕全体または一部の腫れ
- 表在静脈の怒張
- 痛み
- 皮膚の変色
⑥ 感染
シャント部への細菌感染です。特に人工血管シャントは感染リスクが高くなります。
【主な症状】
これらの合併症は単独で発生することもあれば、複数の合併症が同時に起こることもあります。特に感染を伴うと全身感染症へ発展するリスクがあるため、早期発見と適切な対処が命を守る上で重要となります。
シャント閉塞と狭窄の原因と早期発見
シャント合併症の中でも最も頻度が高いのが「狭窄」と「閉塞」です。これらは透析治療の継続を妨げる重大な問題となるため、原因と早期発見方法について詳しく理解しておくことが重要です。
【シャント狭窄の主な原因】
- 内膜肥厚:動脈の高い圧力の血液が静脈に流れ込むことで、静脈内側の膜が傷つき厚みが増して内腔が細くなる現象
- 静脈弁による狭窄:静脈内の弁が血流を妨げる場合
- 血栓形成:血液の流れが滞ることで血栓ができる
- 吻合部狭窄:動脈と静脈のつなぎ目部分が狭くなる
- 人工血管と自己静脈の吻合部狭窄:人工血管と自分の静脈のつなぎ目に発生
- 長期間の圧迫:腕時計や重い荷物での継続的な圧迫
- 穿刺による血管損傷:繰り返しの針刺しでの損傷
【シャント閉塞の主な原因】
- 進行した狭窄:狭窄が進むと完全に血流が途絶える
- 大量の除水による血圧低下:透析中の急激な血圧低下
- 下痢等の脱水:体内の水分不足による血流低下
- 長時間の圧迫:シャント部の持続的な圧迫
- 血栓形成:血液凝固による血管閉塞
【早期発見のポイント】
- シャント音の変化を確認
- 正常なシャント音:均一な「ザーザー」という音
- 狭窄時の音:「ピーピー」「ヒューヒュー」という高音化
- 閉塞時:音が消失する
- 触診でのチェック
- スリル(震え)の有無と強さを確認
- 拍動の変化を感じる
- 硬結(かたまり)の有無をチェック
- 透析中の異変に注意
- 脱血不良(血液が十分に抜けない)
- 静脈圧の上昇
- 返血時の抵抗感
- 日常の自己チェック
- 透析がない日も1日1回はシャントを自分の手で触れて確認する習慣をつける
- 腫れ、熱感、痛み、色調変化などの異変を早期に発見
早期発見された狭窄に対しては、PTA(経皮的血管形成術)と呼ばれるバルーン(風船)を用いた血管拡張術が行われることが多いです。これにより血管内腔を広げ、血流を改善します。最近では超音波エコーガイド下でのPTAも行われており、造影剤を使わずに済むため腎機能への負担が少ない治療法として注目されています。
シャント閉塞が起きた場合は、早期であれば血栓除去術やPTAにより再開通が可能なケースもありますが、完全に機能しなくなった場合は新たなシャント作製が必要になります。そのため、日々の観察と定期的な医療機関でのチェックが重要です。
シャント感染とシャント瘤の特徴と対処法
シャントの合併症の中でも特に注意が必要なのが「シャント感染」と「シャント瘤」です。これらは適切な対処が遅れると重篤な状態につながる可能性があります。それぞれの特徴と対処法について解説します。
【シャント感染の特徴】
シャント感染は、穿刺部位や手術創から細菌が侵入することで発生します。特に人工血管シャントでは自己血管に比べて感染リスクが高くなります。
主な症状:
- シャント部の発赤(赤み)
- 腫脹(はれ)
- 熱感(熱っぽさ)
- 疼痛(痛み)
- 膿の形成や排出
- 発熱などの全身症状
リスク要因:
- 不衛生な穿刺
- 免疫力低下
- 皮膚炎やかぶれの放置
- 透析後の傷口管理不足
危険性:
感染は局所にとどまらず、血流に乗って全身に広がると敗血症を引き起こす可能性があり、生命を脅かす状態になることもあります。特に人工血管の場合、感染すると人工血管内に細菌が残留し、完治が難しくなります。
対処法:
- 軽度の場合:抗生物質の投与による治療
- 進行した場合:感染部位の洗浄・ドレナージ
- 人工血管感染:感染した人工血管の部分的または全摘出
- 重症化した場合:新たな部位でのシャント再建
【シャント瘤の特徴】
シャント瘤は、シャント血管の一部が異常に膨らんだ状態で、主に2種類あります。
種類:
- 穿刺部瘤:同じ場所への繰り返しの穿刺によって形成される瘤
- 吻合部瘤:シャント吻合部(つなぎ目)にできる瘤
- 真正瘤:血管壁が保たれたまま膨らむタイプ
- 仮性瘤:血管壁が壊れて膨らむタイプ(破裂リスクが高い)
主なリスク:
特殊なケース:
