診療ガイドラインの作成は学会等の組織が中心となって行われ、11の主要なステップを経て策定されます 。作成プロセスは①作成目的の明確化、②作成主体の決定、③作成組織の編成、④スコープの作成、⑤システマティックレビューの実施、⑥推奨の作成、⑦ガイドライン草案の作成、⑧外部評価の実施、⑨公開、⑩普及・導入・評価、⑪改訂という流れで進められます 。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/jspo/31/3/31_144/_pdf/-char/ja
最新の診療ガイドライン作成では、エビデンス総体(body of evidence)を重視し、益と害(benefit and harm)の評価とバランスを考慮することが特徴的です 。エビデンス総体とは1つのクリニカルクエスチョンに対して収集した研究報告をアウトカムごと、研究デザインごとに評価してまとめたものです 。このアプローチにより研究における偏りを最小化し、より信頼性の高いガイドラインが作成されています 。
重要な臨床課題はクリニカルクエッション(Clinical Question; CQ)として設定され、発表されている研究論文を網羅的に調査します 。専門家が論文を詳しく読み込み、システマティックレビューを実施してエビデンスを統合し、推奨事項を決定するという科学的手法が用いられています 。
参考)診療ガイドラインとは―どのように作られ、使われるか
診療ガイドラインにおける推奨の強さは、「推奨に従って治療を行った場合に患者の受ける利益が害や負担を上回ると考えられる確実さの程度」として定義されています 。推奨グレードは科学的根拠の強さに基づいて分類され、A(強い科学的根拠があり、行うよう強く勧められる)からD(無効性あるいは害を示す科学的根拠があり、行わないよう勧められる)まで5段階に設定されています 。
参考)http://www.jsco-cpg.jp/item/27/intro_03.html
エビデンスレベルの分類では、最も質の高いものから順に、Ⅰ:システマティック・レビュー/RCTのメタアナリシス、Ⅱ:1つ以上のランダム化比較試験、Ⅲ:非ランダム化比較試験、Ⅳa:分析疫学的研究(コホート研究)、Ⅳb:分析疫学的研究(症例対照研究、横断研究)に分けられています 。
GRADEアプローチでは推奨度を1(強く推奨)と2(弱く推奨)の2段階で評価し、エビデンスの強さをA(高)からD(非常に低)の4段階で評価します 。重要なのは推奨度とエビデンスの強さが独立しており、エビデンスの質が低くても臨床的有用性が高い場合は強い推奨となる可能性があることです 。
参考)コラム
診療ガイドラインの重要な目的である診療内容の標準化と患者の予後改善を達成するためには、単なる作成だけでなく効果的な普及と活用が必要です 。医療現場では、ガイドラインに沿った診療行為を行うにあたって様々なバリアーが存在することが指摘されています 。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/nisshoshi/107/10/107_10_1623/_pdf
使用しやすいガイドライン作成が第一の課題として挙げられており、診療上の疑問を網羅したクリニカルクエッション方式の採用、診療方針が一目でわかるアルゴリズムの掲載、目次や索引の充実などが求められています 。また、携帯可能な小冊子の作成や重要事項を列挙したカードの配布など、実用性を重視した工夫が必要とされています 。
医療従事者の価値観や経験と科学的エビデンスとのバランスをとることも重要な課題です 。ガイドラインは意思決定の判断材料の一つとして利用されるべきであり、個々の患者の状況に応じた柔軟な適用が求められています 。実際の臨床現場には様々な条件・状態の患者が存在するため、ガイドラインをそのまま適用するだけでなく、患者個別の状況を考慮した適切な医療判断が不可欠です 。
参考)標準治療と診療ガイドライン:[国立がん研究センター がん情報…
Mindsガイドラインライブラリでは、部位別に脳・神経、眼、耳鼻咽喉、心臓・血管、呼吸器、消化器などの領域に分類されて診療ガイドラインが整理されています 。疾患別では、がん、生活習慣病、内分泌・代謝・血液疾患に関するガイドラインが豊富に掲載されています 。トピックス別では小児、高齢者、救急救命、痛み管理に関する専門的なガイドラインが提供されています 。
参考)Mindsガイドラインライブラリ
がん診療ガイドラインは日本癌治療学会が運営しており、学会等で作成されたがん診療に関するガイドラインを統合的に提供しています 。乳がん、胃がん、大腸がん、肺がん、子宮がん・卵巣がんなどの主要ながん種については、医療者向けの診療ガイドラインに加えて「患者さんのためのガイドライン」や「患者さんのためのガイドブック」も作成されています 。
参考)がん診療ガイドライン
皮膚科領域では、アトピー性皮膚炎、円形脱毛症、乾癬、蕁麻疹、帯状疱疹など多岐にわたる疾患のガイドラインが整備されています 。創傷・褥瘡・熱傷ガイドラインのように複数の関連疾患を統合したガイドラインも提供され、専門的な診療支援が行われています 。救急医療分野では、心肺蘇生ガイドライン、外傷初期診療ガイドラインJATEC、てんかん重積治療ガイドラインなど緊急性の高い疾患に対する迅速な診療指針が整備されています 。
参考)https://www.semanticscholar.org/paper/636bf92b741a04329c1de698c0996ddb0e3865e0
診療ガイドラインの効果的な普及には、ガイドラインそのものの質的向上と併せて、医療従事者への教育・啓発活動が重要です 。学会でのシンポジウムや公開討論会の開催、専用ホームページでの情報集約など、多角的なアプローチが必要とされています 。
Mindsガイドラインライブラリでは、レスポンシブウェブデザインを採用し、パソコンからもスマートフォンからも使いやすいインターフェースを提供しています 。一般の方向けの解説、診療ガイドライン利用者向けの情報、診療ガイドライン作成者向けの情報を統合的に提供することで、ガイドラインの理解促進と活用支援を行っています 。
参考)https://jcqhc.or.jp/wp-content/uploads/2017/09/news_letter_201709.pdf
継続的な改訂システムも診療ガイドラインの重要な特徴です 。医学の進歩とともに新たなエビデンスが蓄積されるため、定期的な見直しと更新が必要とされています 。日本皮膚科学会では、アトピー性皮膚炎診療ガイドライン2024年版、尋常性白斑診療ガイドライン第2版2025など、最新のエビデンスに基づく改訂版を継続的に公開しています 。
参考)一般公開ガイドライン
臨床指標(clinical indicator)を活用した診療行為の評価システムも整備されており、ガイドラインの実践効果を客観的に測定できる仕組みが構築されています 。これにより、ガイドラインの有効性を検証し、必要に応じて内容の修正や改善を行うPDCAサイクルが確立されています 。