感染性心内膜炎(IE)は心臓内膜、特に心臓弁に細菌や真菌が感染して生じる重篤な疾患です。本疾患は進行すると弁破壊を引き起こし、重度の心不全や敗血症、塞栓症などの合併症により生命を脅かす可能性があります。
感染性心内膜炎は進行速度によって「急性」と「亜急性」に分類されます。
急性感染性心内膜炎
亜急性感染性心内膜炎
両者の違いは原因菌の毒性の違いによるところが大きく、急性型は健常弁にも感染する可能性がありますが、亜急性型は先天性心疾患や弁膜症など既存の心疾患を持つ患者に発症しやすいという特徴があります。
感染経路としては、以下のようなケースが多くみられます。
特に人工弁を有する患者さんや、心臓内デバイス(ペースメーカーなど)を装着している患者さんはハイリスク群となります。
感染性心内膜炎の症状は多岐にわたり、非特異的な症状から特徴的な臨床所見まで様々な表現型を示します。早期発見のためには、以下の症状群を熟知しておく必要があります。
1. 全身性感染症状
2. 心臓関連症状
3. 塞栓現象に関連した症状
感染性心内膜炎では、心臓弁に形成された疣贅(vegetation)が剥離して血流に乗り、全身の様々な臓器に塞栓を形成することがあります。
塞栓部位 | 主な症状 |
---|---|
脳 | 片麻痺、意識障害、けいれん発作 |
脾臓 | 左上腹部痛、発熱 |
腎臓 | 側腹部痛、血尿、腎機能低下 |
肺(右心系感染の場合) | 胸痛、血痰、呼吸困難 |
四肢末梢動脈 | 疼痛、虚血症状、壊疽 |
4. 特徴的な皮膚・粘膜所見
診療上の注意点として、これらの特徴的な皮膚・粘膜所見は古典的には感染性心内膜炎の重要な診断手がかりとされてきましたが、現代では早期の抗菌薬治療により出現頻度が減少しています。しかし、これらの所見を認めた場合には感染性心内膜炎を強く疑う必要があります。
感染性心内膜炎の診断は、特徴的な症状や検査所見を総合的に評価して行います。現在の診断アプローチの基本となるのが修正Duke診断基準です。この基準は大基準と小基準に分けられ、それらの組み合わせによって「確定」「疑い」「否定」の3段階で診断を評価します。
修正Duke診断基準の要点
大基準。
小基準。
診断確定には、以下の条件を満たす必要があります。
診断に有用な検査法
感染性心内膜炎診断の要となる検査です。適切な採取方法が重要で、以下の点に注意します。
感染性心内膜炎の診断には必須の検査であり、疣贅や弁破壊の評価に有用です。
近年、従来の診断法を補完する新たな画像診断技術が導入されています。
これらの新しい画像診断法は、従来の診断基準に加えて補助的に用いられ、特に血液培養陰性心内膜炎や人工弁心内膜炎の診断精度向上に貢献しています。
感染性心内膜炎の治療は、原因微生物に対する十分な期間の抗菌薬投与を基本とし、必要に応じて外科的介入を併用する総合的アプローチが必要です。治療の遅延は予後を悪化させるため、診断後速やかに治療を開始することが重要です。
抗菌薬治療の基本原則
感染性心内膜炎の治療には、高用量の抗菌薬を長期間投与する必要があります。これは心臓弁や疣贅部位の血流が乏しく、抗菌薬の浸透性も限られるためです。
原因微生物 | 第一選択抗菌薬 | 代替薬/併用薬 | 治療期間 |
---|---|---|---|
レンサ球菌(ペニシリン感受性) | ペニシリンGまたはセフトリアキソン | バンコマイシン | 4週間 |
レンサ球菌(ペニシリン耐性) | ペニシリンG+ゲンタマイシン | バンコマイシン | 4-6週間 |
黄色ブドウ球菌(MSSA) | オキサシリン/セファゾリン | バンコマイシン | 4-6週間 |
