人工呼吸器の設定と合併症
人工呼吸器管理の重要ポイント
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適切な設定
肺保護戦略に基づいた換気設定が重要で、1回換気量6-8mL/kg、適切なPEEP設定などが推奨されています。
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主な合併症
VAP、VALI、気道損傷、循環障害など様々な合併症が発生する可能性があります。
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予防対策
肺保護換気、適切な口腔ケア、体位管理などの包括的アプローチが必要です。
人工呼吸器の基本設定と換気モード
人工呼吸器の基本設定は患者の状態に応じて適切に行うことが極めて重要です。換気モードの選択や各パラメータの設定は、患者の呼吸状態を改善させるために慎重に行う必要があります。
基本的な設定パラメータとして、以下の項目があります。
- 1回換気量(TV):理想体重に基づいて設定し、通常は6〜8mL/kgが推奨されます。過膨張による肺損傷を防ぐために重要です。
- 呼吸回数(RR):通常12〜20回/分に設定しますが、患者の状態や動脈血ガス分析の結果により調整します。
- PEEP(呼気終末陽圧):無気肺を予防し、酸素化を改善するために5〜10cmH2Oが一般的です。
- FiO2(吸入酸素濃度):SpO2が90~95%を維持する最小値に設定することが理想的です。
換気モードに関しては、代表的なものとして以下があります。
- A/C(Assist/Control)モード:患者の自発呼吸の有無にかかわらず、設定した回数の換気を提供します。
- SIMV(Synchronized Intermittent Mandatory Ventilation):自発呼吸が出始めた患者に適しており、設定した回数の強制換気を提供しつつ、自発呼吸も可能にします。自発呼吸に合わせて換気回数を減らすことで、人工呼吸器への依存度を低減できます。
- PSV(Pressure Support Ventilation):患者の自発呼吸をサポートするモードで、ウィーニング期に特に有用です。
実際の臨床現場では、グラフィックモニターを使用して患者と人工呼吸器の同調を確認することが重要です。非同調は患者のストレスや不快感を増大させ、治療効果を低下させる原因となります。
陽圧換気による合併症と予防策
人工呼吸器による陽圧換気は、自然な陰圧呼吸とは異なり、胸腔内に陽圧をかけて空気を送り込みます。この生理学的に逆転した状態は、様々な合併症を引き起こす可能性があります。
陽圧換気による主な合併症。
- 循環器系への影響:胸腔内圧の上昇により静脈還流が減少し、心拍出量が低下、結果として血圧低下や組織灌流不全を引き起こすことがあります。
- 肺の過膨張:過度な圧による肺胞の過膨張は、気胸や縦隔気腫などの圧外傷をもたらす可能性があります。
- 腎機能への影響:腎血流量の減少により尿量が減少することがあります。
- 頭蓋内圧の上昇:胸腔内圧上昇による静脈還流障害は、頭蓋内圧を上昇させることがあります。
これらの合併症を予防するためには、以下のような対策が効果的です。
- 適切な1回換気量の設定:肺の過膨張を防ぐため、理想体重に基づいた適切な換気量(6~8mL/kg)を設定します。
- PEEPの最適化:必要最低限のPEEPを設定し、過度な胸腔内圧上昇を防ぎます。
- 循環動態の継続的なモニタリング:血圧、心拍出量、尿量などをモニタリングし、必要に応じて輸液や昇圧剤を検討します。
- 血液ガス分析:定期的な動脈血ガス分析により、換気と酸素化の状態を評価します。
特に注意すべき点として、呼吸性アルカローシスや呼吸性アシドーシスの発生があります。換気量や呼吸回数が不適切に設定された場合に生じやすく、ETCO2モニタリングや動脈血ガス分析による評価が重要です。
人工呼吸器関連肺炎(VAP)の機序と対策
人工呼吸器関連肺炎(VAP)は、人工呼吸器装着後48時間以降に発症する肺炎と定義されます。集中治療室での院内感染の中でも発生率が高く、患者の予後に大きな影響を与える重要な合併症です。
VAPの発生機序。
- 気管チューブによる上気道バイパスにより、下気道に病原菌が直接侵入する
- カフ上部に分泌物が貯留し、微小誤嚥が生じる
- バイオフィルム形成による持続的な細菌感染
- 患者の免疫力低下による感染抵抗力の減少
VAPを予防するための対策(VAPバンドル)。
- 頭位の管理
- ベッド上体を30~45度の頭高位にすることで誤嚥リスクを低減します
- 完全な水平仰臥位は避けるべきです
