肺うっ血の症状と治療方法及び診断基準

肺うっ血の症状や診断基準、効果的な治療方法について医学的な観点から詳しく解説します。急性と慢性の違いや在宅ケアのポイントも含めて。あなたは肺うっ血の初期症状を見分けることができますか?

肺うっ血の症状と治療方法

肺うっ血の基本情報
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定義

肺胞毛細血管領域で血液量が増加した状態

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主な症状

呼吸困難、チアノーゼ、咳、起座呼吸など

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治療の柱

利尿薬、血管拡張薬による薬物療法が基本

肺うっ血とは?基本的なメカニズムと病態

肺うっ血は、肺胞毛細血管領域において血液量が異常に増加した状態を指します。これは単なる症状ではなく、多くの場合、心臓機能不全に関連した病態として発生します。

 

肺うっ血と肺水腫は密接に関連していますが、厳密には異なります。肺うっ血が血管内の血液量増加を示すのに対し、肺水腫は病的な機序により血管内水分が血管外組織(間質)に漏出し、肺血管外水分量が異常に増加した状態です。重度の肺うっ血は容易に肺水腫へと進行する可能性があります。

 

肺うっ血の原因として最も一般的なのは心臓のポンプ機能不全です。左心室が十分に血液を送り出せないと、左心房、肺静脈、そして肺毛細血管へと血液が逆流し、肺うっ血を引き起こします。これは「後方うっ血」と呼ばれるメカニズムです。

 

肺うっ血は以下のように分類されることがあります。

  • 急性肺うっ血:急性心筋梗塞や急性弁膜症などにより突然発症
  • 慢性肺うっ血:慢性心不全や長期的な弁膜症により徐々に進行

多くの場合、肺うっ血はうっ血性心不全の一部として現れます。うっ血性心不全では、心臓のポンプ機能低下により全身の臓器や血管で血液の滞留(うっ血)が発生し、体液量が増加して尿量が減少します。

 

肺うっ血の主な症状と診断基準

肺うっ血の症状は、その程度や発症の急性・慢性によって異なりますが、主に呼吸器系の症状が中心となります。

 

【急性肺うっ血の症状】

  • チアノーゼ(皮膚や粘膜が青紫色になる状態)
  • 急激に増悪する呼吸困難
  • 起座呼吸(横になると悪化し、座ると改善する呼吸困難)
  • 発作性夜間呼吸困難(夜間に突然発生する呼吸困難)
  • 湿性咳嗽(痰を伴う咳)
  • 頻呼吸と頻脈

【慢性肺うっ血の症状】

  • 労作時の呼吸困難
  • チアノーゼ
  • 持続的な咳
  • 易疲労感
  • 夜間多尿

肺うっ血を含むうっ血性心不全の診断基準としては、フラミンガム(Framingham)基準が広く用いられています。この基準では、大症状2つ、または大症状1つと小症状2つ以上でうっ血性心不全と診断します。

 

【大症状】

  • 発作性夜間呼吸困難または起座呼吸
  • 頸静脈怒張
  • 肺ラ音(肺からの異常な呼吸音)
  • 心拡大(胸部X線で確認)
  • 急性肺水腫
  • 拡張早期性ギャロップ(第III音:過剰な心音)
  • 中心静脈圧の上昇(16cmH₂O以上)
  • 肝頸静脈逆流

【小症状】

  • 両側下腿の浮腫
  • 夜間咳嗽
  • 労作性呼吸困難
  • 肝腫大
  • 胸水貯留
  • 肺活量の減少(最大量の3分の1以下)
  • 頻脈(1分間に120回以上)

肺うっ血の診断に用いられる検査には、胸部X線検査(肺うっ血の存在を示す肺血管陰影の増強が確認できる)、心エコー検査(心機能評価)、血液検査(BNPの上昇)、動脈血ガス分析(低酸素血症)などがあります。

 

肺うっ血の治療薬と薬物療法の選択

肺うっ血の治療は、原因疾患の治療と症状緩和の両方を目指します。特に薬物療法は中心的役割を果たします。治療薬選択は患者の血行動態に基づいて行われることが多く、Forrester分類やクリニカルシナリオに基づく戦略が用いられます。

 

【主な治療薬】

  1. 利尿薬

    肺うっ血治療で最も重要な薬剤の一つがループ利尿薬です。代表的なのはフロセミド(ラシックス®)で、腎臓でのナトリウム再吸収を阻害することで利尿作用を発揮し、体内の過剰な水分を排出します。

