バンコマイシンの副作用と対策

バンコマイシンはMRSA感染症治療に不可欠な抗菌薬ですが、腎障害や聴覚障害、レッドマン症候群など多彩な副作用が知られています。医療従事者として適切な投与管理と副作用モニタリングが求められますが、どのように対応すべきでしょうか?

バンコマイシンの副作用

バンコマイシン副作用の概要
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腎障害

血中濃度上昇により腎機能低下が発生し、特にトラフ値15mg/L以上で発現リスクが増加

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聴覚障害

内耳への薬剤蓄積により耳鳴りや難聴が出現し、永続的な聴力低下に至る場合もある

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レッドマン症候群

急速投与によるヒスタミン遊離で顔面や頸部に紅斑とそう痒が発現する特徴的な反応

バンコマイシンによる腎障害の特徴

 

バンコマイシンの腎毒性は、臨床現場で最も注意すべき副作用の一つです。腎障害の発現は血中濃度に依存し、トラフ値が15mg/L以上で発生率が増加することが複数の研究で示されています。ただし、トラフ値の上昇が腎障害の原因なのか、それとも腎機能悪化による結果なのかについては議論があります。実際には投与期間の延長やICU患者であることが腎障害の主要なリスク因子とする報告もあり、単純にトラフ値だけで判断できない複雑性があります。
参考)http://jsnp.kenkyuukai.jp/images/sys%5Cinformation%5C20120919212855-D617EAAD252A36C8DBA66DD4873987F47493AF7AB9E3EFC940CD25410036235E.pdf

薬剤性腎障害を早期に発見するためには、血清クレアチニン値の定期的なモニタリングが不可欠です。特に腎機能障害患者では半減期が延長し、投与開始後1週間はトラフ値が上昇し続ける可能性があるため、正常腎機能者と同じ評価をすると中毒を招くリスクがあります。併用薬にも注意が必要で、アミノグリコシド系薬剤との同時投与は腎毒性のリスクを高めることが知られています。
参考)https://med.sawai.co.jp/request/mate_attachement.php?attachment_file=02dfef5e-9b0d-452b-9fd9-be66eb21619c00000000073BFBBF.pdf

腎障害患者に対しては、腎機能の程度に応じた投与量・投与間隔の調節が必要となります。排泄が遅延して薬剤が蓄積するため、TDMを実施しながら慎重に投与することが推奨されます。​

バンコマイシンの聴覚障害と耳毒性

バンコマイシンは内耳に蓄積する性質があり、聴覚障害を引き起こす可能性があります。一時的な耳鳴りや難聴から永続的な聴力低下まで、その症状は多岐にわたります。点滴終了後1~2時間の血中濃度が60~80μg/mL以上、最低血中濃度が30μg/mL以上が継続すると、聴覚障害が発現する可能性があると報告されています。
参考)バンコマイシン塩酸塩 href="https://kobe-kishida-clinic.com/respiratory-system/respiratory-medicine/vancomycin-hydrochloride/" target="_blank">https://kobe-kishida-clinic.com/respiratory-system/respiratory-medicine/vancomycin-hydrochloride/amp;#8211; 呼吸器治療薬 - 神戸…

現行の製剤では用量依存性の聴器毒性はまれですが、バンコマイシンを他の聴器毒性のある薬剤と同時投与する場合には発生頻度が増加します。特に高齢者や腎機能障害のある患者では、バンコマイシンによる難聴のリスクが高まることが知られています。
参考)バンコマイシン - 13. 感染性疾患 - MSDマニュアル…

聴覚障害の早期発見のためには、定期的な聴力検査が推奨されています。患者には耳鳴り、難聴、めまいなどの症状が出現した場合、速やかに報告するよう指導することが重要です。非可逆的な障害になることがあるため、適応患者の選択と血中濃度のモニタリングが特に重要となります。
参考)全日本民医連

バンコマイシンとレッドマン症候群の発現機序

レッドマン症候群(現在はバンコマイシンフラッシング症候群やレッドネック症候群とも呼ばれます)は、バンコマイシンの急速投与によるヒスタミン遊離に関連する反応です。顔面、頸部、上部体幹等に掻痒感や灼熱感を伴う紅斑が生じ、時に呼吸困難や頻脈、血圧低下などの症状も認められます。
参考)バンコマイシンフラッシング症候群

この反応は比較的大量のバンコマイシンを速い速度で点滴静注した場合に発現しやすく、原因は投与速度にあるため、点滴速度を落として投与することで避けることが可能です。通常、点滴開始後約4-10分で出現するか、点滴終了後すぐに出現することがあります。まれに90-120分の点滴終了後の遅発性反応として、バンコマイシン7日以上投与後でも生じることがあります。​
バンコマイシンは希釈した溶液(2.5~5.0mg/mL)で60分以上かけて、または10mg/minを超えない速度でゆっくり点滴すべきです。具体的には1000mgまでは1時間で投与し、500mg増量ごとに30分延長することが推奨されています。レッドマン症候群が発現した場合には、抗ヒスタミン薬を中心に対症的に治療されることが多いとされています。
参考)https://shiminhp.fcho.jp/files/uploads/%E6%8A%97%E8%8F%8C%E8%96%AC%E9%81%A9%E6%AD%A3%E4%BD%BF%E7%94%A8%E3%81%AB%E3%81%A4%E3%81%84%E3%81%A6-%E3%83%90%E3%83%B3%E3%82%B3%E3%83%9E%E3%82%A4%E3%82%B7%E3%83%B3%E6%B3%A8-.pdf

