急性心不全は、心臓のポンプ機能が急激に低下し、代償機序が破綻した状態を指します。医療従事者として理解しておくべき主要な原因疾患は以下の通りです。
虚血性心疾患による急性心不全
急性心筋梗塞は急性心不全の最も重要な原因疾患の一つです。冠動脈の急性閉塞により心筋壊死が生じ、心臓のポンプ機能が急激に低下します。特に広範囲前壁心筋梗塞や下壁心筋梗塞に伴う右室梗塞では、重篤な心原性ショックを併発することがあります。
心筋炎・心筋症による急性心不全
急性心筋炎は、ウイルス感染や自己免疫疾患により心筋に炎症が生じる疾患で、若年者の急性心不全の原因として注目されています。近年では、COVID-19関連心筋炎による急性心不全の報告も増加しています。また、拡張型心筋症や肥大型心筋症の急性増悪も重要な原因です。
弁膜症による急性心不全
急性僧帽弁閉鎖不全は、乳頭筋断裂や腱索断裂により生じ、急激な血行動態の悪化をもたらします。感染性心内膜炎による弁破壊や、大動脈弁の急性閉鎖不全も同様に重篤な急性心不全の原因となります。
不整脈による急性心不全
頻脈性不整脈(心房細動、心室頻拍)や徐脈性不整脈(完全房室ブロック)は、心拍出量の急激な減少により急性心不全を引き起こします。特に心房細動の初発時や、抗不整脈薬による心機能抑制も注意が必要です。
日本循環器学会の急性・慢性心不全診療ガイドラインでは、これらの原因疾患の早期診断と治療が強調されています。
急性心不全の初期症状は、左心不全と右心不全によって異なる特徴を示します。医療従事者は、これらの症状を適切に評価し、迅速な診断につなげることが重要です。
呼吸器系症状
最も特徴的な症状は激しい呼吸困難です。起坐呼吸(座位で呼吸が楽になる)や発作性夜間呼吸困難は、左心不全による肺うっ血の典型的な症状です。咳嗽や血性泡沫痰の出現も重要な徴候で、特に夜間に悪化する咳は心不全の可能性を示唆します。
聴診では、肺野に湿性ラ音(水泡音)を聴取し、重症例では肺全体にわたって聴取されます。胸部X線検査では、肺静脈の拡張、肺門陰影の増強、Kerley's B-lineなどの肺うっ血所見が確認できます。
循環器系症状
胸痛や胸部不快感は、特に急性心筋梗塞に伴う急性心不全で顕著に認められます。動悸は頻脈性不整脈や代償性頻脈によるもので、患者の自覚症状として重要です。
血圧変化も重要な指標で、収縮期血圧140mmHg以上の高血圧性急性心不全と、収縮期血圧90mmHg未満の心原性ショックでは治療戦略が大きく異なります。
末梢循環症状
四肢末梢の冷感、チアノーゼ、冷汗は心拍出量低下による末梢循環不全の徴候です。頸静脈怒張は右心不全や三尖弁逆流の重要な身体所見です。
浮腫・体重増加
下肢浮腫は右心不全の典型的な症状で、圧痕性浮腫として確認されます。急激な体重増加(1週間で2kg以上)は体液貯留の指標として重要です。
消化器症状
食欲不振、悪心、嘔吐は、消化管のうっ血や低灌流により生じます。腹部膨満感や右上腹部痛は肝うっ血による症状として注意が必要です。
神経系症状
重症例では意識障害や錯乱状態が出現し、脳血流低下による症状として捉えられます。特に高齢者では、せん妄様症状として現れることがあります。
急性心不全の診断には、迅速かつ正確な検査が不可欠です。医療従事者は、以下の検査を組み合わせて総合的に診断を行う必要があります。
心電図検査
心電図は急性心不全の原因診断において最も重要な検査の一つです。ST上昇型心筋梗塞(STEMI)や非ST上昇型心筋梗塞(NSTEMI)の診断には欠かせません。不整脈の有無、QRS幅の延長、左室肥大の所見なども重要な情報となります。
心エコー検査
心エコー検査は、壁運動異常、心腔の拡大、心嚢液貯留の評価が可能で、急性心不全の診断と重症度評価に不可欠です。左室駆出率(LVEF)の測定により、心機能低下の程度を定量的に評価できます。
僧帽弁逆流や大動脈弁狭窄などの弁膜症の評価、心室中隔穿孔や自由壁破裂などの機械的合併症の診断にも有用です。ベッドサイドで施行可能な point-of-care超音波検査(POCUS)の活用も重要です。
胸部X線検査
胸部X線検査では、心拡大(心胸郭比50%以上)、肺血管陰影の増強、肺うっ血、胸水の有無を評価します。Kerley's B-lineは肺間質浮腫の特徴的所見として重要です。
血液検査
BNP(脳性ナトリウム利尿ペプチド)やNT-proBNPは心不全の診断マーカーとして広く使用されています。BNP≧100pg/mL、NT-proBNP≧400pg/mLが急性心不全の診断基準として用いられます(75歳以上では≧900pg/mL)。
心筋逸脱酵素(トロポニンI/T、CK-MB)は心筋梗塞の診断に重要で、炎症反応(CRP、白血球数)や腎機能(クレアチニン、eGFR)、電解質異常の評価も必要です。
