カスパーゼとアスパラギン酸特異性の分子機構

細胞死を制御するカスパーゼファミリーのアスパラギン酸特異的切断機構と、その生理的意義について解説します。最新の研究成果から見えてきた治療応用の可能性とは?

カスパーゼとアスパラギン酸特異的切断

カスパーゼとアスパラギン酸
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システインプロテアーゼファミリー

カスパーゼは活性部位にシステイン残基を持ち、アスパラギン酸残基の後で基質を切断する酵素群です

アポトーシスの実行役

カスケード反応により細胞死を制御し、正常な発生や組織恒常性の維持に必須の役割を果たします

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治療標的としての可能性

がんや神経変性疾患などの治療において、カスパーゼ制御が新たな治療戦略として注目されています

カスパーゼファミリーの分類と構造的特徴

カスパーゼ(Caspase)は、アスパラギン酸特異的システインプロテアーゼとして知られる酵素ファミリーです 。Caspaseという名称は、Cysteine Aspartate-specific Proteaseを略したもので、その名の通り活性部位にシステイン残基を持ち、基質となるタンパク質のアスパラギン酸残基の後ろを特異的に切断する特徴があります 。
参考)カスパーゼ - Wikipedia

 

カスパーゼファミリーは分子量約30,000~60,000の範囲にあり、細胞内では酵素活性を持たない不活性型前駆体(プロカスパーゼ)として合成されます 。これらは翻訳後修飾により、N末端側からプロドメイン、p20、p10という3つの領域に分けられ、p20とp10が切断後に会合してヘテロ四量体を形成し、活性型カスパーゼとして機能します 。
各カスパーゼは特異的な基質認識配列を持ち、カスパーゼ-3ではDEVD、カスパーゼ-8ではIETDといったアミノ酸配列を認識し、最後のアスパラギン酸残基で切断を行います 。この高い基質特異性により、カスパーゼは細胞内で的確な標的タンパク質の分解を実現しています 。
参考)https://www.sigmaaldrich.com/JP/ja/campaigns/learning/bio-learningcenter/cancer/evading-apoptosis

 

カスパーゼによるアスパラギン酸残基認識機構

カスパーゼの触媒機構において、アスパラギン酸残基の認識は極めて重要な特徴です。カスパーゼ-3の例では、触媒部位にCys163のスルフヒドリル基とHis121のイミダゾール環が存在し、His121が重要なアスパラギン残基のカルボニル基を安定化します 。
参考)カスパーゼ-3 - Wikipedia

 

特にin vitro実験では、カスパーゼ-3がDEVDG(Asp-Glu-Val-Asp-Gly)配列の2つ目のアスパラギン酸残基のC末端側での切断に対して選択性を示すことが確認されています 。この切断特異性は、Cys163とGly122が水素結合によって基質-酵素複合体の四面体型遷移状態を安定化する機能と密接に関連しています 。
カスパーゼが必ずアスパラギン酸残基を含む標的基質上の4つまたは5つのアミノ酸配列を特異的に認識することは、細胞内における精密な制御機構を可能にしています 。この認識機構により、カスパーゼは標的タンパク質のみを選択的に切断し、細胞死の実行や炎症反応の制御を適切に行うことができます 。
参考)https://www.cellsignal.jp/pathways/regulation-of-apoptosis-pathway

 

カスパーゼアスパラギン酸システムの生理的役割

カスパーゼによるアスパラギン酸特異的切断は、細胞の生理機能において多面的な役割を担っています。従来知られているアポトーシスの実行役としての機能に加え、近年の研究では非細胞死性の活性化による器官成長促進作用が発見されています 。
参考)https://www.u-tokyo.ac.jp/content/400123363.pdf

 

東京大学の研究では、カスパーゼファミリー蛋白質の生理機能に応じた使い分け機構が明らかにされており、Drice、Dcp-1、Decayのうち、Dcp-1とDecayが非細胞死性に器官成長を促進することが示されています 。健常な細胞にも基礎的なカスパーゼ活性が存在し、Acinus蛋白質の代謝を通じて器官成長を促す機構が解明されています 。
炎症反応においても、カスパーゼ-1は基質であるGasdermin Dを切断することでパイロプトーシスを実行し、一方でBidを切断して内因性経路のアポトーシスも制御するという二面性を持っています 。このように、カスパーゼのアスパラギン酸特異的切断機構は、細胞死だけでなく細胞の生存や増殖にも関与する複雑な制御システムを構築しています 。
参考)No.2 Caspase と細胞死が繋がった1990 年代

 

カスパーゼアスパラギン酸系の病態への関与

カスパーゼとアスパラギン酸特異的切断機構の異常は、様々な疾患の病態と密接に関連しています。がん治療の分野では、アポトーシス細胞で活性化されるカスパーゼ-3/7が逆説的にがん細胞の増殖を促進する「フェニックス・ライジング現象」が注目されています 。
参考)https://blog.goo.ne.jp/kfukuda_ginzaclinic/e/cb027b95d47abcaa0efca529c31ef7b8

 

放射線照射でアポトーシスを起こしたカスパーゼ-3/7正常細胞は、不活性型ホスホリパーゼA2を切断して活性化し、最終的にプロスタグランジンE2の産生を通じてがん幹細胞の再増殖を促進します 。この発見は、COX-2阻害剤セレコキシブの併用により、プロスタグランジンE2産生を抑制してがん幹細胞の再増殖を阻止できる可能性を示唆しています 。
感染症領域では、赤痢菌がエフェクタータンパク質OspC3を分泌してカスパーゼ-4を特異的に阻害し、宿主細胞の炎症性細胞死による排除を回避する戦略が明らかになっています 。このメカニズムは、腸管粘膜における病原細菌の排除機構と、病原体の防御回避戦術の理解に重要な知見を提供しています 。
参考)赤痢菌はエフェクタータンパク質OspC3によりカスパーゼ4の…

 

カスパーゼアスパラギン酸制御の治療応用

カスパーゼのアスパラギン酸特異的切断機構を標的とした治療法開発が活発に進められています。カスパーゼ阻害剤は、炎症性疾患、神経変性疾患、代謝性疾患、がんなどの治療において有望な薬剤として期待されていますが、現在のところ臨床使用に至った薬剤はありません 。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC8519909/

 

特にカスパーゼ-1を標的とした小分子薬剤では、CTS-2090、CTS-2096、ML-132、TMC-Ag5が前臨床研究段階にあり、Q-004が薬物発見段階にあります 。これらの薬剤は、カスパーゼの基質特異性を利用した選択的阻害を目指しています 。
参考)典型的なシグナル経路の概要 - カスパーゼタンパク質ファミリ…

 

革新的な治療アプローチとして、温度応答性を持つエラスチン様ポリペプチド(ELP)とカスパーゼ-8を融合させた「サーモジェネティクス」技術も開発されており、温度変化をスイッチとして細胞機能を制御する新しい治療手法として注目されています 。また、カスパーゼの非細胞死性活性化の理解が深まることで、再生医学や神経機能調節への応用可能性も広がっています 。
参考)温度変化を“スイッチ”に細胞機能を操る「サーモジェネティクス…