皮膚粘膜眼症候群(SJS)は、その発症初期において風邪に似た症状を呈するため、早期発見が困難な場合があります。初期症状としては、38℃以上の発熱と全身倦怠感が特徴的です。これに続いて、咽頭痛や結膜充血などの粘膜症状が現れます。
初期症状の主な特徴。
多くの患者さんはこの段階で風邪と自己判断し、市販の総合感冒薬を服用することで症状を悪化させるケースがあります。SJSの初期段階での適切な対応は、予後を大きく左右するため、医療従事者は以下の初期症状の組み合わせに注意を払う必要があります。
発症から進行までの典型的なタイムライン。
皮膚症状としては特徴的な多形紅斑様発疹が出現し、進行すると水疱、びらんへと変化します。これらの皮疹は体幹部から始まり、四肢へと広がっていく傾向があります。SJSの皮膚所見の特徴は、同心円状の標的状病変(target lesion)ではなく、不規則な形状のtargetless lesionが多発することです。
粘膜病変の特徴と部位別症状。
部位 | 特徴的な症状 |
---|---|
口腔・口唇 | びらん、出血、痂皮形成、疼痛、摂食困難 |
眼粘膜 | 結膜充血、眼脂、偽膜形成、視力低下 |
外陰部 | びらん、排尿痛、排便痛 |
気道粘膜 | 気管支炎症状、呼吸困難(重症例) |
重症例では、皮膚の剥離面積が体表面積の10%未満でもSJSと診断されます。これが10%以上になると中毒性表皮壊死症(TEN)へ移行したと判断され、予後不良となります。
皮膚粘膜眼症候群(SJS)を引き起こす原因は多岐にわたりますが、最も頻度が高いのは薬剤性のものです。日本国内での報告によると、SJSの約80%が薬剤の副作用によるものと推定されています。
SJSの主な原因薬剤(ハイリスク薬)。
特に注意すべきは、抗てんかん薬のラモトリギンとカルバマゼピン、痛風治療薬のアロプリノールは、日本人におけるSJS発症リスクが欧米人より高いことが報告されています。これは遺伝的要因(HLA型)が関与していると考えられています。
SJSの発症メカニズムについては、完全には解明されていませんが、薬剤によって活性化されたCD8陽性Tリンパ球が表皮細胞を攻撃する細胞性免疫反応が主体と考えられています。具体的には以下のプロセスが推定されています。
近年の研究では、特定のHLA型と薬剤特異的SJSの発症リスクとの関連が明らかになってきました。例えば、日本人ではHLA-A31:01がカルバマゼピン誘発性SJSと、HLA-B58:01がアロプリノール誘発性SJSと強く関連していることが報告されています。
薬剤以外にもSJSの原因となる要因。
ただし、薬剤性SJSの多くは初回投与から2週間〜1ヶ月程度で発症することが多く、それまでに長期間使用していた薬剤による突然の発症は比較的稀です。医療従事者は新規処方後の患者観察を特に注意深く行う必要があります。
皮膚粘膜眼症候群(SJS)の診断は、臨床症状、皮膚所見、病理組織学的検査などを総合的に評価して行われます。日本皮膚科学会による診断基準では、以下の3つの主要徴候すべてを満たすことが必要とされています。
SJSの診断に必要な主要3徴候。
SJSの診断において最も注意すべき鑑別疾患は多形紅斑(EM Major)です。臨床症状だけでは鑑別が難しいため、皮膚生検による病理組織学的検査が重要となります。SJSでは表皮細胞の壊死・融解が特徴的であり、多形紅斑とは異なる所見を示します。
診断のための推奨検査項目。
臨床所見による重症度評価は治療方針決定に重要です。日本の重症薬疹ガイドラインでは、スコアリングシステム(SCORTEN)を用いた重症度評価を推奨しています。SCORTENスコアは以下の7項目で構成され、該当する項目が多いほど死亡リスクが高くなります。
SCORTENスコア項目(各1点)。
スコア合計と予測死亡率。
スコア | 予測死亡率 |
---|---|
0-1 | 3.2% |
2 | 12.1% |
3 | 35.3% |
4 | 58.3% |
5以上 | 90%以上 |
医療従事者は、SJSが疑われる症例に遭遇した場合、速やかに上記検査を実施し、皮膚科医・眼科医との連携を図ることが重要です。特に原因薬剤の特定は再発予防のために不可欠であり、DLST(薬剤リンパ球刺激試験)などの薬剤アレルギー検査も考慮すべきです。
皮膚粘膜眼症候群(SJS)の治療は、早期発見・早期治療が原則となります。治療の主な柱は、原因薬剤の中止、支持療法、免疫抑制療法、そして各種合併症への対応です。
SJSの標準的治療アプローチ。
眼病変に対する治療は特に重要であり、失明のリスクを減らすために眼科専門医との連携が不可欠です。急性期には以下の治療を行います。
眼病変に対する集中治療。
近年のエビデンスによると、TNF-α阻害薬やIL-6阻害薬などの生物学的製剤を使用した症例報告が増えています。特に急性期の炎症コントロールに難渋する症例では、これらの生物学的製剤が救命治療として考慮される場合があります。
SJSの予後は、発症からの時間、治療開始までの遅れ、年齢、合併症の有無などによって大きく異なります。死亡率は平均3〜5%ですが、高齢者や広範囲の皮膚病変を有する患者ではさらに高くなります。眼合併症については、急性期を過ぎても20〜30%の患者に重篤な後遺症(ドライアイ、結膜瘢痕、角膜混濁など)が残ることが報告されています。
皮膚粘膜眼症候群(SJS)は迅速な対応が予後に直結する緊急疾患です。医療従事者が遭遇した際の適切な対応フローを以下に示します。このフローは、プライマリケア医からの初期対応、専門医への連携、入院後の管理まで一貫した流れを提示しています。
【SJS疑い例に対する初期対応フロー】
医療機関到着後の初期対応として、重症度評価とトリアージが重要です。特に以下の危険徴候がある場合は、集中治療の準備を整える必要があります。
🚩 危険徴候(早期ICU管理を検討)。
入院後の管理においては、以下の多職種チームによる包括的なアプローチが重要です。
入院管理における多職種連携。
担当科・職種 | 主な役割 |
---|---|
皮膚科医 | 診断確定、治療方針決定、全身管理 |
眼科医 | 眼病変の評価と治療、瞼球癒着予防 |
集中治療医 | 呼吸・循環管理、電解質補正 |
看護師 | 皮膚ケア、口腔ケア、感染予防 |
薬剤師 | 被疑薬の特定、薬剤歴管理、薬物相互作用チェック |
栄養士 | 経口摂取困難時の栄養サポート |
医療従事者向けの重要なポイントとして、SJSを疑う症例を診た場合、以下の記録を詳細に残すことが将来の薬物アレルギー管理に不可欠です。
📋 必要な記録(薬物アレルギー情報管理)。
SJS回復後も、患者に対して「薬剤アレルギーカード」の携帯を指導し、原因薬剤と構造的に類似した薬剤の回避を明確に伝えることが再発予防に重要です。また、家族にも情報共有を行い、遺伝的要因(HLA型)が関与する可能性についても説明することが望ましいでしょう。