     

  • 投与方法:急性期には静脈内投与が選択されることが多い
  • 用量:通常、初期投与量は20〜40mgで、反応に応じて調整
  • 注意点:電解質異常(特に低カリウム血症)や腎機能悪化に注意
  1. 血管拡張薬

    ニトログリセリンなどの硝酸薬は、全身の血管を拡張させることで静脈還流を減少させ、前負荷(心臓に戻ってくる血液量)を軽減します。これにより肺うっ血の症状改善が期待できます。

     

  • 投与方法:舌下錠、スプレー、静脈内投与など状況に応じて選択
  • 作用:主に静脈系の拡張作用が強く、肺うっ血の緩和に効果的
  • 副作用:頭痛や低血圧に注意が必要
  1. ACE阻害薬・ARB

    アンジオテンシン変換酵素阻害薬(ACE阻害薬)やアンジオテンシンII受容体拮抗薬(ARB)は、長期的な心不全管理において重要な役割を果たします。これらは血管を拡張させるとともに、心臓のリモデリング(不適切な構造変化)を抑制します。

     

  • 代表薬:エナラプリル、リシノプリル(ACE阻害薬)、カンデサルタン、バルサルタン(ARB)
  • 効果:前負荷と後負荷の両方を軽減し、長期予後を改善
  • 注意点:腎機能障害高カリウム血症に注意
  1. β遮断薬

    安定した慢性心不全患者では、β遮断薬の使用により長期予後の改善が期待できます。ただし、急性の肺うっ血期には使用を避けるか、慎重に使用する必要があります。

     

  • 代表薬:カルベジロールビソプロロール
  • 効果:交感神経活性の抑制による心拍数・心収縮力の適正化
  • 使用上の注意:急性期の肺うっ血には基本的に使用しない

【肺うっ血の重症度と治療選択】
肺うっ血を伴う急性心不全の重症度分類として、Forrester分類が用いられます。特に「肺うっ血はあるが末梢循環不全のない状態」(肺動脈楔入圧>18mmHg、心係数>2.2)はForrester分類のII群に相当します。

 

このような状態では、以下の治療アプローチが推奨されます。

  • 利尿薬(フロセミドなど):肺うっ血の改善
  • 硝酸薬(ニトログリセリンなど):静脈拡張による前負荷軽減

一方、肺うっ血と末梢循環不全の両方を伴う重症例では、これらに加えて強心薬や血管拡張薬の併用が検討されます。

 

急性と慢性の肺うっ血の違いと対応方法

肺うっ血は発症の速度と持続時間により、急性と慢性に分類されます。それぞれで原因、症状、治療アプローチが異なるため、適切な対応が求められます。

 

【急性肺うっ血】
急性肺うっ血は突然発症し、迅速な対応が必要な緊急状態です。

 

  • 主な原因。
  • 急性心筋梗塞
  • 急性弁膜症(特に僧帽弁閉鎖不全や大動脈弁閉鎖不全)
  • 急性心筋炎
  • 不整脈(特に頻脈性不整脈)
  • 乳頭筋不全
  • 特徴的な症状。
  • チアノーゼ
  • 急激に増悪する呼吸困難
  • 起座呼吸
  • 泡沫状の痰
  • 冷や汗
  • 対応方法。
  1. 酸素投与:低酸素血症の改善
  2. 座位の保持:肺うっ血の軽減
  3. 静脈内利尿薬:迅速な利尿効果を期待
  4. 血管拡張薬:前負荷軽減
  5. 必要に応じて非侵襲的陽圧換気(NPPV)
  6. 原因疾患に対する緊急治療

【慢性肺うっ血】
慢性肺うっ血は徐々に進行し、長期的な管理が必要な状態です。

 

  • 主な原因。
  • 慢性心不全
  • 心房中隔欠損症、心室中隔欠損症、動脈管開存症などの先天性疾患
  • 僧帽弁狭窄症、僧帽弁閉鎖不全症などの慢性弁膜症
  • 慢性高血圧性心疾患
  • 特徴的な症状。
  • チアノーゼ(進行例)
  • 労作時呼吸困難
  • 持続的な咳
  • 下肢浮腫
  • 倦怠感
  • 対応方法。
  1. 塩分・水分制限:体液量のコントロール
  2. 経口利尿薬:長期的な利尿維持
  3. ACE阻害薬/ARB:心臓リモデリングの抑制
  4. β遮断薬:長期予後改善
  5. 原因疾患の治療(弁置換術など)
  6. 定期的な外来フォローアップ

