ビリルビンは体内で古くなった赤血球が分解される過程で生成される黄色い色素です。通常、この物質は肝臓で処理され、胆汁として腸に排出されます。血液検査によって体内のビリルビン値を測定することで、肝臓や胆道系の健康状態を評価することができます。
ビリルビンには主に2種類あります。
健康な成人の総ビリルビン値(両方を合わせた値)は0.2~1.2mg/dLとされています。このうち、直接ビリルビンは0.1~0.4mg/dL、間接ビリルビンは0.1~0.8mg/dLが正常範囲です。これらの値が基準範囲を超えると、何らかの異常が疑われます。
例えば、総ビリルビン値が1.3mg/dL以上の場合は、肝臓や胆管の疾患が疑われます。肝障害や胆汁うっ滞が生じると、本来胆汁中に排出されるはずの抱合型ビリルビンが血液中に漏れ出し、数値が上昇します。また、溶血性貧血などで赤血球の破壊が過剰に進むと、非抱合型ビリルビンの値が上昇することがあります。
臨床現場では、ビリルビン値は肝機能検査の一部として重要視されています。慢性肝炎や初期の肝硬変ではビリルビン値はあまり上昇しませんが、肝硬変が進行して肝不全に至ると、徐々に上昇していくことが知られています。
ビリルビン値が上昇すると、最も顕著な症状として黄疸が現れます。黄疸とは、皮膚や眼の白い部分(強膜)が黄色く変色する状態です。これは血中のビリルビン濃度が上昇し、組織に沈着することで起こります。
ビリルビン高値に伴う一般的な症状には以下のようなものがあります。
これらの変化は、閉塞などの問題により、ビリルビンが便とともに排出されず、尿中に排泄されるビリルビン量が増えることで起こります。特に尿の色の変化は、高ビリルビン血症の初期兆候として重要です。
成人では、黄疸自体はほとんど症状を引き起こさないことが多いですが、新生児の場合は非常に深刻な懸念があります。新生児の黄疸では、高ビリルビン血症によって「核黄疸」という特殊な脳障害が生じる可能性があります。これは非抱合型ビリルビンが血液脳関門を通過し、神経細胞に蓄積することで起こる重篤な状態です。
また、高ビリルビン血症の原因となる肝疾患が進行すると、他の深刻な症状も現れることがあります。
特に深刻なケースでは、シメプレビルナトリウムなどの薬剤による高ビリルビン血症で、肝機能障害や腎機能障害を発症し、死亡に至るケースも報告されています。こうした重篤な副作用は稀ですが、ビリルビン値の著しい上昇が見られた場合は、速やかな医療介入が必要です。
ビリルビン値の測定は、臨床検査において多岐にわたる疾患の診断や治療経過のモニタリングに活用されています。肝機能検査の重要な一部として、定期的にビリルビン値を確認することで、患者の健康状態を継続的に把握することができます。
臨床現場でのビリルビン検査の主な用途は以下の通りです。
肝細胞の障害や胆汁排泄障害がある場合、ビリルビン値(特に直接ビリルビン)が上昇します。これによって肝炎、肝硬変、胆道閉塞などの診断の手がかりが得られます。
過剰な赤血球破壊(溶血)があると、間接ビリルビンが上昇します。これは溶血性貧血などの診断に役立ちます。
新生児期はビリルビン代謝が未熟なため、一時的に値が高くなることがあります。核黄疸のリスクを避けるため、注意深くモニタリングが行われます。
薬物療法中の患者では、薬剤が肝臓や胆道系に与える影響を評価するためにビリルビン値が測定されます。これにより、薬物による副作用の早期発見が可能になります。
最近の研究では、ニホンウナギの緑色蛍光タンパク質UnaGがビリルビンと結合して光る性質を利用した、高感度で迅速、正確なビリルビン定量試薬が開発されています。これにより、特に新生児核黄疸の予防に効果的な検査が可能になりつつあります。
臨床検査におけるビリルビン値の測定は、通常は以下のような場合に行われます。
これらの検査結果は、総合的な臨床評価の一部として解釈され、適切な治療計画の立案に役立てられます。