「タバチエ」と呼ばれる手首と親指の間にできるシャント瘤は、橈骨神経に関連していることが多く、しびれや痛みを伴うことがあります。
対処法:
- 経過観察:小さく安定している瘤の場合
- 外科的修復:瘤の切除と血管形成
- 二期的手術:新しいシャント作製後に瘤を摘出する方法
- 人工血管置換:必要に応じて人工血管に置き換え
【予防と早期発見のポイント】
- 穿刺部位をローテーションさせる(毎回5mm程度ずらす)
- 透析後のシャント部の適切なケア
- 定期的な視診・触診によるチェック
- 異常を感じたら早めに医療機関に相談
シャント感染とシャント瘤は、早期発見と適切な対応により重症化を防ぐことができます。日常的な観察と定期的な医療機関でのチェックを怠らないようにしましょう。特に急激な変化や痛みを伴う場合は、緊急性が高いため速やかに医師に相談することが重要です。
シャントの自己管理と透析中のトラブル予防法
シャントの長期的な維持と合併症予防には、医療従事者のケアだけでなく患者さん自身による日常的な自己管理が不可欠です。以下では、日々の生活でのシャント管理のポイントと、透析中に起こりうるトラブルの予防法について解説します。
【日常生活でのシャント管理】
- シャントの観察習慣
- 透析のない日も1日1回はシャントを自分の手で触れて確認する
- スリル(振動感)の有無と強さを確認
- 腫れ、熱感、痛み、色調変化などの異変をチェック
- シャントの音を聴診器で聴く習慣をつける(可能であれば)
- シャント部の保護
- シャント側の腕で重い物を持たない
- 腕時計やきつい服でシャント部を圧迫しない
- シャント側で血圧を測定しない
- 腕枕をしない、シャント側を下にして寝ない
- 長時間同じ姿勢でシャント部を圧迫しない
- 清潔管理
- 穿刺前にはシャント部をきれいに洗う
- ゴシゴシとこすりすぎない、熱いお湯は避ける
- 透析日の入浴は避ける
- 透析後の絆創膏は翌日に外し、つけっぱなしにしない
- 爪は短く切り、皮膚を傷つけないようにする
- 皮膚トラブルの予防
- 保湿ケアでかゆみを予防する
- テープかぶれが起きた場合は早めに対処する
- 皮膚の異常(かぶれ、炎症など)があれば医師に相談
- 全身管理
- 水分管理を適切に行い、急激な脱水を避ける
- バランスの良い食事摂取
- 適度な運動で血流を改善
- 手洗い・うがいをこまめに行い感染予防
【透析中のトラブル予防法】
- 穿刺関連
- 穿刺位置のローテーション:毎回5mm程度ずらす
- 穿刺前の十分な消毒
- 穿刺が難しいと感じたら無理をせず、経験のあるスタッフに依頼
- 穿刺痛が強い場合は麻酔クリームなどの使用を相談
- 透析中の注意点
- シャント肢の急激な動きを避ける
- 針の接続部や固定に問題がないか確認
- 違和感や痛みがあれば直ちにスタッフに伝える
- 除水速度が速すぎると血圧低下を起こしやすいため、適切な設定を相談
- 透析後のケア
- 止血時は適切な圧で押さえる(強すぎず弱すぎず)
- 止血後も少し安静にし、急に力を入れない
- 出血や腫れがないか確認してから帰宅
- 帰宅後に出血した場合の対処法を把握しておく
【意外と知られていない重要ポイント】
- シャントマッサージ:医師の指導のもとで行うシャントマッサージは、血管の拡張と成熟を促進し、シャント機能の維持に役立つ場合があります。ただし、適切な方法で行わないと逆効果になる可能性もあるため、必ず医療スタッフの指導を受けましょう。
- シャント音の録音:スマートフォンなどでシャント音を定期的に録音しておくと、微妙な変化に気づきやすくなります。正常時の音と比較することで、早期の異変発見につながります。
- 温度管理:極端な寒さはシャント血管の収縮を引き起こし、血流低下につながる可能性があります。特に冬場は、シャント部を適度に保温することで血流を維持しやすくなります。
- 食事と水分摂取のタイミング:透析直前の過度な水分摂取や、透析中の急激な血圧低下を防ぐため、透析前の食事・水分摂取のタイミングと量を工夫することも重要です。
シャントは「第二の心臓」とも呼ばれるほど透析患者さんにとって大切なものです。日々の細やかな観察と適切な管理によって、シャントのトラブルを未然に防ぎ、長期間にわたって安全に透析治療を続けることができます。わからないことや不安なことがあれば、透析スタッフに遠慮なく相談しましょう。
日本透析医学会:バスキュラーアクセス(VA)の管理・作製および修復に関するガイドライン(詳細なシャント管理の基準について記載)