- 口腔ケア
- クロルヘキシジンなどの消毒薬を用いた定期的な口腔ケア
- 適切な吸引による口腔内分泌物の除去
- カフ管理
- 適正なカフ圧の維持(通常20-30cmH2O)
- カフ上部の定期的な吸引(サブグロッティック吸引)
- 人工呼吸器回路の管理
- 鎮静剤の適切な使用
- 過鎮静を避け、早期の覚醒を促す
- 日中の鎮静中断プロトコルの実施
研究によると、これらの対策を包括的に実施することで、VAP発生率を有意に減少させることが可能です。特に口腔ケアとカフ上部吸引は、VAPの発生率を30~50%減少させるという報告もあります。
人工呼吸器関連肺損傷(VALI)の理解と防止
人工呼吸器関連肺損傷(VALI)または人工呼吸器誘発性肺損傷(VILI)は、不適切な人工呼吸器設定によって引き起こされる肺組織の損傷を指します。これは機械的刺激による直接的な損傷だけでなく、生体反応を介した間接的な障害も含みます。
VALIの主な機序。
- バロトラウマ(圧力損傷):過度な気道内圧による肺胞の破裂
- ボリュームトラウマ(容量損傷):過大な1回換気量による肺胞の過伸展
- アテレクトトラウマ:肺胞の繰り返しの開閉による剪断力での損傷
- バイオトラウマ:機械的刺激による炎症性メディエーターの放出
VALIを予防するための肺保護戦略。
- 低容量換気:理想体重に基づいた1回換気量の設定(6~8mL/kg)
- プラトー圧の制限:30cmH2O以下に維持
- 適切なPEEP設定:酸素化を改善しつつ、肺胞の過膨張を避ける
- 駆動圧(ΔP=プラトー圧-PEEP)の最小化:15cmH2O以下を目標
- 開放肺戦略:重症例では適切なリクルートメント操作と体位変換
重症例では、うつ伏せ位(腹臥位)換気が酸素化改善に効果的であることが多くの研究で示されています。特に中等度から重症のARDS患者では、腹臥位換気により死亡率が低下するという報告があります。
また、最近の研究では従来のVALI予防のための「肺保護換気」だけでなく、「肺安静換気(lung rest ventilation)」という概念も注目されています。これは最小限の人工呼吸器設定で肺への機械的ストレスを極力減らす戦略です。
重度の呼吸不全でVALIのリスクが高い場合には、体外式膜型人工肺(ECMO)の早期導入も考慮されることがあります。
人工呼吸器装着患者の長期的管理と離脱
人工呼吸器からの早期離脱は合併症を減少させるために重要ですが、適切な評価と計画に基づいて実施する必要があります。長期人工呼吸管理が必要な場合は、様々な側面からの総合的なケアが求められます。
長期管理のポイント。
- 精神的サポート:鎮静剤の適正使用とせん妄予防
- 日中は過鎮静を避け、夜間の睡眠を確保する
- コミュニケーションボードや筆談などによる意思疎通の確保
- 家族の面会や馴染みのあるものの設置によるストレス軽減
- 廃用症候群の予防。
- 早期からのリハビリテーション開始
- ベッドサイドで行える関節可動域訓練
- 座位訓練や立位訓練など段階的な身体活動の増加
- 栄養管理。
- 適切な栄養評価と必要カロリーの確保
- 経腸栄養の早期開始と管理
- タンパク質摂取量の確保
人工呼吸器離脱(ウィーニング)のプロセス。
- 離脱準備性の評価
- 原疾患の改善
- 呼吸状態の安定(PaO2/FiO2>200、PEEP≤8cmH2O)
- 循環動態の安定
- 適切な意識レベル
- 自発呼吸トライアル(SBT)の実施
- T-ピースまたはPSV(5-8cmH2O)+PEEP(5cmH2O)での評価
- 30分-2時間の観察
- 脈拍、血圧、SpO2、呼吸数、呼吸様式の評価
- 抜管および抜管後管理
- 抜管時の気道確保準備
- 抜管後の早期離床と呼吸理学療法
- 再挿管リスクの評価と対応
長期人工呼吸管理が必要な場合(7-14日以上)は、気管切開の検討も重要です。気管切開のメリットとしては、気道の安定確保、口腔ケアの容易さ、患者の快適さ向上、鎮静剤減量の可能性、離脱プロセスの改善などが挙げられます。
長期人工呼吸管理におけるQOL向上のための工夫として、日中の覚醒時間の確保、環境音や光による日内リズムの維持、家族との交流時間の確保などが重要です。特に、ICU獲得筋力低下(ICU-AW)や集中治療後症候群(PICS)の予防を意識したケアが求められています。
人工呼吸器管理は単なる機械の操作ではなく、患者を全人的に捉えたケアが必要であり、多職種連携によるアプローチが重要です。医師、看護師、臨床工学技士、理学療法士など多職種がそれぞれの専門性を活かして協働することで、最適な人工呼吸器管理が実現します。
人工呼吸器離脱に関するガイドラインはこちら(日本集中治療医学会)