ビソプロロールフマル酸塩は、選択的β1受容体遮断薬(ベータブロッカー)に分類される薬剤です。化学名は(2RS)-1-(4-{[2-(1-Methylethoxy)ethoxy]methyl}phenoxy)-3-[(1-methylethyl)amino]propan-2-ol hemifumarateで、分子量は766.96です。白色の結晶または結晶性の粉末で、水やメタノールに極めて溶けやすい特性を持っています。
ビソプロロールの最大の特徴は、心臓に多く存在するβ1受容体に対する選択性が高く、気管支などに存在するβ2受容体への作用が比較的少ないことです。このため、従来のβ遮断薬に比べて気管支喘息や慢性閉塞性肺疾患(COPD)患者への使用においても、呼吸器系への影響が少ないとされています(慎重投与が必要)。
作用機序としては、交感神経の伝達物質であるノルアドレナリンやアドレナリンがβ1受容体に結合するのを競合的に阻害します。これにより、心拍数の減少、心筋収縮力の抑制、房室伝導速度の低下などの効果が現れ、結果として心臓の酸素消費量を減少させます。
健康成人での薬物動態データによれば、半減期は約8~10時間で、1日1回の服用で効果を維持できます。最高血中濃度到達時間(Tmax)は約2.6時間、全身クリアランスは約14.2 L/hrとされています。特筆すべき点として、腎機能障害のある患者では半減期が延長し、重症の腎障害では健常者の約2.4倍(24.2時間)になることが報告されています。肝機能障害においても同様に、半減期の延長が認められます。
ビソプロロールフマル酸塩は、以下の疾患に対して効能・効果が認められています。
※慢性心不全については、アンジオテンシン変換酵素阻害薬またはアンジオテンシンⅡ受容体拮抗薬、利尿薬、ジギタリス製剤等の基礎治療を受けている患者に適応されます。
高血圧症に対しては、末梢血管抵抗にほとんど影響を与えずに心拍出量を減少させることで降圧効果を示します。臨床試験では、1日1回5mgの投与で十分な降圧効果が得られることが確認されています。
狭心症に対しては、心拍数の減少と心筋収縮力の抑制により心筋酸素消費量を減少させ、狭心症発作の頻度や重症度を軽減します。また、運動耐容能を改善する効果も期待できます。
不整脈に対しては、特に交感神経刺激に起因する頻脈性不整脈に有効です。心室性期外収縮では異所性自動能を抑制し、頻脈性心房細動では心室応答レートを低下させます。
慢性心不全に対しては、長期的に心機能を改善し、予後を改善することが大規模臨床試験で証明されています。ただし、急性心不全の状態では使用できないため注意が必要です。
臨床試験データでは、心拍数が平均12.2拍/分減少することが報告されており、5mg/日投与群では2.5mg/日継続投与群と比較して、より大きな心拍数減少効果(-17.3拍/分 vs -11.4拍/分)が認められています。
ビソプロロールフマル酸塩の副作用は、その薬理作用に基づくものが多く、発現率の高いものから以下のように分類されています。
【5%以上の頻度で発現する副作用】
【0.1~5%未満の頻度で発現する副作用】
特に高齢者や腎機能・肝機能障害のある患者では、通常よりも副作用が現れやすい傾向があります。腎機能障害患者では、クリアランスの低下により血中濃度が上昇するため、副作用リスクが高まります。
興味深い点として、ビソプロロールは他のβ遮断薬と比較して脂溶性が低く、中枢神経系への移行が少ないため、悪夢や睡眠障害などの中枢性副作用の発現率が低いとされています。しかし、それでも一部の患者では「悪夢」などの副作用が報告されています。
また、生活面への影響として、血圧や心拍数が抑えられることで激しい運動や大きなストレスがかかる場面で十分に心拍数が上がらず、反応が遅れることがあります。そのため、車の運転や高所作業など危険を伴う行動を行う際は注意が必要です。
ビソプロロールフマル酸塩の使用において、特に注意すべき重大な副作用には以下のものがあります。
ビソプロロールの陰性変力作用により、特に心機能が低下している患者では心不全が悪化または新たに発症する可能性があります。早期症状として息切れ、疲労感の増強、下肢の浮腫の増加などが見られます。
房室伝導を抑制する作用により、高度な房室ブロックが生じることがあります。めまい、失神、意識消失などの症状が現れた場合は緊急対応が必要です。
過度の徐脈(脈拍数の著しい低下)が起こると、めまい、ふらつき、疲労感、さらには意識消失を引き起こす可能性があります。
洞結節機能不全がある患者では、徐脈や洞停止を誘発することがあります。
これらの重篤な副作用が疑われる場合の対処法は以下の通りです。
また、重篤な副作用の発現リスクを低減するために、以下の予防的措置が重要です。
患者への指導としては、以下の症状が現れた場合には直ちに医療機関を受診するよう説明することが重要です。
ビソプロロールと他の薬剤を併用する際には、相互作用による副作用リスクの増大に注意が必要です。特に注意すべき併用薬と想定されるリスクは以下の通りです。
カルシウム拮抗薬(特にベラパミル、ジルチアゼム)との併用
両剤の心収縮力抑制作用や刺激伝導抑制作用が増強され、高度の徐脈や房室ブロック、心不全が発現するリスクが高まります。併用する場合は、心機能のモニタリングを密に行い、低用量から慎重に投与する必要があります。
クロニジンとの併用
クロニジンの投与中止後にビソプロロールを継続すると、リバウンド現象として血圧上昇が増強される可能性があります。クロニジン投与を中止する際は、ビソプロロールを先に減量・中止し、その後クロニジンを減量・中止することが推奨されます。
インスリン、経口血糖降下薬との併用
ビソプロロールはインスリン感受性に影響を与えるほか、低血糖の自覚症状(頻脈、発汗など)をマスクする可能性があります。糖尿病患者では血糖値のモニタリングをより頻繁に行い、必要に応じて血糖降下薬の用量調整を検討します。
フィンゴリモド塩酸塩との併用
両剤ともに徐脈や心ブロックを引き起こす可能性があり、併用により相加的あるいは相乗的に作用が増強されるおそれがあります。併用を避けるか、厳重な心機能モニタリングの下で使用します。
抗不整脈薬(アミオダロン、ソタロールなど)との併用
心筋抑制作用が増強され、重篤な徐脈や心ブロックを引き起こす可能性があります。特にアミオダロンは半減期が非常に長いため、併用中止後も長期間にわたり相互作用が持続することに注意が必要です。
麻酔薬との相互作用
ビソプロロールを服用中の患者が全身麻酔を受ける場合、循環抑制作用が増強される可能性があります。手術前にビソプロロールを中止すべきかについては議論がありますが、突然の中止によるリバウンド現象のリスクもあるため、個々の症例に応じた判断が必要です。術中は血圧・心拍数の変動に特に注意を払い、必要に応じて昇圧薬などを準備しておくことが重要です。
これらの相互作用リスクを考慮し、処方時には患者の併用薬を十分に確認することが副作用予防の鍵となります。また、薬剤師による服薬指導の際にも、他科で処方された薬剤や市販薬、サプリメントの使用状況を確認し、潜在的な相互作用リスクを評価することが重要です。
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