【両者の比較】
急性と慢性の肺うっ血では、治療の緊急性や目標が異なります。

  • 治療の緊急性。
  • 急性:即時対応が必要な緊急状態
  • 慢性:長期的な管理が中心
  • 治療目標。
  • 急性:生命の危機からの脱却、症状の迅速な改善
  • 慢性:症状コントロール、QOL維持、疾患進行抑制
  • 治療薬の選択。
  • 急性:静注薬中心(静注利尿薬、静注血管拡張薬など)
  • 慢性:経口薬中心(経口利尿薬、ACE阻害薬、β遮断薬など)

肺うっ血の状態が長期間持続すると、肺高血圧症や右心不全へと進展する可能性があります。このため、慢性肺うっ血患者では定期的な心肺機能評価が重要です。

 

肺うっ血患者の在宅ケアと生活指導のポイント

肺うっ血を伴う心不全患者の多くは、急性期治療後に在宅での継続的な管理が必要となります。適切な在宅ケアと生活指導は再入院率の低減や生活の質(QOL)の向上に寄与します。

 

【セルフモニタリングの指導】
肺うっ血の早期発見と悪化防止のため、以下の自己観察項目を患者に指導します。

  • 体重測定:毎日同じ時間、同じ条件で測定
  • 注意点:2〜3日で2kg以上の増加は体液貯留の可能性
  • 記録:体重日誌をつけて変化を視覚化
  • 症状チェック。
  • 息切れの程度(特に階段や坂道での変化)
  • 夜間の呼吸困難の有無
  • 咳や痰の性状・量
  • 下肢のむくみ(靴や靴下のきつさの変化)
  • 夜間トイレに行く回数
  • バイタルサイン。
  • 脈拍(不整や頻脈の確認)
  • 呼吸数(増加傾向は注意)
  • 可能であれば在宅血圧測定

【食事・栄養指導】
肺うっ血の管理には食事療法が重要な役割を果たします。

  • 塩分制限。
  • 一般的に1日6g未満の制限が推奨
  • 実践方法:調味料の計量、加工食品の制限、外食時の注意点
  • 減塩調味料の適切な使用法
  • 水分管理。
  • 医師の指示に基づく適切な水分摂取量の遵守
  • 季節や活動量による調整
  • 喉の渇きへの対処法(少量ずつの摂取、氷片の利用など)
  • 栄養バランス。
  • たんぱく質の適切な摂取(腎機能に応じて調整)
  • カリウムやマグネシウムを含む食品の適度な摂取
  • 適正体重の維持

【服薬管理の支援】
複数の薬剤を服用することが多い肺うっ血患者の服薬アドヒアランス向上のための支援。

  • お薬カレンダーや一包化の活用
  • 薬剤の効果と副作用の説明
  • 利尿薬服用のタイミング調整(外出時の配慮など)
  • 体調変化時の対応方法(自己判断での中断を避ける)
  • お薬手帳の活用と多職種連携

【適切な活動と休息】
肺うっ血患者の活動と休息のバランスは重要です。

  • 活動レベルの設定。
  • 個々の心機能に応じた活動限界の設定
  • 段階的な活動強度の調整
  • 呼吸困難スケールを用いた自己評価
  • 効果的な休息方法。
  • 半座位など呼吸が楽になる姿勢の工夫
  • 日中の短時間休息の取り入れ
  • 夜間睡眠の質向上のための環境調整
  • リハビリテーション。
  • 心臓リハビリテーションプログラムへの参加
  • 在宅でできる安全な運動メニュー
  • 日常生活動作(ADL)の省エネルギー技術

【再入院のリスクサインと対応】
肺うっ血の再燃・悪化の早期発見のためのサイン。

  • 受診が必要なサイン。
  • 2〜3日で2kg以上の急激な体重増加
  • 安静時の呼吸困難
  • 夜間の呼吸困難の新規出現または悪化
  • 坐位でないと眠れない
  • 泡沫状の痰
  • 下肢のむくみの急激な増加
  • 対応プラン。
  • かかりつけ医への連絡方法
  • 緊急時の受診先と移動手段
  • 家族への説明と準備

肺うっ血患者の在宅ケアでは、医療者による定期的な評価と併せて、患者自身による適切なセルフケアが重要です。個々の患者の生活背景や価値観を尊重しながら、実行可能な指導を行うことが継続的な疾患管理につながります。

 

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