トロンビンは活性第Ⅱ因子(activated factor Ⅱ)とも呼ばれ、フィブリノゲナーゼ(fibrinogenase)としても知られています。この酵素はビタミンKの存在下で、肝臓で生成される血液凝固因子の一種であるプロトロンビン(第Ⅱ因子)が活性第Ⅹ因子(Ⅹa)により活性化(限定分解)されて生じるセリンプロテアーゼです。
トロンビンの主な作用機序は以下の通りです。
医薬品としてのトロンビンは、「トロンビン経口・外用剤5千」や「経口用トロンビン細粒5千単位」などの製剤が販売されており、これらは生物由来製品として処方箋医薬品に分類されています。
主に上部消化管出血に対する止血剤として使用され、経口投与や内視鏡下での局所使用が行われます。臨床での使用にあたっては、その高い止血効果と同時に、生物由来製品であることに起因する副作用リスクを十分に理解することが重要です。
トロンビン製剤の最も重要な臨床効果は、その優れた止血作用です。特に上部消化管出血に対する効果が広く認められています。臨床試験のデータによると、上部消化管出血症例を対象とした臨床試験(総投与症例72例)において、評価可能な58例中49例(84.5%)に止血効果が認められています。
この臨床試験では、投与方法として1回1万~4万単位を適当な緩衝剤に溶解し、経口投与、経内視鏡撒布あるいは経胃ゾンデ注入により、1日1~6回、原則として3日間以上の投与が行われました。
止血効果の判定基準は以下の通りでした。
また、実験的消化管出血に対する効果を検証した動物実験では、イヌの胃壁を内視鏡下に把持鉗子にて挟みとり出血させた後、トロンビン2,000及び10,000単位をリン酸緩衝液に溶解して出血部位に塗布したところ、止血するまでの時間はコントロール(緩衝液のみ)に比し有意に短縮したことが報告されています。
これらの結果は、トロンビンが上部消化管出血に対して高い止血効果を有することを示しており、臨床現場での有用性を裏付けています。
トロンビン製剤は高い止血効果を持つ一方で、いくつかの重大な副作用にも注意が必要です。医薬品インタビューフォームなどの情報によると、以下のような副作用が報告されています。
重大な副作用:
その他の副作用(いずれも頻度不明):
臨床試験(72例)では副作用は認められなかったとの報告もありますが、実臨床では稀に上記のような副作用が発生する可能性があるため、投与中は患者の状態を十分に観察することが重要です。
特に注意すべき点として、血管内に誤って投与した場合には、血液を凝固させて致死的結果をまねくおそれがあり、また、アナフィラキシーを起こすおそれがあるため、静脈内はもちろん皮下・筋肉内にも注射しないことが強く警告されています。
トロンビン製剤を安全に使用するためには、禁忌事項や併用注意薬剤について十分理解しておく必要があります。
禁忌:
併用注意薬剤:
特定の患者への注意:
使用上の注意:
これらの禁忌事項と注意点を遵守することで、トロンビン製剤の安全性を高め、有効性を最大限に引き出すことができます。
トロンビンの作用は単なる止血効果にとどまらず、さまざまな細胞に存在するトロンビン受容体(TR)を介して多彩な生理活性を示すことが近年の研究で明らかになっています。この知見は、将来の治療戦略において重要な意味を持つ可能性があります。
トロンビン受容体(TR)は以下のような特徴を持ちます:
この特性を利用した新たな治療アプローチとして、トロンビン受容体拮抗薬の開発が注目されています。従来の抗トロンビン薬は、抗凝固作用と抗血小板作用の両者を有するため出血リスクが問題となっていましたが、TR拮抗薬は理論上、凝固を阻害せずに血小板活性化作用を特異的に抑制することが期待されています。
また、トロンボモデュリン アルファ(TMα)などの新規治療薬も開発されており、DIC治療における臨床効果とトロンビン生成阻害率との関連性が研究されています。これらの研究によると、TMαの血漿中濃度とトロンビン生成阻害率、TCT延長率には有意な関係があり、DICの全般改善度は53~66%と算出されています。
さらに、TMαの安全域はヘパリンより広いことが示唆されており、より安全なトロンビン関連治療薬の開発が進んでいます。
このようなトロンビン受容体を標的とした新しいアプローチは、止血効果を維持しながら副作用リスクを低減する可能性を秘めており、今後の臨床応用が期待されています。
トロンビンの機能モジュールに関する詳細な研究情報はこちらで確認できます
トロンビン製剤の効果を最大限に発揮し、副作用のリスクを最小限に抑えるためには、適切な使用環境の設定と保存方法の遵守が不可欠です。
使用環境に関する注意点:
トロンビンの酵素活性は温度に依存するため、使用時の室温に注意が必要です。一般的には室温(15-25℃)での使用が推奨されていますが、使用前に製品の添付文書で確認することが重要です。
トロンビンの活性はpHにも影響されます。特に経口投与の場合は、胃酸により不活化される可能性があるため、事前に適当な緩衝液で胃酸を中和させることが推奨されています。
臨床試験では、上部消化管出血に対して200~400単位/mLの濃度の溶液が使用されています。効果と安全性のバランスを考慮した適切な濃度で使用することが重要です。
保存方法:
一般的に冷所(2-8℃)での保存が推奨されていますが、製品によって異なる場合があるため、添付文書の指示に従ってください。
生物由来製品であるため、光による劣化を防ぐために遮光保存が必要な場合があります。
トロンビン製剤は生物活性を持つ製品であるため、使用期限を厳守することが重要です。期限切れの製品は効果が減弱している可能性があります。
開封後は速やかに使用することが望ましく、残った製剤の再使用は避けるべきです。
医療施設における管理体制:
生物由来製品であるトロンビン製剤は、万が一の感染症発生などに備えて、使用患者の記録を保管することが推奨されます。
使用後の患者の状態を注意深く観察し、副作用の早期発見に努めることが重要です。特にショックや凝固異常などの重篤な副作用には注意が必要です。
生物由来製品であることを患者に説明し、理解を得ることが重要です。特にウシ由来トロンビンの場合、理論的なvCJD等の伝播のリスクを完全には排除できないため、投与の際には患者への説明を十分行い、治療上の必要性を十分検討の上投与することが推奨されています。
適切な使用環境の設定と保存方法の遵守により、トロンビン製剤の有効性を最大化し、副作用リスクを最小化することができます。