トロンビンの副作用と効果及び臨床使用ポイント

トロンビンは止血効果が高い医薬品ですが、適切に使用しないと重篤な副作用を引き起こす可能性があります。臨床現場でトロンビンをより安全に使用するためには、どのような知識が必要でしょうか?

トロンビンの副作用と効果

トロンビンの基本情報
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止血効果

上部消化管出血に対して84.5%の止血効果を示します

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副作用リスク

ショックや凝固異常などの重大な副作用に注意が必要です

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使用制限

血管内投与は禁忌、他の凝固促進剤との併用に注意が必要です

トロンビンとは:血液凝固を促進する止血剤の基礎知識

トロンビンは活性第Ⅱ因子(activated factor Ⅱ)とも呼ばれ、フィブリノゲナーゼ(fibrinogenase)としても知られています。この酵素はビタミンKの存在下で、肝臓で生成される血液凝固因子の一種であるプロトロンビン(第Ⅱ因子)が活性第Ⅹ因子(Ⅹa)により活性化(限定分解)されて生じるセリンプロテアーゼです。

 

トロンビンの主な作用機序は以下の通りです。

  1. フィブリノーゲンを限定分解しフィブリンに転化して凝固を促進
  2. 血小板の凝集を促進
  3. 血液凝固第Ⅶ因子、第Ⅷ因子、第Ⅴ因子、第Ⅺ因子、第ⅩⅢ因子の活性化により凝固を促進
  4. トロンボモジュリンと結合して凝固阻止的にも作用

医薬品としてのトロンビンは、「トロンビン経口・外用剤5千」や「経口用トロンビン細粒5千単位」などの製剤が販売されており、これらは生物由来製品として処方箋医薬品に分類されています。

 

主に上部消化管出血に対する止血剤として使用され、経口投与や内視鏡下での局所使用が行われます。臨床での使用にあたっては、その高い止血効果と同時に、生物由来製品であることに起因する副作用リスクを十分に理解することが重要です。

 

トロンビンの効果:上部消化管出血に対する臨床効果の実績

トロンビン製剤の最も重要な臨床効果は、その優れた止血作用です。特に上部消化管出血に対する効果が広く認められています。臨床試験のデータによると、上部消化管出血症例を対象とした臨床試験(総投与症例72例)において、評価可能な58例中49例(84.5%)に止血効果が認められています。

 

この臨床試験では、投与方法として1回1万~4万単位を適当な緩衝剤に溶解し、経口投与、経内視鏡撒布あるいは経胃ゾンデ注入により、1日1~6回、原則として3日間以上の投与が行われました。

 

止血効果の判定基準は以下の通りでした。

  • 「有効」:投与1週間後の内視鏡検査により、投与7日以内に止血し、再出血のなかった例
  • 「無効」:再出血が認められた例あるいは投与7日後にも止血し得なかった例

また、実験的消化管出血に対する効果を検証した動物実験では、イヌの胃壁を内視鏡下に把持鉗子にて挟みとり出血させた後、トロンビン2,000及び10,000単位をリン酸緩衝液に溶解して出血部位に塗布したところ、止血するまでの時間はコントロール(緩衝液のみ)に比し有意に短縮したことが報告されています。

 

これらの結果は、トロンビンが上部消化管出血に対して高い止血効果を有することを示しており、臨床現場での有用性を裏付けています。

 

トロンビンの副作用:ショックと凝固異常のリスク管理

トロンビン製剤は高い止血効果を持つ一方で、いくつかの重大な副作用にも注意が必要です。医薬品インタビューフォームなどの情報によると、以下のような副作用が報告されています。

 

重大な副作用:

  1. ショック(頻度不明):
    • 呼吸困難、チアノーゼ、血圧降下等の症状が現れた場合には直ちに投与を中止し、適切な処置を行う必要があります。
  2. 凝固異常、異常出血(頻度不明):
    • ウシ由来トロンビン投与により、抗ウシ・トロンビン抗体及び抗第V因子抗体を生じ、凝固異常あるいは異常出血が認められたとの報告があります。
    • この免疫反応は、ウシ由来製品に特有のリスクであり、長期投与や反復投与で注意が必要です。

その他の副作用(いずれも頻度不明):

  1. 過敏症:
    • 発疹、発熱、じん麻疹、そう痒感、浮腫
  2. 消化器:
    • 嘔気、嘔吐
  3. その他:

臨床試験(72例)では副作用は認められなかったとの報告もありますが、実臨床では稀に上記のような副作用が発生する可能性があるため、投与中は患者の状態を十分に観察することが重要です。

 

特に注意すべき点として、血管内に誤って投与した場合には、血液を凝固させて致死的結果をまねくおそれがあり、また、アナフィラキシーを起こすおそれがあるため、静脈内はもちろん皮下・筋肉内にも注射しないことが強く警告されています。

 

トロンビン投与の注意点:禁忌と併用注意薬剤

トロンビン製剤を安全に使用するためには、禁忌事項や併用注意薬剤について十分理解しておく必要があります。

 

禁忌:

  1. 本剤に対し過敏症または牛血液成分を原料とする製剤に対し過敏症(フィブリノリジン、幼牛血液抽出物等)の既往歴のある患者。
  2. 凝固促進剤投与中、抗プラスミン剤投与中、アプロチニン製剤投与中の患者。

併用注意薬剤:

  1. ヘモコアグラーゼ(レプチラーゼ)、トラネキサム酸(トランサミン):
    • 血栓形成傾向が現れるおそれがあります。凝固促進剤、抗プラスミン剤及びトロンビンは血栓形成を促進する薬剤であり、併用により血栓形成傾向が相加的に増大する可能性があります。
  2. アプロチニン:
    • 血栓形成傾向が現れるおそれがあります。アプロチニンは抗線溶作用を有するため、トロンビンとの併用により血栓形成傾向が増大する可能性があります。

特定の患者への注意:

  1. 重篤な肝障害、播種性血管内凝固症候群(DIC)等網内系活性低下が考えられる病態のある患者:
    • 微量のトロンビンの血管内流入により、血管内血栓を形成するおそれがあります。

使用上の注意:

  1. 本剤は血液を凝固させるので、血管内には注入しないでください。
  2. 経口投与の際は、事前に適当な緩衝液で胃酸を中和させることが推奨されています。

これらの禁忌事項と注意点を遵守することで、トロンビン製剤の安全性を高め、有効性を最大限に引き出すことができます。

 

トロンビン受容体と新たな治療戦略の可能性

トロンビンの作用は単なる止血効果にとどまらず、さまざまな細胞に存在するトロンビン受容体(TR)を介して多彩な生理活性を示すことが近年の研究で明らかになっています。この知見は、将来の治療戦略において重要な意味を持つ可能性があります。

 

トロンビン受容体(TR)は以下のような特徴を持ちます:

  1. 血小板、血管内皮細胞、平滑筋細胞、白血球、神経細胞など、さまざまな細胞に存在する7回膜貫通型構造を有するG蛋白共役型受容体です。
  2. 止血血栓形成、血管壁細胞の遊走、増殖、血管拡張、神経細胞のアポトーシスなど多彩な生理活性を示します。
  3. トロンビンはTRの細胞外N末端を認識し限定分解し、新たに露出したN末端がアゴニストとして作用し細胞内にシグナルを伝達します。すなわち、TR自身がトロンビンの基質となるという特異な機構を持っています。

この特性を利用した新たな治療アプローチとして、トロンビン受容体拮抗薬の開発が注目されています。従来の抗トロンビン薬は、抗凝固作用と抗血小板作用の両者を有するため出血リスクが問題となっていましたが、TR拮抗薬は理論上、凝固を阻害せずに血小板活性化作用を特異的に抑制することが期待されています。

 

また、トロンボモデュリン アルファ(TMα)などの新規治療薬も開発されており、DIC治療における臨床効果とトロンビン生成阻害率との関連性が研究されています。これらの研究によると、TMαの血漿中濃度とトロンビン生成阻害率、TCT延長率には有意な関係があり、DICの全般改善度は53~66%と算出されています。

 

さらに、TMαの安全域はヘパリンより広いことが示唆されており、より安全なトロンビン関連治療薬の開発が進んでいます。

 

このようなトロンビン受容体を標的とした新しいアプローチは、止血効果を維持しながら副作用リスクを低減する可能性を秘めており、今後の臨床応用が期待されています。

 

トロンビンの機能モジュールに関する詳細な研究情報はこちらで確認できます

トロンビンの使用環境と保存方法:効果的な管理体制

トロンビン製剤の効果を最大限に発揮し、副作用のリスクを最小限に抑えるためには、適切な使用環境の設定と保存方法の遵守が不可欠です。

 

使用環境に関する注意点:

  1. 温度管理:

    トロンビンの酵素活性は温度に依存するため、使用時の室温に注意が必要です。一般的には室温(15-25℃)での使用が推奨されていますが、使用前に製品の添付文書で確認することが重要です。

     

  2. pH環境:

    トロンビンの活性はpHにも影響されます。特に経口投与の場合は、胃酸により不活化される可能性があるため、事前に適当な緩衝液で胃酸を中和させることが推奨されています。

     

  3. 適切な濃度:

    臨床試験では、上部消化管出血に対して200~400単位/mLの濃度の溶液が使用されています。効果と安全性のバランスを考慮した適切な濃度で使用することが重要です。

     

保存方法:

  1. 温度条件:

    一般的に冷所(2-8℃)での保存が推奨されていますが、製品によって異なる場合があるため、添付文書の指示に従ってください。

     

  2. 遮光条件:

    生物由来製品であるため、光による劣化を防ぐために遮光保存が必要な場合があります。

     

  3. 使用期限:

    トロンビン製剤は生物活性を持つ製品であるため、使用期限を厳守することが重要です。期限切れの製品は効果が減弱している可能性があります。

     

  4. 開封後の取り扱い:

    開封後は速やかに使用することが望ましく、残った製剤の再使用は避けるべきです。

     

医療施設における管理体制:

  1. 使用記録:

    生物由来製品であるトロンビン製剤は、万が一の感染症発生などに備えて、使用患者の記録を保管することが推奨されます。

     

  2. 副作用モニタリング:

    使用後の患者の状態を注意深く観察し、副作用の早期発見に努めることが重要です。特にショックや凝固異常などの重篤な副作用には注意が必要です。

     

  3. インフォームドコンセント:

    生物由来製品であることを患者に説明し、理解を得ることが重要です。特にウシ由来トロンビンの場合、理論的なvCJD等の伝播のリスクを完全には排除できないため、投与の際には患者への説明を十分行い、治療上の必要性を十分検討の上投与することが推奨されています。

     

適切な使用環境の設定と保存方法の遵守により、トロンビン製剤の有効性を最大化し、副作用リスクを最小化することができます。

 

トロンビン製剤の詳細な保存条件と使用上の注意点はこちらで確認できます