腎臓は体内環境を維持するための重要な臓器であり、1日に約150リットルもの原尿を生成しています。正常な腎機能では、これらの99%が再吸収され、約1.5リットルの尿として排出されます。腎機能は糸球体濾過量(GFR)で評価され、正常値は約100ml/分です。
腎機能障害の特徴として、初期段階ではほとんど症状が現れないことが挙げられます。これが「サイレントキラー」と呼ばれる所以です。腎機能(GFR)が60ml/分を下回り、それが3ヶ月以上続く場合、慢性腎臓病(CKD)と診断されます。
腎機能障害が進行し、GFRが30ml/分を下回ると、以下のような症状が現れ始めます。
さらに進行すると(GFR<10ml/分)、尿毒症状態となり、食欲不振、吐き気、かゆみ、呼吸困難などの症状が現れ、最終的には透析や腎移植が必要になります。
初期の腎機能障害では、尿量の変化が見られることがあります。腎臓の再吸収機能が低下すると、尿量が増加し頻尿となりますが、さらに進行すると尿の生成自体が減少し、体内に水分が貯留するようになります。
また、腎機能障害は単に腎臓の問題だけでなく、全身的な健康に影響を及ぼします。研究により、CKDは心筋梗塞や脳卒中などの心血管疾患のリスクを高めるだけでなく、骨折、認知症、サルコペニア(筋肉量減少)、フレイル(虚弱)などのリスクも増加させることが明らかになっています。
腎機能障害の原因は多岐にわたりますが、日本における透析導入の原因の約6割が糖尿病や高血圧などの生活習慣病です。その他の原因としては、慢性糸球体腎炎、多発性嚢胞腎、薬剤性腎障害などがあります。
特に薬剤性腎障害は「薬剤の投与により新たに発症した腎障害、あるいは既存の腎障害のさらなる悪化を認める場合」と定義され、医療現場で重要な問題となっています。
薬剤性腎障害を引き起こす主な薬剤は以下の通りです。
薬剤性腎障害の発症機序は多様で、以下のようなものがあります。
特に高齢者や既存の腎機能障害を持つ患者では、薬剤性腎障害のリスクが高まります。薬剤の投与開始から腎障害発症までの時間は薬剤によって異なり、診断が困難な場合も少なくありません。
抗ウイルス薬による腎障害も臨床上重要です。B型肝炎治療薬の核酸アナログや抗HIV治療薬は、必ずしも血清クレアチニン値の上昇ではなく、尿細管性蛋白尿、低リン血症、代謝性アシドーシス、尿糖、低尿酸血症などの形で尿細管障害を引き起こすことがあります。これらの所見が早期発見の手掛かりとなります。
腎機能障害の治療は、原疾患の治療と腎臓への負担を軽減する治療の両面から行われます。
従来からのCKD治療の中心は、レニン・アンジオテンシン系(RAS)阻害薬であるACE阻害薬やアンジオテンシンII受容体拮抗薬(ARB)でした。これらは糸球体内圧を低下させ、蛋白尿を減少させる効果があります。
近年、SGLT2(sodium glucose co-transporter 2)阻害薬が腎機能保護作用を持つことが明らかになっています。SGLT2は腎臓の近位尿細管に存在する輸送体で、グルコース(ブドウ糖)とナトリウムを再吸収します。SGLT2阻害薬はこの輸送体の働きを抑制し、尿中へのグルコース排泄を促進します。
SGLT2阻害薬の腎保護効果については、複数の大規模臨床試験で証明されています。
特に注目すべきは、DAPA-CKD試験の結果です。この試験では、糖尿病の有無にかかわらず、慢性腎臓病患者においてダパグリフロジン(フォシーガ)がプラセボと比較して腎機能低下、末期腎不全、腎臓または心血管系が原因の死亡の複合リスクを有意に減少させることが示されました。この結果を受けて、2021年9月にダパグリフロジンの適応症に慢性腎臓病が追加されました。
SGLT2阻害薬の腎保護メカニズムとしては、以下のような作用が考えられています。
他にも、MRA(ミネラルコルチコイド受容体拮抗薬)や内因性抗酸化物質であるバルドキソロンメチルなど、新たな腎保護薬の開発も進んでいます。
腎機能障害の進行予防には薬物療法だけでなく、生活習慣の改善が重要です。福島県立医科大学の調査結果からも、肥満の合併や喫煙歴がCKD発症リスクを上昇させ、野菜類を多く摂る食事パターンでは腎機能障害発症リスクが低下する傾向が示されています。
腎機能障害患者への生活指導のポイントは以下の通りです。
特に塩分制限は重要で、減塩により腎保護効果のある薬剤の効果が増強されます。また、野菜や果物の摂取を増やし、加工食品や清涼飲料水の摂取を控えることも推奨されます。
尿蛋白の程度や腎機能の低下度に応じて、タンパク質制限の程度も調整が必要です。一方で、過度のタンパク質制限は低栄養のリスクがあるため、栄養士との連携が重要です。
SGLT2阻害薬は当初、2型糖尿病の治療薬として開発されましたが、その後の研究により心不全や慢性腎臓病に対する効果も証明され、適応が拡大しています。
DAPA-CKD試験では、ダパグリフロジンの投与により主要転帰(eGFR 50%以上の低下、末期腎不全、腎臓または心血管系が原因の死亡の複合)が、プラセボ群の14.5%に対し、ダパグリフロジン群では9.2%と有意に減少しました。特筆すべきは、この効果が糖尿病の有無にかかわらず認められたことです。
SGLT2阻害薬の腎機能障害に対する新たな可能性として、以下のような展望があります。
しかし、SGLT2阻害薬にも副作用や注意点があります。
SGLT2阻害薬を使用する際には、患者への適切な説明と、感染症状や脱水症状についての指導が重要です。また、服用開始後は一時的にクレアチニンが上昇することがありますが、長期的には腎機能低下を抑制する効果が期待できます。
今後、より多くの臨床試験や実臨床データの蓄積により、SGLT2阻害薬の腎機能障害治療における位置づけがさらに明確になっていくことが期待されます。