劇症肝炎は、肝実質の急速かつ広範な壊死と肝臓の縮小(急性黄色肝萎縮症)を特徴とするまれな症候群です。通常、発症から数日ないし数週間以内に肝細胞が急激に壊れることで、肝機能が著しく低下します。肝臓は体内で重要な役割を担っており、タンパク質合成や解毒作用などの機能が損なわれると生命に関わる危機的状況に陥ります。
劇症肝炎の病態生理学的特徴として、広範な肝細胞壊死により肝臓の再生能力が追いつかなくなることが挙げられます。健常な肝臓は優れた再生能力を持っていますが、劇症肝炎ではその再生メカニズムが破綻し、肝臓の機能不全を招きます。急性型と亜急性型に分類され、発症から肝性脳症出現までの期間が10日以内を急性型、11日以上を亜急性型とします。急性型よりも亜急性型の方が救命率が低いことが知られています。
発症メカニズムについては、ウイルス感染や薬物による直接的な肝細胞障害に加え、免疫系の異常反応による肝細胞破壊も重要な要因とされています。特にB型肝炎ウイルスによる劇症肝炎では、ウイルス特異的なT細胞による過剰な免疫応答が肝細胞障害を増強することが指摘されています。
劇症肝炎の初期症状は一般的な急性肝炎と類似しており、全身倦怠感、悪心・嘔吐、食欲不振などが現れます。しかし、病状の進行とともに特徴的な症状が出現します。高度の黄疸が生じ、眼球の白目部分や皮膚が黄色く変色し、尿が濃褐色になります。最も重要な特徴は肝性脳症の出現であり、これは肝機能低下により毒素(特にアンモニアなど)が十分に解毒されず、脳機能が障害されることで生じます。
肝性脳症は重症度によりI度からV度に分類されます。
診断基準としては、以下の条件を満たすことが必要です。
劇症肝炎では他臓器障害も合併しやすく、腎臓障害(肝腎症候群)、呼吸不全、循環不全、消化管出血、凝固異常などが高頻度に認められます。これらの合併症は予後を大きく左右するため、早期発見と適切な対応が求められます。
劇症肝炎の原因は多岐にわたりますが、日本においては以下のような要因が主に報告されています。
劇症肝炎発症の危険因子としては、高齢、基礎疾患の存在(特に既存の肝疾患)、妊娠、特定の薬剤の併用などが挙げられます。また、遺伝的背景も発症リスクに関与している可能性があり、HLA-DR13などの特定のHLA型を持つ人はB型肝炎の劇症化リスクが高いことが報告されています。
予防としては、A型・B型肝炎ウイルスに対するワクチン接種、適切な薬剤使用(特にアセトアミノフェンの過剰摂取を避ける)、アルコールの過剰摂取を避けることなどが重要です。また、B型肝炎ウイルスキャリアでは、免疫抑制・化学療法前の予防的抗ウイルス薬投与が推奨されています。
劇症肝炎の治療は、原因に対する治療と肝臓を保護するための支持療法の2つのアプローチが基本となります。患者の状態は急速に変化するため、集中治療室(ICU)での厳密な全身管理が不可欠です。
治療効果の判定には、意識状態、凝固能(プロトロンビン時間)、総ビリルビン値、アンモニア値などの経時的変化を観察します。また、肝再生の指標として血清アルファフェトプロテイン値の上昇も重要です。
内科的治療に反応しない場合や、予後不良因子(年齢、脳症出現までの期間、総ビリルビン値、凝固能など)を多く持つ症例では、早期に肝移植の適応を検討することが重要です。特に、亜急性型では内科的治療のみでの救命率が低いため、より積極的な肝移植の検討が必要とされています。
人工肝補助療法は、劇症肝炎の患者の肝機能を一時的に代替し、肝再生の時間を確保するための重要な治療法です。現在、主に以下の方法が用いられています。
これらの人工肝補助療法は単独ではなく、複数の方法を組み合わせることで効果を高めることが多く、特に血漿交換とHDFの併用が一般的です。人工肝補助療法の主な目的は、肝臓が再生するまでの「橋渡し」であり、それ自体が肝細胞の再生を促進するわけではありません。
肝移植の適応は、内科的治療の効果が期待できない場合に検討されます。日本肝移植研究会による劇症肝炎に対する肝移植適応基準(1996年)では、以下の5項目のうち2項目以上該当する場合に肝移植の適応と考えられます。
しかし、これらの基準は作成から時間が経過しており、その後の治療法の進歩を考慮した新たな基準の検討も進められています。具体的には、MELD(Model for End-stage Liver Disease)スコアを用いた評価や、急性肝不全の予後予測に特化したモデルの開発などが行われています。
日本では脳死ドナーの不足から、生体部分肝移植が主流となっています。肝移植の施行時期は非常に重要で、移植が遅れると他臓器障害が進行し、移植後の予後が悪化します。そのため、内科的治療で改善が見込めない場合は、早期に移植医療機関への転院と移植準備を進めることが推奨されています。
劇症肝炎の治療成績向上を目指し、従来の治療法に加えて新たなアプローチの研究開発が進められています。特に注目されているのが再生医療と分子標的治療法です。
これらの新規治療法の多くはまだ基礎研究や初期臨床試験の段階であり、標準治療として確立されてはいません。しかし、従来の治療法では救命困難であった重症例に対する新たな選択肢として期待されています。
特に注目すべき点は、劇症肝炎の病態解明の進展です。最近の研究では、肝細胞死の機序として従来のアポトーシスに加えて、ネクロプトーシスやピロプトーシスという新たな細胞死の形式が関与していることが示唆されており、これらを標的とした治療法の開発が進められています。
また、遺伝子解析技術の発展により、劇症肝炎の感受性や予後に関連する遺伝子多型が同定されつつあります。将来的には、個々の患者の遺伝的背景に基づいた個別化医療の実現も期待されています。
今後は、これら新規治療法の有効性と安全性を検証する大規模臨床試験の実施が求められています。また、従来の内科的治療や肝移植との最適な併用方法の確立も重要な課題となっています。