ドパミンはカテコールアミンの一種で、中枢神経系の伝達物質および末梢のシグナル分子として重要な役割を担っています。生体内でのドパミン合成は、アミノ酸の一つであるチロシンから始まります。まず、チロシン水酸化酵素(TH)によってL-DOPAに変換され、その後、芳香族アミノ酸脱炭酸酵素(AADC)によってドパミンが生成されます。この合成過程の律速段階はチロシン水酸化酵素による反応であり、この酵素はしばしばドパミン作動性神経のマーカーとして利用されています。
合成されたドパミンは、小胞モノアミントランスポーター(VMAT)によってシナプス小胞に貯蔵されます。VMATには2つのアイソフォーム(VMAT1とVMAT2)が存在し、中枢神経系では主にVMAT2が発現しています。神経活動が起こると、活動電位によってカルシウムイオンが流入し、これがトリガーとなってドパミンを含む小胞が神経終末の膜と融合し、シナプス間隙にドパミンが放出されます。
放出されたドパミンは、シナプス後細胞の細胞膜上に存在するドパミン受容体と結合することで生理作用を発揮します。神経伝達が完了した後、細胞外のドパミンはドパミントランスポーター(DAT)によって神経終末に再取り込みされます。このトランスポーターは12回膜貫通構造を持ち、ドパミン、Na+、Cl-を1:2:1の比率で輸送します。再取り込みされたドパミンの一部は再利用され、残りはモノアミン酸化酵素(MAO)やカテコール-O-メチルトランスフェラーゼ(COMT)によって代謝されます。
このようなドパミンの合成から代謝までの一連の過程は、運動機能、認知機能、情動、報酬系など多岐にわたる脳機能の調節に不可欠です。特に中脳から大脳に投射するドパミン神経系は、これらの機能調節において中心的な役割を果たしています。
ドパミン受容体は現在、D1、D2、D3、D4、D5の5種類のサブタイプが同定されており、いずれも7回膜貫通構造を持つGタンパク質共役型受容体です。これらの受容体は大きく2つのグループに分類されます。
D1様受容体(D1、D5):
D2様受容体(D2、D3、D4):
D2受容体は筋緊張異常や統合失調症と関連していると考えられており、線状体背側部に多く発現し、淡蒼球に投射しています。また、ドーパミン作動性神経細胞や軸索終末部にも存在し、ドパミンの産生・放出制御を行っています。D2受容体には、スプライシングの違いによるD2L(ロングフォーム)とD2S(ショートフォーム)のバリアントが存在します。特にD2Sはドパミン細胞に発現する抑制性の自己受容体として機能することが知られています。
D3受容体は主に大脳辺縁系に局在し、認知的および感情的な機能に関わっています。統合失調症やパーキンソン病の治療薬の標的としても注目されています。
D4受容体は認知や情動と関連している大脳皮質や辺縁系に多く存在し、統合失調症死後脳の線条体では著しく増加していることが報告されています。これも統合失調症やパーキンソン病の治療薬の標的となっています。
ドパミンシステムの異常は様々な疾患と関連しており、特に神経精神疾患との関わりが深いことが知られています。
1. パーキンソン病
パーキンソン病は、黒質緻密部のドパミン産生ニューロンの選択的な変性・脱落によって特徴づけられる神経変性疾患です。マウスを用いた研究では、運動に特異的なドパミン感受性ニューロンが主に黒質に存在することが示されており、これらのニューロンはパーキンソン病によって特異的に影響を受けると考えられています。ドパミン欠乏は線条体のD1受容体とD2受容体のバランスを崩し、運動障害を引き起こします。パーキンソン病治療においては、L-DOPAの投与やドパミン作動薬が用いられますが、これらはD1様受容体とD2様受容体の両方を刺激します。
2. 統合失調症
統合失調症の病態にはドパミン仮説が提唱されており、特に陽性症状には中脳辺縁系ドパミン経路の過活動が、陰性症状には中脳前頭皮質ドパミン経路の低活動が関与していると考えられています。統合失調症死後脳の線条体ではD4受容体が著しく増加していることが報告されています。治療薬としては、ハロペリドールに代表されるドパミンD2受容体拮抗薬(定型抗精神病薬)や、セロトニン5HT2A受容体とドパミンD2受容体の両方に作用する非定型抗精神病薬が使用されています。
3. 依存症
