ウイルス性肝炎は、A型からE型までの5種類の肝炎ウイルスによって引き起こされる肝臓の炎症性疾患です。それぞれのタイプによって感染経路、潜伏期間、症状の現れ方、慢性化のリスクが異なります。
A型肝炎は主に汚染された食物や水を介して感染し、潜伏期間は約4週間です。突然の発熱、全身倦怠感、食欲不振、吐き気や嘔吐、腹痛、下痢などの症状が特徴的です。A型肝炎は通常、急性の経過をたどり、慢性化することはありませんが、高齢者では重症化することがあります。
B型肝炎は血液や体液を介して感染し、性行為や母子感染(垂直感染)でも伝播します。潜伏期間は1~6ヶ月(平均75日)とやや長めです。症状としては発熱、全身倦怠感、食欲不振、右上腹部痛、黄疸などが現れますが、感染者の多くは無症状であることも特徴です。急性B型肝炎は通常は自然に治癒しますが、成人の約5~10%、幼児期に感染した場合は90%以上が慢性化し、肝硬変や肝がんへの進行リスクがあります。
C型肝炎は主に血液を介して感染します。潜伏期間は2週間~6ヶ月とされています。症状は軽微であることが多く、感染しても80%程度の人は無症状か軽度の症状(倦怠感、食欲不振など)のみで気づかないことが特徴です。C型肝炎の特筆すべき点は、急性感染者の70~80%が慢性化することで、長期間放置すると肝硬変や肝がんのリスクが高まります。
D型肝炎は、B型肝炎ウイルスと共感染する特殊なタイプで、B型肝炎ウイルスの存在が必要です。潜伏期間はB型肝炎と同様ですが、症状はより重篤になることがあります。B型肝炎と同時に感染すると、急性肝不全のリスクが高まります。
E型肝炎は、近年日本でも注目されているタイプで、主に汚染された水や、十分に加熱していない豚肉、鹿肉、猪肉などのジビエ料理から感染します。潜伏期間は3週間~2ヶ月(平均40日)です。A型肝炎に似た症状を示し、通常は急性の経過で慢性化はまれですが、妊婦や免疫不全者では重症化することがあります。
各型に共通する主な症状として、以下のものが挙げられます。
症状の重症度は、個人の健康状態、年齢、基礎疾患の有無などによって大きく異なります。特に高齢者や免疫不全者では、より重症化しやすい傾向があります。まれに劇症肝炎に進行することもあり、その場合は脳症や意識障害などの症状が現れ、緊急の治療を要します。
ウイルス性肝炎の診断は、症状の評価、血液検査、画像診断を組み合わせて行われます。一般的に診断プロセスは以下のように進みます。
まず、初診時には詳細な問診が重要です。海外渡航歴、生肉の摂取歴、注射・刺青・ピアスなどの経験、家族内の肝炎患者の有無などを確認します。これにより、感染リスクや感染経路についての手がかりが得られます。
次に、血液検査が診断の中心となります。肝機能検査としては、AST(GOT)、ALT(GPT)、γ-GTP、ALP、総ビリルビンなどの値を測定します。これらの値が上昇していると、肝臓に炎症や障害が起きていることを示唆します。特にALTの値は肝細胞障害の程度を反映するため、重要な指標となります。
肝炎ウイルスマーカーの検査では、各型のウイルスに特異的な抗原や抗体を検出します。
また、慢性肝炎の評価では、肝線維化の程度を測定するための血液検査(FIB-4インデックス、M2BPGiなど)も行われます。
画像診断としては、腹部超音波検査、CT、MRIなどが用いられます。これらは肝臓の形態的変化や、肝硬変・肝がんなどの合併症の有無を評価するのに役立ちます。慢性肝炎の進行度評価には、肝硬度測定(フィブロスキャン)などの非侵襲的検査も用いられます。
より詳細な評価が必要な場合は、肝生検が行われることもあります。肝組織を直接採取して顕微鏡で観察することで、炎症や線維化の程度を正確に評価できます。ただし、侵襲的な検査であるため、必要性を慎重に判断して実施されます。
診断の際には、アルコール性肝障害、薬剤性肝障害、自己免疫性肝炎、代謝性肝疾患などの他の肝疾患との鑑別も重要です。複数の検査結果を総合的に判断して、正確な診断に至ります。
ウイルス性肝炎の治療は、過去数十年でめざましい進歩を遂げました。各型の肝炎によって治療アプローチは異なりますが、特にB型とC型肝炎の治療法は革命的な変化を遂げています。
