肝性脳症の種類と症状から診断・治療まで

肝性脳症は肝機能低下によって引き起こされる脳機能障害で、病型によって症状や治療法が異なります。本記事では医療従事者向けに各種分類と最新の治療アプローチを詳しく解説しています。あなたの臨床現場での対応力を高めませんか?

肝性脳症の種類について

肝性脳症の基本分類
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A・B・C型分類

肝性脳症は国際的に認められた分類体系によりA型、B型、C型の3つに分類されます

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臨床症状の進行

不顕性脳症から昏睡まで5段階の重症度に分類され、適切な評価が治療選択の鍵となります

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多角的治療アプローチ

アンモニア低下を目的とした薬物療法から原因除去まで、病型に応じた治療戦略が重要です

肝性脳症の基本定義と病態生理

肝性脳症は、肝臓の機能が著しく低下することで、本来であれば処理されるはずの有害物質が血液中に蓄積され、それによって脳の働きに異常をきたす症候群です。肝臓本来の解毒作用が十分に機能しないことにより、意識障害やふらつき、性格の変化などの多様な神経症状が現れます。

 

肝性脳症の発症メカニズムは複合的で、主要な要因としては以下が挙げられます。

  1. 高アンモニア血症:腸内細菌が産生したアンモニアが肝臓で処理されずに血液中に蓄積し、脳機能に障害を与えます
  2. 血漿アミノ酸バランスの不均衡:分岐鎖アミノ酸の減少と芳香族アミノ酸の増加
  3. 偽性神経伝達物質の増加
  4. γ-アミノ酪酸/ベンゾジアゼピン受容体複合体の異常

臨床的には、初期段階で不眠や集中力の低下、わずかな刺激による興奮といった変化として表れることがあります。その後、症状が進行すると羽ばたき振戦や意識障害へと発展していきます。

 

注目すべき点として、肝性脳症では血中アンモニア濃度と症状の重症度が必ずしも相関しないことがあります。これは肝性脳症の病態が単純なアンモニア中毒だけでなく、複数の因子が関与する複雑なメカニズムであることを示しています。

 

肝性脳症のA型・B型・C型分類と特徴

肝性脳症は1978年に開催された国際肝性脳症シンポジウムで確立された分類体系に基づき、A型・B型・C型の3つの主要な病型に分類されます。この分類は40年以上の歴史を持ち、現在も95%以上の症例に適用可能な信頼性の高い分類システムです。

 

A型肝性脳症
急性肝不全に関連した脳症で、劇症肝炎で見られることが特徴です。急激な肝機能低下によるアンモニアなどの神経毒性物質の急増により、短期間で重篤な症状が発現します。重要な点として、この型では分岐鎖アミノ酸製剤(アミノレバン)が禁忌とされており、治療に注意が必要です。

 

B型肝性脳症
門脈体循環シャント(肝臓を迂回する異常な血液の通り道)が主たる原因となる病型です。門脈血の30%以上が肝臓を迂回することで発症し、肝機能自体は比較的維持されているという特徴があります。シャントの程度によって症状の重症度が変化し、血流の50%以上が迂回すると明確な症状が顕在化します。

 

以下に、B型肝性脳症におけるシャントの程度と臨床像の関連を示します。

シャントの程度 臨床的影響 血流変化率
軽度 潜在的症状のみ 30%未満
中等度 症状顕在化 30-50%
重度 明確な症状 50%以上

C型肝性脳症
慢性肝硬変に関連して発症する最も一般的な形態で、全肝性脳症患者の約60%がこの型に分類されます。肝硬変の進行度(Child-Pugh分類)に応じて症状が変化し、特にB級からC級に進行すると、発症リスクは40%以上に上昇します。慢性的な経過(平均2-5年)をたどり、段階的な症状進行が特徴です。

 

C型肝性脳症では以下の誘因に注意が必要です。

  • 高蛋白食
  • 便秘
  • 消化管出血
  • 脱水
  • 感染症
  • ベンゾジアゼピン系薬剤の使用

肝性脳症の診断基準と検査方法

肝性脳症の診断は複合的なアプローチが必要であり、単一の検査だけで確定診断を下すことはできません。血中アンモニア値(NH3)は重要な指標ですが、これだけで診断するには限界があります。

 

血中アンモニア値の意義と限界
肝性脳症に対するNH3の診断能は感度37.5%、特異度66.7%と低く、肝性脳症であっても必ずしもNH3が上昇するとは限りません。また、NH3が上昇する疾患は他にも多く存在します。