バンコマイシンによる血液毒性

バンコマイシン投与により、可逆的な好中球減少および血小板減少が発生することがあります。これらの血液毒性は治療期間が2週間以上続く場合に多くなる傾向があります。バンコマイシン起因性血小板減少症では、バンコマイシン依存性の抗血小板抗体が検出されることがあり、重篤な場合は多量の出血をきたすことがあります。
参考)https://www.mhlw.go.jp/content/11121000/000842140.pdf

また、汎血球減少無顆粒球症、血小板減少などの重篤な血液障害が発現する可能性もあります。これらの副作用を早期に発見するためには、投与中の定期的な血液検査が必要です。血液毒性が疑われる場合は、直ちにバンコマイシンを中止することで、抗血小板抗体が減少し、救命につながる可能性があります。
参考)https://www.med.tohoku.ac.jp/doc/2019-1-523.pdf

バンコマイシン投与中は赤血球数、白血球数、好中球数、リンパ球数、単球数、血小板数などの血液検査値を定期的にモニタリングし、異常値が認められた場合は速やかに対応することが求められます。​

バンコマイシンのTDMとモニタリング

バンコマイシンの治療薬物モニタリング(TDM)は、有効性と安全性を担保するために推奨される重要な手技です。2016年に発表された抗菌薬TDMガイドライン改訂版では、トラフ値について10mg/L以上を維持することで有効性を高め、低感受性株の選択を避けることができるとされています。一方で、15mg/L以上では腎障害の発現が高まるため、10~15mg/Lが有効濃度域とされています。
参考)therapeutic drug monitoring(TD…

正常腎機能者では投与開始4~5回目以降、3日目以降のトラフ値を測定します。腎機能障害患者では半減期が延長しており、定常状態到達が1週間後となる場合もあるため、注意が必要です。血中濃度の測定は次回投与直前(トラフ値)に行い、目標値に達していない場合は投与量や投与間隔を調整します。​
近年では耐性菌誘導のおそれからトラフ値を10mg/L以上に保つべきとされていますが、一部の報告ではトラフ値高値よりも投与期間延長やICU患者であることが腎障害の主要因とされており、TDMの結果を総合的に判断することが重要です。​

バンコマイシンの薬物相互作用と併用注意

バンコマイシンは他の薬剤との併用により、副作用のリスクが増加することがあります。特にアミノグリコシド系薬剤との同時投与は腎毒性および聴器毒性を増強する可能性があるため、併用は避けるべきです。やむを得ず併用する場合は、慎重に投与し、頻繁なモニタリングが必要となります。
参考)https://www.meiji-seika-pharma.co.jp/medical/product/faq/answer/svcmd-12/

また、ピペラシリン/タゾバクタムとの併用も腎毒性のリスクを高めうることを示唆する報告があります。全身麻酔薬との併用では、紅斑、ヒスタミン様潮紅、アナフィラキシー反応等の副作用が発現することがあるため、全身麻酔の開始1時間前には本剤の点滴静注を終了することが推奨されています。
参考)医療用医薬品 : バンコマイシン (バンコマイシン点滴静注用…

一部の研究では、イミペネム/シラスタチン(IPM・CS)、セフォキシチン(FMOX)、ホスホマイシン(FOM)との併用により、腎組織中のバンコマイシン濃度が有意に減少することが示されており、これらの併用薬による腎細胞への取り込み抑制が示唆されています。併用薬を選択する際には、これらの相互作用を考慮した上で慎重に判断する必要があります。
参考)バンコマイシンの腎障害と薬物相互作用の検討(2)

バンコマイシン投与時のその他の注意点

バンコマイシンの投与経路については、筋肉内注射は痛みを伴うため行わないことが推奨されています。また、薬液が血管外に漏れると壊死が起こるおそれがあるため、血管外漏出がないよう慎重に投与する必要があります。静脈炎や血管痛が発生することもあり、投与部位の観察も重要です。
参考)くすりのしおり : 患者向け情報

その他の副作用として、発疹、かゆみ、発赤、蕁麻疹、顔面潮紅、水疱、貧血、発熱、皮膚血管炎、注射部疼痛などが報告されています。これらの症状に気づいた場合は、速やかに医師に報告し、適切な対応を取ることが必要です。​
まれに中毒性表皮壊死融解症(TEN)や皮膚粘膜眼症候群(Stevens-Johnson症候群)、薬剤性過敏症症候群(DIHS)などの重篤な皮膚障害が発現することもあります。これらの重篤な副作用の初期症状を見逃さないよう、投与中は患者の全身状態を注意深く観察することが求められます。
参考)https://pins.japic.or.jp/pdf/newPINS/00070345.pdf

MSDマニュアル プロフェッショナル版 バンコマイシン
バンコマイシンの薬物動態、有害作用、投与方法について包括的な情報が記載されています。

 

日本感染症学会 バンコマイシンの副作用であるレッドネックについて
レッドネック症候群の発現機序と投与速度の関係について詳細な解説があります。

 

全日本民医連 副作用モニター情報 バンコマイシンによる聴力障害
バンコマイシンによる聴力障害の症例と血中濃度管理の重要性について記載されています。

 

 


バンコマイシン耐性菌の伝播防止のためのCDCガイドライン