変形性膝関節症は、関節軟骨の炎症による破壊と減少を特徴とする慢性的な関節疾患です。初期症状は比較的軽微ながら、徐々に悪化する傾向があります。
初期段階では、多くの患者が立ち上がり動作や歩き始めに痛みを感じる「起動痛」を訴えます。安静にしていると痛みは軽減しますが、活動を続けると悪化することが特徴です。また、膝関節に水が溜まる関節水腫も初期症状として現れることがあります。
症状の進行過程では以下のような特徴的な変化が見られます。
変形性膝関節症の痛みメカニズムは複合的です。従来は単なる「機械的な摩耗」による痛みと考えられていましたが、現在は神経因性疼痛の要素も大きいことがわかっています。軟骨細胞の炎症反応が引き金となり、様々な炎症性サイトカインや痛み誘発物質が放出されることが研究で明らかになっています。
痛みの評価には、問診だけでなく、VASスケールやWOMAC指数などの客観的評価スケールを用いることで、治療効果判定に役立てることができます。
変形性膝関節症の薬物療法は、外用薬、内服薬、関節内注射の大きく3つに分類できます。それぞれの特性を理解し、患者の症状や進行度、合併症などを考慮して適切に選択することが重要です。
【外用薬】
外用薬は、軽度から中等度の症状に対して一次選択として用いられることが多く、副作用リスクが比較的低いことが特徴です。
【内服薬】
内服薬は、より広範囲または重度の症状に対して用いられますが、副作用のリスクを考慮する必要があります。
内服薬の選択においては、患者の年齢、合併症(特に胃腸障害、腎機能、心血管疾患の既往)、併用薬との相互作用に十分注意する必要があります。高齢者では特に副作用リスクが高まるため、最小有効用量から開始し、効果と副作用をこまめに評価することが重要です。
関節内注射療法は、変形性膝関節症の治療において、外用薬や内服薬で十分な効果が得られない場合や、全身的な副作用を避けたい場合に有用な選択肢となります。直接関節内に薬剤を注入することで、局所で高濃度の薬理作用を得られる利点があります。
【ステロイド注射】
ステロイド関節内注射は、強力な抗炎症作用により比較的速やかな症状改善が期待できます。
【ヒアルロン酸注射】
ヒアルロン酸関節内注射は、関節液の粘弾性を改善し、軟骨保護作用も期待できる治療法です。
【PRP(多血小板血漿)療法】
近年注目されている再生医療的アプローチとして、PRPの関節内注射があります。
関節内注射療法の有効性を最大化するためには、適切な症例選択と手技の正確さが重要です。エコーガイド下での注射は、正確な薬剤投与と合併症リスク低減に有用とされています。また、個々の患者の反応性には個人差があるため、経過観察と治療計画の適宜見直しが必要です。
変形性膝関節症の治療は従来の方法に加え、新たな治療標的を模索する研究が進んでいます。広島大学大学院医系科学研究科の研究グループが発表した核内受容体REV-ERBを標的とした新規治療法は、変形性膝関節症の痛み管理に新たな可能性を示しています。
【REV-ERB刺激薬とは】
REV-ERBは細胞核内に存在する受容体タンパク質で、遺伝子発現の調節に関わっています。研究によると、このREV-ERBを薬物で刺激することで、以下のような効果が期待できることが明らかになりました。
【研究成果の詳細】
広島大学の研究グループは、モノヨード酢酸(MIA)を用いて変形性膝関節症モデルマウスを作成し、REV-ERB刺激薬「SR9009」の効果を検証しました。その結果。
この研究は、既存の鎮痛薬が十分な効果を発揮できない変形性膝関節症の痛みに対する新たなアプローチとして注目されています。
【臨床応用への展望】
現在のところ、REV-ERB刺激薬はまだ臨床応用段階には至っていませんが、以下のような展開が期待されています。
この研究は、変形性膝関節症を単なる「摩耗性疾患」ではなく、炎症と神経因性疼痛の要素を持つ複合的な病態として捉え直す重要性を示唆しています。特に従来の鎮痛薬が効きにくい患者に対する新たな選択肢となる可能性があり、今後の研究の進展が期待されます。
広島大学の研究グループによるREV-ERB刺激薬の研究についての詳細はこちら
サインバルタ(一般名:デュロキセチン)は、もともと抗うつ薬として開発されたセロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬(SNRI)ですが、現在では変形性膝関節症における疼痛管理の有効な選択肢として認識されています。特に従来のNSAIDsでは十分な効果が得られない患者に対する治療選択肢として注目されています。
【作用機序】
デュロキセチンの疼痛抑制効果は、主に中枢神経系における痛み伝達経路の調節によるものです。
【臨床的有効性】
複数の臨床試験により、デュロキセチンが変形性膝関節症の疼痛緩和に効果的であることが示されています。
特に重要なのは、NSAIDsが効果不十分または禁忌の患者において、代替または補助療法として有用とされる点です。
【適応と投与法】
日本での変形性膝関節症に対するデュロキセチンの用法・用量は以下の通りです。
【注意すべき副作用と対策】
デュロキセチン使用時には以下の副作用に注意が必要です。
【実臨床での使用戦略】
デュロキセチンは変形性膝関節症の治療において、以下のような患者に特に考慮されます。
また、デュロキセチンは単独療法としてだけでなく、アセトアミノフェンなどの他の鎮痛薬や非薬物療法(運動療法、物理療法など)との併用で、より効果的な疼痛管理が可能になります。
変形性膝関節症とサインバルタの詳細については、こちらの専門医による解説が参考になります
変形性膝関節症の慢性痛管理においては、単一の治療法に頼るのではなく、患者の状態や好みに合わせた多角的なアプローチが重要です。デュロキセチンはその選択肢の一つとして、適切な症例選択と副作用管理に注意しながら活用することで、患者のQOL向上に貢献できる治療法といえるでしょう。