ドパミンは脳の報酬系において中心的な役割を果たしており、快楽や報酬を感じるメカニズムに深く関わっています。線条体のドパミン受容体は意欲と運動学習を司り、この部位のドパミンは報酬を求めるループを引き起こします。依存性薬物の多くはドパミン系に作用し、ドパミン濃度を上昇させることで、その報酬効果を発揮します。例えばアルコール、ニコチン、コカイン、アンフェタミンなどはいずれも、異なるメカニズムでドパミン系を活性化させます。
4. 注意欠如・多動性障害(ADHD)
ADHDの病態生理には前頭前皮質のドパミン機能不全が関与していると考えられています。治療には主にメチルフェニデートなどの精神刺激薬が用いられ、これらはドパミントランスポーターを阻害することでドパミン濃度を上昇させ、症状の改善をもたらします。
5. プロラクチン関連疾患
ドパミン神経系のA12細胞群から放出されるドパミンは、下垂体前葉のプロラクチン産生細胞のD2受容体に作用し、プロラクチン分泌を抑制しています。そのため、D2受容体拮抗薬の使用により高プロラクチン血症が生じることがあります。これは乳汁分泌や月経異常などの副作用として現れることがあります。
ドパミン受容体をターゲットとした薬剤は、様々な疾患の治療に使用されています。それぞれの薬剤群について、作用機序と臨床応用を見ていきましょう。
1. ドパミン受容体作動薬
これらの薬剤はドパミン受容体を直接刺激します。主な臨床応用は以下の通りです。
2. ドパミン受容体拮抗薬
これらの薬剤はドパミン受容体(特にD2受容体)を遮断します。
3. ドパミン再取り込み阻害薬
ドパミントランスポーター(DAT)を阻害してシナプス間隙のドパミン濃度を上昇させる薬剤です。
4. ドパミン合成・放出調節薬
ドパミンの合成や放出に影響を与える薬剤です。
ドパミンシステム研究は近年大きく発展しており、特に脳内報酬系との関連について新たな知見が蓄積されています。
脳内報酬系におけるドパミンの役割
脳内報酬系において、ドパミンは予測と実際の報酬との差異(予測誤差)を符号化していることが明らかになっています。特に線条体のドパミン受容体は、意欲と報酬中枢の大部分を占め、報酬を求めるループを引き起こします。
興味深いことに、マウスを使った最近の研究では、ドパミン感受性ニューロンには3つの異なるサブタイプが存在することが示唆されています。
この第3のタイプのニューロンの発見は、パーキンソン病によって影響を受けるドパミン産生ニューロンが運動に特異的である可能性を示しており、疾患メカニズムの理解に新たな視点を提供しています。
ソーシャルメディアと依存症
現代社会では、ソーシャルメディアのような日常的な活動でさえ、ドパミンの小さな急上昇を引き起こし、繰り返し行動につながる可能性があります。自分の投稿への反応を確認するという些細な行為が、ドパミン放出を促し、依存的な行動パターンを形成することがあります。これはスマートフォン依存など現代特有の行動依存の神経生物学的基盤を理解する上で重要な知見です。
網膜におけるドパミンの働き
視覚系においても、ドパミンは重要な役割を果たしています。網膜ではアマクリン細胞と間網状細胞からドパミンが放出され、視細胞から神経節細胞へのシグナル伝達を修飾しています。D1様受容体を介して水平細胞のギャップジャンクションのカップリングを抑制することにより、受容野のサイズを減少させる効果があります。
また、網膜の視細胞ではサーカディアンリズムの形成に関与するメラトニンが産生され、このメラトニンはドパミン系と拮抗的に作用します。D4受容体によってメラトニン生合成が抑制されることが知られており、D4受容体欠損マウスでは光による反応と明順応時の網膜電位に顕著な障害が生じることが報告されています。
アイソフォームと疾患特異性
ドパミン受容体のアイソフォームと疾患特異性の関連についても研究が進んでいます。例えば、D2受容体のスプライスバリアントであるD2LとD2Sは分布や機能が異なることが示されており、それぞれの変異が異なる疾患感受性に関連している可能性があります。
また、ドパミン受容体の遺伝的多型(ポリモーフィズム)と疾患リスクや薬剤応答性との関連についても研究が進められています。例えば、D2受容体遺伝子の特定の多型が統合失調症の治療薬への反応性と関連しているという報告があります。
このようなドパミン系の研究の進展は、精神神経疾患に対するより特異的で効果的な治療法の開発につながることが期待されています。個々の患者のドパミン受容体プロファイルに基づいた個別化医療の実現も、将来的な展望として注目されています。