ビリルビンは長い間、単なる老廃物として考えられてきましたが、近年の研究によって、体内で重要な保護的役割を果たしていることが明らかになってきました。意外なことに、適度なレベルのビリルビンは有益な生理活性を持つことが示されています。
1937年にNajib-Farahによって、ビリルビンが肺炎球菌感染症に対して治療効果があることが初めて報告されました。以来、ビリルビンやその関連物質であるビリベルジンなどのbile pigmentが持つ保護効果が注目されています。
ビリルビンの主な保護的効果には以下のようなものがあります。
📌 抗酸化作用
ビリルビンは強力な抗酸化物質として機能し、細胞を酸化ストレスから保護します。特に神経細胞や心筋細胞などの酸化ストレスに弱い細胞を守る効果があると考えられています。
📌 抗炎症作用
研究によれば、ビリベルジン(ビリルビンの前駆体)は抗炎症サイトカインであるIL-10を誘導することで、炎症反応を抑制する効果があることが示されています。
📌 敗血症に対する保護効果
動物実験では、敗血症モデルにビリベルジンを投与することで、様々な臓器障害が抑制されることが証明されています。また、リポポリサッカライド(LPS)を投与したラットにビリルビンを与えると、敗血症による肝障害が減少することも示されています。
📌 急性肺障害に対する保護効果
ブレオマイシンによって誘発された急性肺線維症モデルにおいて、ビリルビンの持続静脈注射が急性肺障害を有意に抑制したという報告があります。ビリルビン濃度を3から10 mg/dLに維持することで、肺の線維化が抑制されました。
これらの研究結果は、ビリルビンが単なる代謝産物ではなく、生体防御機構の一部として重要な役割を担っている可能性を示唆しています。特に救急・集中治療領域では、ビリルビンやその関連物質の治療応用に関する研究が進められています。
ただし、高ビリルビン血症による毒性と保護的効果のバランスは非常に重要であり、最適なビリルビンレベルの維持が今後の研究課題となっています。
薬物性肝障害(DILI: Drug-Induced Liver Injury)は、医薬品の重要な副作用の一つであり、ビリルビン値の上昇はその重要な指標となります。薬剤による肝障害は大きく2つのパターンに分けられます。
規定量を大幅に超える量の薬剤を服用した場合に発生します。例えば、解熱鎮痛剤として広く使用されているアセトアミノフェンは、通常の10~20倍以上の量を一度に服用すると、誰でも肝機能障害を起こす可能性があります。この場合、用法・用量を厳守することが何よりも重要です。
服用量に関係なく、特定の個人で肝機能障害が発生するパターンです。他の人では問題ない薬剤でも、特定の個人では少量でもかゆみ、発疹、じんま疹、肝機能障害などが現れることがあります。この反応は予測が難しいですが、過去に薬剤による発疹やじんま疹、肝機能障害を経験した方や、アレルギー体質の方に発生しやすい傾向があります。
薬物性肝障害では、AST(GOT)、ALT(GPT)などの肝酵素の上昇とともに、ビリルビン値の上昇が見られることがあります。特に高度の肝障害の場合には、直接ビリルビンが主体の総ビリルビン値上昇が特徴的です。
特に注意が必要なのは、C型肝炎治療薬であるシメプレビルナトリウムなどの薬剤です。これらによる高ビリルビン血症では、血中ビリルビン値が著しく上昇し、肝機能障害、腎機能障害等を発症して死亡に至った症例も報告されています。
高ビリルビン血症に対する治療薬としては、タウリン製剤が使用されることがあります。タウリン散98%「大正」などは、高ビリルビン血症における肝機能の改善を目的として使用されますが、副作用として吐き気、腹部不快感、下痢、発疹などが報告されています。
薬物性肝障害によるビリルビン値上昇を早期に発見するためには、以下の点に注意することが重要です。
薬物性肝障害は早期発見と適切な対応が重要であり、症状が出現してからでは重篤な転帰を防ぐことが困難な場合もあります。ビリルビン値のモニタリングは、薬物性肝障害の早期発見と安全な薬物療法のための重要な手段です。