個別化医療とは、患者一人ひとりの遺伝的背景、生理的状態、疾患の状態などを考慮して、患者個々に最適な治療法を設定する医療と定義されています 。一般的に、日本では「オーダーメイド医療」や「テーラーメイド医療」、欧米では「Personalized Medicine」「Individualized Medicine」などと呼ばれており、従来の画一的な標準治療とは大きく異なる医療アプローチです 。
参考)https://www.jpma.or.jp/opir/research/rs_056/pb1snq0000000zpo-att/pdf_article_056_01.pdf
厚生労働省は、平成24年に策定された「医療イノベーション5カ年戦略」において、個別化医療推進を主要課題の一つとして位置づけ、ゲノムコホート研究・バイオバンク整備、医療ICTインフラ強化、遺伝情報の適正な取扱い促進などを包括的に推進してきました 。平成24年の「日本再生戦略」では、4つの重点分野のうち「ライフ(医療・福祉)」分野の主要施策として「革新的医薬品・医療機器の創出、再生医療・個別化医療等で世界をリード」を明確に掲げています 。
参考)https://www.pmda.go.jp/files/000155810.pdf
従来型の医療では、同一病名に対して標準薬が一律提供されるため、患者個々の体質が考慮されず、薬剤効果のばらつきや副作用リスクが課題となっていました 。個別化医療は、こうした医療の限界を克服し、治療効果の最大化と副作用の最小化を目的とした革新的な医療体系として期待されています 。
厚生労働省は個別化医療の実現に向けて、患者ゲノムコホート研究推進事業(バイオバンク事業)に年間27億円を投入し、基盤整備を進めています 。この事業の中核を成すのが、6箇所の国立高度専門医療研究センター(NC)における受診患者の血液や組織(病変部位等)などの臨床試料の収集・保管です 。
参考)https://www.mhlw.go.jp/wp/yosan/yosan/13syokan/dl/07-02-07.pdf
産学官の研究機関との連携により、がんや老年病関連疾患を中心とした大規模な研究ネットワークが構築されており、これらの取り組みによって先端技術をより安全かつ有効に患者へ提供し、医療の質の向上と無駄の削減を実現することが期待されています 。さらに、医療の国際化推進により海外からの需要拡大も見込まれ、日本の医療技術の輸出競争力強化にも寄与するとされています 。
バイオバンク・ジャパン(BBJ)は、2003年に世界に先駆けて東京大学医科学研究所に設置された世界最大級の疾患バイオバンクで、現在27万人分の患者データを保有する日本最大の研究基盤となっています 。このバイオバンク事業は文部科学省の支援を受けて、オーダーメイド医療実現化プロジェクトとして約200億円の予算が投入された国家的プロジェクトです 。
参考)https://www.ims.u-tokyo.ac.jp/imswww/KenkyuGaiyou/biobank.htm
厚生労働省は令和4年9月に「全ゲノム解析等実行計画2022」を策定し、がんや難病等の克服を目指した戦略的なデータ蓄積と研究・創薬等への活用を本格化させています 。この計画では、がん領域約13,700症例(新規患者600症例を含む)と難病領域約5,500症例、合計約19,200症例を対象とした大規模な全ゲノム解析が実施されています 。
参考)https://www.mhlw.go.jp/content/10808000/001183517.pdf
令和2年度から令和4年度までの期間に実施された全ゲノム解析は約20,000症例に達し、がん領域約12,000症例、難病領域約8,000症例のデータが蓄積されました 。これらの解析結果は、小児がん、希少がん及び難治性がん等に対する免疫療法等の創薬・新規治療法開発や、ゲノムプロファイリング、治療効果・再発リスク予測、リアルワールドデータの活用などの個別化医療推進に活用されています 。
「全ゲノム解析等実行計画2022」の推進にあたっては、厚生労働省が設置する専門委員会で基本的な方向性を決定し、事業実施組織がその具体的な運用を担う体制が構築されています 。事業実施組織は強固なガバナンスと透明性、説明責任を有する自律性の高い組織として、令和5年3月に国立高度専門医療研究センター医療研究連携推進本部内に事業実施準備室が設置されました 。
参考)概要 - 国立高度専門医療研究センター 医療研究連携推進本部
個別化医療の一層の発展には、医療アクセス、人材育成、研究開発、薬事承認・保険適用、患者支援等、様々な分野における政策課題の克服が必要です 。特に、個別化医療は「現時点では適応症例が限られる」「遺伝子情報を扱う」「検査や治療の費用が高額になりがち」という3つの特質を有しており、これらが政策課題への対応を一層困難にしています 。
参考)https://hgpi.org/research/ncd-pm-20220920.html
日本医療政策機構による政策提言では、こうした課題解決に向けて「ハブ&スポークス型」のネットワーク整備が提案されており、人的資源や知見を集約し、オンライン技術の利活用を含む積極的なICT化による情報や医療資源の集積効率化が重要とされています 。また、遺伝子情報のデータ整備と併せて、遺伝子情報によって不合理な差別等がされないよう、遺伝子情報差別を禁止する法整備や国民啓発の推進が求められています 。
厚生労働省は平成24年9月に「ゲノム薬理学を利用する医薬品の臨床試験の実施に関するQ&A」を発出し、臨床試験におけるファーマコゲノミクス(PGx)利用の推進を図っています 。さらに、令和2年の診療報酬改定では個別化医療に関連する検査項目の保険適用拡大が実現され、個別化医療の普及を後押しする制度整備が進められています 。
参考)個別化医療の現状と、 職場における遺伝情報の事例検討
個別化医療の導入により、患者は合わないかもしれない治療をいくつも試すことなく、早期から自分に合った治療を受けることができ、これが早期の社会復帰や仕事復帰を可能にします 。また、効果が見込めない治療を回避することで副作用リスクを減らすという選択肢も生まれ、患者自身だけでなく、家族や周囲でサポートする人たちにもメリットをもたらします 。
参考)個別化医療がもたらすメリットとは?
医薬品開発においても、個々の病気では臨床試験が困難な場合でも、同じ遺伝子の特徴をもつ複数の病気をまとめることで臨床試験が可能となり、効率的な新薬開発が進むケースがあります 。このような取り組みは総じて医療の発展につながると期待されており、日本の創薬力強化と医療イノベーション推進に貢献しています 。
2024年10月には、日本人でのゲノム解析から創製された新薬が難治性がんである胆道がんに対して承認され、ゲノム診断による個別化医療と予後改善の具体的成果が示されました 。こうした実績の積み重ねにより、個別化医療は理論から実践へと着実に移行しており、厚生労働省の政策的支援の下で日本の医療システム全体の質的向上が期待されています 。
参考)日本人でのゲノム解析から創製された新薬が難治性がんである胆道…
今後は生活習慣病を含むあらゆる疾患への解析対象拡大や、AI技術との融合による診断精度の向上、国際連携による研究開発の加速化などが見込まれ、個別化医療は日本の医療政策の中核的な柱として更なる発展を遂げていくと予想されます 。
参考)個別化医療とは?