黄色ブドウ球菌(MRSA) | バンコマイシン | ダプトマイシン | 6週間以上 |
腸球菌 | アンピシリン+ゲンタマイシン | バンコマイシン+ゲンタマイシン | 4-6週間 |
HACEK群 | セフトリアキソン | ST合剤 | 4週間 |
カンジダ属 | 高用量エキノカンジン/アムホテリシンB | フルコナゾール | 6週間以上 |
起因菌不明時の経験的治療(Empirical Therapy)
血液培養結果判明前に開始する経験的治療は以下のように選択します。
治療効果判定と経過観察
抗菌薬治療開始後は以下の点を重視して経過を観察します。
外科的治療の適応
抗菌薬治療のみでは不十分な場合、以下の条件に該当する場合には外科的介入(感染弁切除、弁置換術など)を検討します。
新たな治療アプローチ
近年、治療抵抗性の感染性心内膜炎に対する新たなアプローチとして、以下が検討されています。
感染性心内膜炎の治療は、感染症専門医、循環器専門医、心臓血管外科医によるチームアプローチが理想的であり、特に外科的介入のタイミングに関しては適切な判断が患者予後を大きく左右します。
感染性心内膜炎は発症すると長期間の治療が必要であり、致死率も高いため、リスクの高い患者に対する予防的アプローチは臨床的に極めて重要です。ここでは最新のエビデンスに基づいた予防戦略と患者教育について解説します。
ハイリスク患者の特定
感染性心内膜炎の予防対象となるハイリスク群は以下のように分類されます。
予防的抗菌薬投与が推奨される処置
全ての侵襲的処置で予防投与が必要というわけではありません。特に以下の処置において予防が重視されます。
予防的抗菌薬レジメン
抗菌薬の選択は患者の基礎疾患や実施される処置によって異なります。主に以下のレジメンが推奨されます。
歯科処置時の予防投与(成人)
患者教育の重要ポイント
感染性心内膜炎の予防において、患者自身の意識と行動が極めて重要です。以下の点について患者教育を行いましょう。
ハイリスク患者のフォローアップ体制
ハイリスク患者に対しては、以下のような継続的なフォローアップ体制の構築が重要です。
これらの予防戦略と患者教育により、感染性心内膜炎の発症リスクを大幅に低減することが可能です。特に人工弁置換後の患者や既往のある患者では、一次予防と二次予防の両方の観点からの包括的なアプローチが必要となります。
感染性心内膜炎は複雑な病態を示し、診断から治療、さらにその後の管理まで多角的なアプローチが必要となる疾患です。この項では、従来の文献ではあまり触れられていない多職種連携の重要性と長期予後改善のための実践的戦略について解説します。
多職種連携の重要性
感染性心内膜炎の最適な管理には、以下の専門家によるチーム医療が不可欠です。
このような多職種連携「心内膜炎チーム」を構築することで、診断の遅延を防ぎ、適切な治療方針の決定と実行が可能となります。
長期予後改善のための実践的戦略
感染性心内膜炎の院内死亡率は15-30%と報告されており、生存者も様々な合併症のリスクを抱えています。長期予後を改善するために以下の戦略が重要です。
症例ベースの多角的アプローチ例
以下に、感染性心内膜炎における多角的アプローチの一例を示します。
65歳男性、大動脈弁置換術後5年の患者が、2週間続く微熱と全身倦怠感を主訴に来院。血液培養で腸球菌陽性、経食道心エコーで人工弁周囲に疣贅を認め、人工弁感染性心内膜炎と診断された症例。
多職種連携による対応:
このような多角的アプローチを通じて、感染性心内膜炎の急性期治療だけでなく、長期的な予後改善と生活の質向上を目指すことが重要です。医療従事者は治療の各段階において、患者の個別性を考慮した総合的なケアプランを提供することが求められます。