悪性腫瘍(がん)は、正常な細胞の成長や分裂の制御機構が失われた結果、無秩序に増殖する細胞の集合体です。これらの細胞は周囲の組織に侵入(浸潤)し、血液やリンパ管を通じて体の他の部位に広がる(転移)能力を持っています。
悪性腫瘍は大きく以下の2つのカテゴリーに分類されます。
悪性腫瘍の特徴としては、以下の点が挙げられます。
これらの特性は、正常細胞にはない悪性腫瘍特有の性質であり、腫瘍の進行や治療抵抗性に関連しています。臨床医は患者の腫瘍がどのような特性を持っているかを把握することで、より効果的な治療戦略を立てることが可能になります。
固形腫瘍はさらに、発生する細胞の種類によって「上皮性悪性腫瘍」と「非上皮性悪性腫瘍」に分けられます。それぞれの特徴と代表的な例を見ていきましょう。
上皮性悪性腫瘍(癌腫/カルシノーマ)
上皮性悪性腫瘍は、体の表面や臓器の粘膜を覆っている上皮細胞から発生します。全がんの約85%を占める最も一般的なタイプです。
特徴。
代表的な上皮性悪性腫瘍。
上皮内癌は、がん細胞が基底膜を越えずに上皮内にとどまっている初期段階の上皮性悪性腫瘍です。この段階では一般的に転移のリスクは低く、完全切除による治癒率が高いのが特徴です。代表例としては、子宮頚部の上皮内癌、非浸潤性乳管癌などがあります。
非上皮性悪性腫瘍(肉腫/サルコーマ)
非上皮性悪性腫瘍は、骨、軟骨、筋肉、脂肪、血管など、上皮以外の組織から発生する悪性腫瘍です。上皮性腫瘍に比べて発生頻度は低く、全がんの約10%を占めています。
特徴。
代表的な非上皮性悪性腫瘍。
治療アプローチにおいても、上皮性悪性腫瘍と非上皮性悪性腫瘍では異なる点があります。例えば、肉腫は放射線療法や一般的な化学療法に対する感受性が低いことがあり、外科的完全切除がより重要になる傾向があります。
血液がんは、血液や造血組織の細胞に由来する悪性腫瘍の総称です。固形腫瘍とは異なり、特定の塊を形成せず、全身に広がる特徴があります。血液がんは主に以下の3つに分類されます。
1. 白血病
白血病は、骨髄で血液細胞をつくる造血幹細胞や前駆細胞に変異が生じることで発症します。異常な白血球が無制限に増殖し、正常な血液細胞の産生が阻害されることで様々な症状を引き起こします。
白血病の種類。
2. 悪性リンパ腫
悪性リンパ腫は、リンパ系の細胞(主にリンパ球)から発生する悪性腫瘍です。リンパ節が腫大することが特徴で、全身のリンパ組織に影響を及ぼします。
悪性リンパ腫の種類。
3. 多発性骨髄腫
多発性骨髄腫は、骨髄中の形質細胞(抗体を産生するB細胞由来の細胞)の悪性腫瘍です。異常な免疫グロブリン(M蛋白)が産生され、骨破壊、貧血、腎機能障害などを引き起こします。
血液がんの診断方法
血液がんの診断には以下の検査が用いられます。
血液がんの診断では、これらの検査を組み合わせて総合的に判断することが重要です。特に、WHO分類に基づく正確な病型診断は、治療方針の決定に直結します。
日本血液学会による血液腫瘍の診断基準や分類について詳しく解説されているページ
悪性腫瘍の中でも特に危険性が高いのは「浸潤がん」と呼ばれるタイプです。浸潤がんは、がん細胞が元々形成された組織を超えて周囲の正常組織に侵入する能力を持っています。この浸潤性という特徴が、悪性腫瘍と良性腫瘍を区別する重要な要素の一つです。
浸潤のメカニズム
浸潤がんが周囲組織に侵入するプロセスには、複数の分子メカニズムが関与しています。
転移のプロセス
転移は、原発巣から離れた場所に新たながん病巣が形成されるプロセスで、以下のステップを経ます。
進行度(ステージング)
悪性腫瘍の進行度は、一般的にTNM分類システムを用いて評価されます。
これらの因子を組み合わせて、ステージI〜IVに分類します。ステージが高いほど予後は一般的に不良です。
進行度の正確な評価は、適切な治療方針の決定、予後予測、臨床試験の対象患者選定など、様々な目的で重要です。また、分子マーカーや遺伝子プロファイリングを併用することで、より精密な予後予測や治療反応性の評価が可能になってきています。
国立がん研究センターによるがんのステージングについての詳細情報
希少がんは、発症率が低く年間で数十人から数百人程度しか発症しないタイプの悪性腫瘍を指します。これらは一般的ながんと比較して情報が限られており、診断から治療まで様々な課題に直面しています。
希少がんの特徴と問題点
希少がんは以下のような特徴と課題を抱えています。
代表的な希少がん
希少がんには様々な種類がありますが、代表的なものとしては以下が挙げられます。
希少がんの診断困難性と対応策
希少がんの診断には以下のような困難があります。
これらの課題に対処するためには、以下のような対応が重要です。
また、遺伝子パネル検査などのゲノム医療の進展により、希少がんの分子レベルでの特徴を明らかにし、既存の分子標的薬の適応拡大や新規治療法の開発につなげる取り組みも進んでいます。
医療従事者としては、非典型的な症状や臨床経過を示す患者に対して、希少がんの可能性も考慮した診断アプローチを心がけることが重要です。早期の専門医紹介と適切な診断・治療計画の立案が患者予後の改善につながります。
希少がん対策ワーキンググループによる情報提供サイト
医療従事者向けには、以下のような実践的なアドバイスが役立つでしょう。
希少がんは「稀」ではありますが、全てのがんを合わせると決して無視できない患者数になります。適切な診断と治療のために、医療従事者の継続的な知識更新と専門施設との連携体制の構築が必要です。