A型肝炎とE型肝炎は基本的に対症療法が中心です。これらは通常、急性感染で自然治癒することが多いため、十分な休養、適切な栄養と水分摂取、肝機能を悪化させる薬剤やアルコールの回避などが重要です。重症例では入院管理が必要となることもあります。
B型肝炎の治療は、急性期と慢性期で異なります。急性B型肝炎は通常、自然治癒することが多いため、対症療法が基本です。一方、慢性B型肝炎に対する薬物療法は大きく進化しました。
1990年代には、インターフェロン(IFN)療法が主流でした。これは体の免疫系を活性化させてウイルスと戦う方法ですが、副作用が強く、治療効果も限定的でした。その後、核酸アナログ製剤が開発され、治療の主軸となりました。
現在、慢性B型肝炎の初回治療では、核酸アナログ製剤であるエンテカビル(ETV)、テノホビル(TDF)、ベムリディ(TAF)が第一選択薬として推奨されています。これらは経口薬で、ウイルスの増殖を強力に抑制し、副作用も比較的少ないのが特徴です。ただし、完全にウイルスを排除するのは難しく、多くの場合は長期間の服用が必要となります。
C型肝炎の治療は、最も劇的な変化を遂げた分野です。1992年に日本でインターフェロン治療が始まりましたが、当初の治癒率は低く、強い副作用が問題でした。その後、ペグインターフェロン(週1回の注射)とリバビリンの併用療法へと進化し、治癒率は向上しましたが、それでも十分とは言えませんでした。
2014年頃から、C型肝炎治療は革命的な変化を遂げました。直接作用型抗ウイルス薬(Direct Acting Antivirals:DAA)と呼ばれる経口薬が次々と開発され、インターフェロン不要の治療が可能になりました。これらの薬は、C型肝炎ウイルスの増殖に必要な特定のタンパク質を直接阻害するもので、高い効果と少ない副作用が特徴です。
現在の主なDAA製剤には、ソホスブビル/レジパスビル(ハーボニー)、グレカプレビル/ピブレンタスビルなどがあります。これらは8〜12週間の服用で、ほぼ100%近い確率でウイルスを排除(SVR:持続的ウイルス陰性化)できるようになりました。高齢者や肝硬変患者でも安全に使用でき、C型肝炎は「治る病気」となりました。
D型肝炎は、B型肝炎ウイルスと共存するため、まずB型肝炎の治療が基本となります。ペグインターフェロンが主な治療選択肢ですが、治療効果は限定的です。
インターフェロン(IFN)療法は、かつてB型およびC型肝炎の治療の中心でしたが、近年はより副作用の少ない治療法に置き換わりつつあります。しかし、現在でも特定の患者群では使用されることがあるため、その副作用と対策について理解しておくことは重要です。
インターフェロン治療の主な副作用は、その作用機序から免疫系を活性化させることに関連しています。最も一般的な副作用として、以下のものが挙げられます。
これらの副作用に対しては、以下のような対策が取られます。
C型肝炎治療における最も革命的な進歩は、直接作用型抗ウイルス薬(Direct Acting Antivirals:DAA)の開発です。これらの薬剤は、C型肝炎ウイルス(HCV)の特定のタンパク質に直接作用し、ウイルスの増殖を阻害するもので、従来のインターフェロン治療と比較して、格段に高い有効性と少ない副作用を誇ります。
DAA治療の最大の特徴は、インターフェロン注射を必要とせず、経口薬のみで治療できることです。これにより、以前はインターフェロンの副作用のために治療を受けられなかった高齢者や基礎疾患を持つ患者も、安全に治療を受けることが可能になりました。
現在日本で使用されている主なDAA製剤には以下のようなものがあります。
これらのDAA製剤の導入により、C型肝炎治療は以下のような革命的な変化を遂げました。
DAA治療の登場により、C型肝炎は「治る病気」となりました。ただし、SVR達成後も約3%の患者では肝がんが発生するリスクが残るため、治療後も定期的な検査によるフォローアップが重要です。特に肝硬変に進行していた患者や高齢者では、治療後も肝がんスクリーニングを継続する必要があります。
また、DAA治療を受ける上での注意点として、薬物相互作用があります。特に抗不整脈薬、抗てんかん薬などの一部の薬剤とは重大な相互作用を起こす可能性があるため、治療開始前には服用中の全ての薬剤(市販薬や健康食品を含む)を医師に伝えることが重要です。