  • 門脈-大循環シャント
  • ウレアーゼ産生菌による閉塞性尿路感染症
  • 痙攣発作後
  • 尿素サイクル酵素異常症
  • CKD患者のCV栄養
  • 薬剤性
  • 検体長時間放置による偽性高値

重要なのは、「NH3高値=肝性脳症」という単純な図式ではなく、「肝性脳症における神経毒性の原因の一つがNH3である」という理解です。

 

診断のための総合評価
肝性脳症の診断には以下の要素を総合的に評価します。

  1. 臨床症状と神経学的所見(羽ばたき振戦、意識レベル変化など)
  2. 基礎疾患の存在(肝硬変、門脈圧亢進症など)
  3. 血液検査(NH3、肝機能、電解質など)
  4. 画像検査(腹部エコー、CT、MRIなど)
  5. 他の意識障害原因の除外

診断のための医療面接では、飲酒歴(量、期間、最終飲酒)や肝性脳症の誘因となる高蛋白食、便秘、消化管出血、脱水、感染症、ベンゾジアゼピン系薬剤の使用について詳しく聴取することが重要です。

 

初発の肝性脳症と診断した場合は、HBs-Ag、HCV-Abなどの肝炎ウイルスマーカーの確認も必須となります。

 

日本肝臓学会による肝性脳症の診断ガイドライン(詳細な診断フローチャートが掲載されています)

肝性脳症の症状と重症度分類

肝性脳症の症状は多彩で、初期から進行期まで様々な神経精神症状が現れます。症状の重症度に基づいた分類システムが確立されており、治療方針決定や予後予測に重要な役割を果たしています。

 

West Haven Criteria(WHC)と国際肝性脳症・窒素代謝学会分類(ISHEN)
肝性脳症の重症度評価には主にWHCとISHENの2つの分類システムが使用されます。WHCでは症状の重症度によってGrade I~IVに分類され、ISHENでは不顕性と顕性の大きな2カテゴリーに分けられます。

 

WHC ISHEN 臨床症状 特徴的所見
正常 正常 肝性脳症を示唆する所見なし 検査正常
minimal 不顕性 精神検査でわずかな異常あり 精神状態、神経学的所見に微細な異常
Grade I 顕性 多幸感、うつ、睡眠障害、時間・場所の見当識障害 変動性の意識障害、睡眠覚醒リズム障害
Grade II 顕性 羽ばたき振戦(Asterixis)、失行、性格変化 時間の見当識障害、計算力低下
Grade III 顕性 錯乱、傾眠 場所の見当識障害、反射異常
Grade IV 顕性 昏睡 痛み刺激にも反応しない

特徴的な臨床症状
肝性脳症の代表的な症状には以下のものがあります。

  1. 行動・性格変化:初期症状として多幸感、うつ、イライラ、無関心、抑制が利かない言動などが現れます
  2. 意識障害:軽度のうとうとした状態から昏睡まで様々な程度の意識障害が生じます
  3. 羽ばたき振戦(Asterixis):腕を伸ばしたり手を広げたりしたときに、粗く不規則な振戦が現れる特徴的な症状です。ただし、この症状は他の代謝性脳症(尿毒症、CO2ナルコーシス、低Na血症、低酸素)でも見られることがあります
  4. 神経学的異常所見:書字困難、協調運動障害、不明瞭な発語、運動失調、反射亢進・減弱、眼振、Babinski反射、筋強剛などが見られます
  5. 肝性口臭:カビ臭く甘ったるい匂いの特徴的な口臭があります

重要な点として、肝性脳症では電解質異常(低Na/K/Mgなど)を合併しやすく、これが症状を修飾・増悪させることがあるため注意が必要です。

 

肝性脳症の治療法と予後管理の最新アプローチ

肝性脳症の治療は、病型や重症度に応じた多角的なアプローチが必要です。基本的な治療戦略は高アンモニア血症の是正と原因となる因子の除去に焦点を当てています。

 

薬物療法のファーストライン

  1. 分岐鎖アミノ酸製剤
    • アミノレバン®(500mL/本):1回500mL、2時間かけて点滴、1日1〜2回
    • 芳香族アミノ酸およびメチオニンを少なく配合し、アミノ酸バランスを是正
    • 意識レベルの改善、血中アンモニアの低下効果
    • ※重要:劇症肝炎では禁忌とされているため、使用前に肝障害の病型を確認
  2. NH3産生・吸収抑制薬
    • ラクツロース(モニラック・シロップ65%):1回10〜20mL、1日3回
    • 腸内でビフィズス菌を増やし悪玉菌を減らす二重効果
    • 腸内pHを酸性化して、アンモニアのイオン化を促進し吸収を抑制
  3. 腸管難吸収性抗菌薬
    • リファキシミン:従来のカナマイシン、ポリミキシンBに代わる新薬
    • 副作用が少なく投与が簡便
    • 腸内アンモニア産生菌の増殖を抑制

