バイオフィルムとは、口腔内細菌が歯の表面に形成する強固な膜状の構造物です。複数の歯周病菌が集合体を形成し、細菌同士が手をつなぎスクラムを組んだような状態で、細菌が自ら産生する粘性の高い多糖体(バイオポリマー)に包まれています。この構造が「防御壁」として機能し、通常の殺菌剤や抗生物質を跳ね返してしまうため、虫歯や歯周病の主要な原因となります。
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バイオフィルムの特徴として、形成されると薬剤の浸透を妨げる働きがあり、一般的な洗口液やうがい薬では除去が困難です。浮遊している細菌には効果がある殺菌剤も、バイオフィルム内部の細菌には届きにくいという問題があります。そのため、歯と歯茎の境目や歯周ポケット内部に蓄積したバイオフィルムは、虫歯や歯周病を引き起こす温床となるのです。
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口腔内では常時このバイオフィルムに近接した状態となるため、適切な除去方法を理解することが医療従事者として患者指導において極めて重要となります。
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バイオフィルムの除去には、その内部まで浸透できる殺菌成分の選択が重要です。代表的な成分として、イソプロピルメチルフェノール(IPMP)があります。IPMPは親水性と疎水性の中間の性質を持つ非イオン性物質で、バイオフィルムへの浸透性に優れており、内部の細菌に対して強い殺菌作用を発揮します。
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一方、塩化セチルピリジニウム(CPC)やクロルヘキシジン(CHX)などのイオン性殺菌剤は、プラスの電荷を持つためマイナスに帯電したバイオフィルム表面に強く吸着してしまい、内部には浸透できません。ただし、CPCは浮遊細菌に対して50ppm(0.005%)という低濃度から優れた殺菌効果を発揮する特徴があります。
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そのため、効果的なバイオフィルム対策には、IPMPとCPCの両方を配合した歯磨き粉(ダブル処方)が推奨されます。IPMPがバイオフィルム内部の細菌を殺菌し、CPCが歯磨きによって破壊され浮遊状態になった細菌を効率的に除去するという相乗効果が得られます。
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虫歯予防の観点からは、殺菌成分に加えてフッ化物(フッ素)の配合も重要です。フッ素は歯の表面のバイオフィルム(プラーク)に局所的に作用し、ミネラルの溶解を減らし再石灰化を促進します。成人では500ppm以上、できれば900ppm以上、現在では1450ppmの高濃度フッ素配合製品も推奨されています。
参考)https://www.dental-fit.com/recal_thumint
| 成分 | 効果 | 特性 | 
|---|---|---|
| IPMP | バイオフィルム内部の殺菌 | 浸透性に優れる | 
| CPC | 浮遊細菌の殺菌 | 低濃度で効果発揮 | 
| フッ化物 | 再石灰化促進・虫歯予防 | 1450ppm配合が効果的 | 
| トラネキサム酸 | 歯肉炎症・出血抑制 | 抗炎症作用 | 
効果を最大化するための使用方法として、歯磨き後の軽いうがいが推奨されます。口の中の歯磨き粉を吐き出した後、大さじ1杯程度の水で5秒ほど軽くすすぐことで、フッ化物が口腔内に残り効果を発揮します。
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また、チモールという成分もバイオフィルムへの浸透性を持つ殺菌剤として注目されています。デキストラナーゼは歯垢を作るデキストランを分解する酵素として、バイオフィルム形成の予防に寄与します。
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化学的な殺菌成分だけでなく、物理的な除去方法も重要です。音波歯ブラシや電動歯ブラシは、手では動かせない振動や音波でバイオフィルムのねばつき(細菌同士の絡み合った膜)を機械的に破壊し、除去しやすくします。超音波歯ブラシの研究では、歯周ポケット内の細菌叢の連鎖をバラバラに切断し、歯垢の付着力を弱める効果が確認されています。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC4940042/
超音波歯ブラシの効果実験:バイオフィルム形成抑制のエビデンス
ブラッシング技術も重要で、歯と歯の間や歯茎の境目にはバイオフィルムが溜まりやすいため、デンタルフロスや歯間ブラシの併用が効果的です。ブラッシングでバイオフィルムを機械的に破壊した状態で殺菌成分を含む歯磨き粉を使用すると、より高い効果が得られます。
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マウスウォッシュの活用も有効ですが、使用順序が重要です。まずブラッシングでバイオフィルムを除去し、その後にマウスウォッシュを使用することで、より効果的に細菌の増殖を抑えることができます。単独でのうがい薬使用は浮遊菌の数を一時的に減らす効果はありますが、歯の表面に強固に付着しているバイオフィルムの構造を破壊することはできません。
セルフケアだけでは除去しきれないバイオフィルムに対しては、歯科医院での専門的なケアが不可欠です。PMTC(Professional Mechanical Tooth Cleaning)は、歯科衛生士が専用機器を使用し、歯垢や歯石とともにバイオフィルムを徹底的に除去する予防治療です。
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PMTCでは超音波スケーラーやキュレットなどの専用器具を使用します。超音波スケーラーはマイクロ振動と水圧により、歯面や歯根面に付着している歯石とともにバイオフィルムを除去します。キュレットを用いたルートプレーニング(SRP)では、歯肉内部の歯石および感染物質を取り除きます。
参考)バイオフィルムの除去 
ファミリー歯科:バイオフィルム除去の専門的手法について
定期的なプロフェッショナルケアのメリットとして、以下が挙げられます:
クリーニング後にはフッ素塗布を行うことで歯の強化が期待でき、虫歯予防効果がさらに高まります。3~6ヶ月ごとの定期検診とPMTCを受けることで、バイオフィルムの形成を防ぎ、健康な口腔環境を長期間維持できます。
近年の研究では、バイオフィルムが単なる口腔疾患の原因にとどまらず、全身疾患との関連も指摘されています。歯周病菌であるPorphyromonas gingivalis、Fusobacterium nucleatum、Treponema denticolaなどのレッドコンプレックス菌種は、口腔がん、大腸がん、膵がんの微生物叢においても検出され、dysbiosis(細菌叢の構成バランスの変化)の主役として注目されています。
日本歯周病学会誌:歯周病とがんの関連についての最新研究
バイオフィルムの構造研究により、細菌が産生する細胞外多糖体(EPS)が格子状の網目構造を形成し、微生物細胞を包み込むことで「防護服」として機能することが明らかになっています。この構造により、バイオフィルム内の細菌は浮遊状態の細菌と比較して、抗菌剤に対する抵抗性が最大1000倍にも達することが報告されています。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC11910363/
歯科用バイオマテリアルの研究では、表面プレリアクテッドガラス(S-PRG)を含む生体活性材料が、抗菌活性とフッ素放出能力を持ち、バイオフィルム形成を抑制する効果が示されています。また、セラジェニンCSA-44などの新規抗菌剤は、歯表面やコンポジットレジン充填物上のバイオフィルム形成を制御する可能性が研究されています。
参考)https://www.mdpi.com/2076-0817/11/5/491/pdf?version=1650511896
in vitro研究では、スズフッ化物(SnF2)を含む歯磨き粉が、バイオフィルムの厚さ、容量、細菌組成に影響を与え、病原性を低減させることが48時間の口腔内装置実験で確認されています。さらに、デキスパンテノール、ペパーミントオイル、コカミドプロピルベタインなどの歯磨き粉成分が、多菌種バイオフィルムの容量と生存率に及ぼす効果も評価されています。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC11120121/

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