動脈血ガス分析
呼吸不全の評価において、PaO2/FiO2比や酸塩基平衡の評価が重要です。代謝性アシドーシスの存在は重症度の指標となります。
血行動態モニタリング
重症例では、Swan-Ganzカテーテルによる血行動態評価が必要です。心係数(CI)2.2L/min/m²未満、肺動脈楔入圧(PAWP)18mmHg以上がそれぞれ低心拍出量、肺うっ血の指標となります。
急性心不全の治療は、迅速な初期対応と適切な治療戦略により患者の予後を大幅に改善できます。医療従事者は、クリニカルシナリオ分類とForrester分類に基づいた治療を実践する必要があります。
初期対応とクリニカルシナリオ分類
急性心不全の初期対応では、血圧を基準としたクリニカルシナリオ(CS)分類を用いて治療戦略を決定します。
呼吸管理
酸素療法は動脈血酸素飽和度95%以上、PaO2 60mmHg以上を目標として開始します。NPPV(非侵襲的陽圧換気)は、酸素療法のみでは改善しない呼吸不全に対して有効です。気管挿管による人工呼吸管理は、意識レベルの低下や重篤な呼吸不全に対して実施されます。
薬物療法
利尿薬は体液過剰の改善に不可欠で、フロセミド20-40mgの静注から開始し、効果を見ながら増量します。血管拡張薬(ニトログリセリン)は前負荷軽減により肺うっ血の改善を図ります。
強心薬は心拍出量低下例に使用し、ドパミン(3-5μg/kg/分)、ドブタミン(2.5-10μg/kg/分)が第一選択です。無効例ではノルアドレナリンやアドレナリンの併用を検討します。
機械的補助循環
薬物療法で改善しない重症例では、IABP(大動脈内バルーンパンピング)やECMO(体外式膜型人工肺)などの機械的補助循環が必要です。
原因疾患に対する治療
急性心筋梗塞では緊急PCI(経皮的冠動脈インターベンション)、急性大動脈弁閉鎖不全では緊急弁置換術など、原因疾患に対する根治的治療が最優先となります。
急性心不全診療における各種ガイドラインの活用が重要です。
急性心不全の予防は、慢性心不全患者の管理と一般的なリスクファクターの管理に大きく依存します。医療従事者は、予防的アプローチを通じて患者の QOL向上と医療費削減に貢献できます。
慢性心不全からの急性増悪予防
慢性心不全患者の約60%が急性増悪により入院を経験するため、適切な管理が重要です。ACE阻害薬やARB、β遮断薬、MRA(ミネラルコルチコイド受容体拮抗薬)による標準的薬物療法の最適化が基本となります。
服薬アドヒアランスの向上は極めて重要で、薬剤師との連携による服薬指導や、患者教育プログラムの実施が効果的です。塩分制限(6g/日未満)と水分管理(1.5-2L/日)の徹底も不可欠です。
日常モニタリングの重要性
体重の日々測定は、体液貯留の早期発見に有効です。3日間で2kg以上の体重増加や、1週間で2-3kg以上の増加は急性増悪の前兆として注意が必要です。
症状の変化(息切れの悪化、夜間の咳嗽、下肢浮腫の増悪)についても患者教育を行い、早期受診を促すことが重要です。
生活習慣病の管理
高血圧は心不全の最も重要なリスクファクターの一つで、目標血圧130/80mmHg未満の達成が推奨されます。糖尿病患者では、SGLT2阻害薬が心不全の予防効果を示すことが多数の臨床試験で証明されています。
脂質異常症の管理においても、スタチンによるLDLコレステロール低下が虚血性心疾患による急性心不全の予防に有効です。
新しい治療戦略と遠隔モニタリング
最近では、遠隔モニタリングシステムを用いた心不全管理が注目されています。植込み型デバイスによる肺動脈圧モニタリングや、ウェアラブルデバイスを用いた日常的な生体情報の収集により、急性増悪の予測と予防が可能になりつつあります。
また、心不全外来での多職種チーム医療(医師、看護師、薬剤師、理学療法士、管理栄養士)による包括的管理が、再入院率の低下と予後改善に有効であることが示されています。
感染症予防
肺炎などの感染症は急性心不全の重要な誘因となるため、インフルエンザワクチンや肺炎球菌ワクチンの接種が推奨されます。特に高齢者や慢性心不全患者では、感染症予防が急性増悪の防止に直結します。
心臓リハビリテーション
心臓リハビリテーションは、心不全患者の運動耐容能向上と予後改善に有効です。適切な運動療法により、心機能の改善と急性増悪リスクの低下が期待できます。
心不全の疾患管理プログラムについて詳しい情報を得ることができます。
日本心不全学会 心不全療養指導士テキスト
これらの予防策を総合的に実践することで、急性心不全の発症リスクを大幅に軽減し、患者の生活の質を向上させることが可能です。医療従事者は、個々の患者の状態に応じたテーラーメイドの予防戦略を構築し、継続的なフォローアップを行うことが重要です。