原因除去と支持療法

  • 蛋白制限食(30g/day):ただし過度の制限は栄養状態悪化を招くため注意
  • 感染症治療:潜在的感染源の特定と適切な抗生剤治療
  • 電解質補正:低Na/K/Mg血症の補正
  • 頻回食と就寝前軽食(late evening snack:LES):低血糖予防の観点から推奨

病型別の治療戦略

  • A型(急性肝不全型)肝移植も含めた集中治療が必要、予後不良
  • B型(門脈シャント型):シャントの程度によって治療強度を調整
  • C型(慢性肝硬変型)腹水コントロールなど他の合併症対策も重要

再発予防と長期管理
肝性脳症の再発予防には、以下の継続的なケアが重要です。

  • 定期的な血液検査(NH3、肝機能、電解質など)
  • 便通コントロール(便秘の予防)
  • 適切な食事指導(過度の蛋白制限を避ける)
  • 薬剤管理(中枢神経抑制薬の使用制限)
  • 併存疾患の管理(特に感染症、糖尿病など)

臨床現場で見落としがちなポイント
肝性脳症の治療において特に注意すべき点として、アルコール依存患者での離脱予防があります。肝性脳症とアルコール離脱せん妄の症状は一部重複するため、臨床判断が難しいことがあります。アルコール離脱予防にはセルシン®(ジアゼパム)の計画的な減量が効果的ですが、肝機能低下患者では代謝遅延による蓄積に注意が必要です。

 

最近の研究では、腸内細菌叢のバランス改善による肝性脳症の新たな治療アプローチが注目されています。プロバイオティクスの投与が腸内環境を改善し、アンモニア産生を抑制する可能性が示唆されています。

 

日本消化器病学会による肝性脳症治療ガイドライン(最新の治療推奨が記載されています)

肝性脳症における潜在性(不顕性)脳症の臨床的意義

肝性脳症の中でも、特に注目すべきは「潜在性(不顕性)肝性脳症」です。この状態は通常の診察では明らかな症状がなく見過ごされがちですが、長期的な予後に大きな影響を与える重要な病態です。

 

潜在性肝性脳症の特徴
潜在性肝性脳症は、通常の神経学的検査では異常を示さないものの、精密な神経心理学的検査や脳波検査で異常が検出される状態です。肝硬変患者の30-84%に存在するという報告があり、予想以上に高頻度に発生しています。

 

主な臨床的特徴。

  • 日常生活での微細な注意力低下
  • 反応時間の延長
  • 運転能力の低下
  • 労働生産性の減少
  • 転倒リスクの増加

診断アプローチ
潜在性肝性脳症の診断には、以下の検査が有用です。

  1. 数字結合テスト(Number Connection Test)
  2. 線追跡テスト(Line Tracing Test)
  3. 計算力テスト
  4. コンピュータ化された反応時間測定
  5. 脳波検査(三相波の存在)
  6. 近赤外分光法(NIRS)による脳機能評価

臨床的重要性
潜在性肝性脳症は見過ごされがちですが、以下の点で臨床的に重要です。

  1. 顕性脳症発症の予測因子となる(2年以内に発症リスクが高い)
  2. 生活の質(QOL)の低下と関連
  3. 交通事故リスクの上昇(運転能力の低下)
  4. 肝移植後の認知機能予後予測因子

治療的介入
潜在性肝性脳症に対する治療は、顕性脳症と同様の薬物療法が考慮されますが、費用対効果やQOL改善の観点から個別化が必要です。

  • リファキシミンの少量投与
  • L-オルニチン-L-アスパラギン酸(LOLA)の経口投与
  • ラクツロースの調整投与
  • 認知機能トレーニング(補助的アプローチ)

特に、車の運転や精密機械操作など集中力を要する作業に従事する患者では、積極的な治療介入が考慮されるべきです。

 

潜在性肝性脳症の管理は、肝疾患の長期管理において重要な位置を占めており、肝臓専門医と神経内科医の協力的なアプローチが理想的です。定期的なスクリーニングと早期介入が長期的な予後改善につながる可能性があります。

 

潜在性肝性脳症に関する最新の知見(日本内科学会雑誌の総説)