局所麻酔薬は、痛みを伝える神経の興奮を一時的に遮断することで、特定の部位の痛みを取り除く薬剤です。その作用機序は、神経細胞の活動電位の発生に必要なナトリウムイオンの流入を阻害することにあります。ナトリウムチャネルをブロックすることで、神経の伝導を阻害し、投与部位の痛み刺激が脳に伝わらないようにします。
局所麻酔薬は化学構造により大きく2つのタイプに分類されます。
1. エステル型局所麻酔薬
エステル型の特徴。
2. アミド型局所麻酔薬
アミド型の特徴。
局所麻酔薬の効果を高めるために、アドレナリン(エピネフリン)を10-20万倍に希釈して添加することがあります。アドレナリンには血管収縮作用があり、次の効果が期待できます。
ただし、指や耳介、陰茎など末梢血流が阻害されると壊死に至る可能性がある部位への使用は禁忌とされています。
局所麻酔法は投与方法によって様々な種類があり、それぞれ適応や特性が異なります。主な局所麻酔法について解説します。
1. 表面麻酔
皮膚や粘膜の表面に麻酔薬を塗布または噴霧して使用します。主に注射前の痛みを軽減するために用いられ、効果は表面に限局されます。歯科治療では注射の痛みを和らげるため、あらかじめ塗り薬として使用されることが多いです。
2. 浸潤麻酔
最も一般的な局所麻酔法で、皮膚や粘膜下に直接麻酔薬を注入します。歯科治療での虫歯治療や、皮膚の小手術などに用いられます。薬液を注入後、数秒から数分で効果が現れ、薬剤によって1〜2時間程度持続します。
3. 伝達麻酔
神経幹やその分岐部に麻酔薬を注入し、その支配領域全体を麻酔します。歯科では奥歯の治療や親知らずの抜歯などに使用されます。浸潤麻酔よりも広範囲に効果が得られますが、技術的にはより難しいとされています。
4. 硬膜外麻酔
脊髄を包む硬膜の外側の空間に麻酔薬を注入する方法です。主に下肢手術や出産時の痛み軽減に利用されます。効果が現れるまで10〜30分程度かかりますが、カテーテルを留置することで持続的な鎮痛が可能です。
5. 脊髄麻酔(くも膜下麻酔)
脊髄くも膜下腔に麻酔薬を注入する方法です。下半身の手術や帝王切開などに用いられます。効果の発現が早く確実な麻酔効果が得られますが、副作用として頭痛や血圧低下が生じることがあります。
各麻酔法の選択は、手術や処置の内容、部位、予想される時間、患者の全身状態などを考慮して決定されます。2時間を超える手術や広範囲にわたる処置の場合は、局所麻酔よりも全身麻酔が選択されることもあります。
局所麻酔は比較的安全な処置ですが、様々な副作用や合併症が起こりうることを理解しておくことが重要です。これらの知識は、早期発見と適切な対応に役立ちます。
1. アレルギー反応
局所麻酔薬に対するアレルギー反応は比較的稀で、発生頻度は1%以下とされています。特にエステル型局所麻酔薬は、代謝産物のパラアミノ安息香酸に関連してアミド型よりもアレルギー反応を起こす可能性が高いです。
アレルギー症状。
過去に局所麻酔でアレルギー反応があった場合は、必ず医師に伝える必要があります。
2. 神経毒性
局所麻酔薬が直接神経組織に悪影響を及ぼすことがあります。
主な神経毒性症状。
※リドカインはブピバカインより神経毒性が強い傾向があります
3. 全身毒性(局所麻酔薬中毒)
局所麻酔薬が血中に過剰に入ることで発生します。血管内への誤注入や過量投与が主な原因です。
症状。
4. 循環器系への影響
特に脊髄麻酔や硬膜外麻酔では、交感神経遮断による低血圧が生じることがあります。血管の緊張が低下し、末梢血管抵抗が減少することで血圧が低下します。
症状。
5. 局所的な合併症
6. その他の副作用
高齢者は生理機能の低下により副作用が出やすく、妊婦は麻酔範囲が広がりやすいため、これらの患者には特に慎重な投与が必要です。
局所麻酔薬中毒は、局所麻酔薬が血中に過剰に入ることによって発生する深刻な合併症です。早期診断と適切な対応が重要なため、症状と対処法について詳しく解説します。
局所麻酔薬中毒の発生機序
中毒は主に次の状況で発生します。
中毒の症状(進行順)
中枢神経系症状が先行して現れ、その後循環器系症状が出現するのが典型的なパターンです。重症度は血中濃度に依存し、急激な血中濃度上昇では初期症状をスキップして直接重症症状が現れることもあります。
予防策
中毒発生時の対処法
医療機関では、局所麻酔薬中毒に対応するためのプロトコルを整備し、必要な薬剤や機器をすぐに使用できる状態にしておくことが推奨されています。
日本麻酔科学会:局所麻酔薬中毒への対応ガイドライン(詳細な対応フローを確認できます)
局所麻酔処置において、看護師の役割は患者安全の確保と医師のサポートにあります。ここでは、局所麻酔の看護実践における重要なポイントを解説します。
1. 術前アセスメントとケア
患者の背景情報の収集は安全な麻酔提供の基盤となります。
確認すべき項目。
また、術前の患者教育も重要です。
2. 術中観察と対応
局所麻酔薬投与中から効果発現期は特に注意深い観察が必要です。
モニタリングのポイント。
異変時の迅速な対応。
3. 患者別の特別な配慮
患者の状態に応じた個別の配慮が必要です。
高齢患者。
小児患者。
妊婦。
不安の強い患者。
4. 術後管理と患者指導
麻酔効果消失までのケアと退院指導が重要です。
術後観察のポイント。
患者指導内容。
5. 安全管理と記録
安全な局所麻酔実施のためのシステム構築が必要です。
重要な取り組み。
局所麻酔は一見シンプルな処置に見えますが、実は細心の注意と観察を要する医療行為です。看護師は患者の安全を守る最前線として、知識と技術を常にアップデートし、チーム医療の中で重要な役割を果たすことが求められます。
局所麻酔の看護に関する詳細な観察ポイントと記録方法(実践的な看護手順がわかります)
局所麻酔は適切に実施されれば安全で有効な麻酔法ですが、その種類や特性を正しく理解し、起こりうる副作用に適切に対応できる体制を整えることが重要です。患者の安全を第一に考え、医療チーム全体で知識を共有し、日々の実践に活かしていきましょう。