低カリウム血症とは、血清カリウム濃度が3.5mEq/L(3.5mmol/L)未満となった状態を指します。カリウムは体内の電解質として重要な役割を担っており、筋肉や神経機能の正常な働きに不可欠です。健康な成人の血清カリウム濃度の正常範囲は一般的に3.5〜5.0mEq/Lとされています。
この状態は、体内の総カリウム貯蔵量の不足またはカリウムの細胞内への異常な移動によって引き起こされます。血清カリウム値の1mEq/Lの低下は、体内の総カリウム貯蔵量の約200~400mEq(200~400mmol)の不足と相関すると言われています。これは決して少なくない量です。
カリウムは以下のような重要な生理機能に関与しています。
医療現場では、低カリウム血症の重症度は通常、以下のように分類されます。
重症度 | 血清カリウム値 |
---|---|
軽度 | 3.0~3.5mEq/L |
中等度 | 2.5~3.0mEq/L |
重度 | 2.5mEq/L未満 |
重症度に応じて表れる症状や必要な治療アプローチも異なるため、血清カリウム値の正確な把握が診断と治療において重要となります。
低カリウム血症の症状は、血清カリウム値の低下の程度によって異なります。多くの場合、軽度の低カリウム血症(3.0~3.5mEq/L)では自覚症状がないか、あっても軽微なことが多いです。しかし、カリウム値が下がるにつれて症状は顕著になります。
主な症状としては以下のようなものが挙げられます。
特に注意すべきは、血清カリウム値が3mEq/L未満になると心電図変化が現れ始め、2.5mEq/L未満になると危険な不整脈のリスクが高まることです。カリウム値が極端に低下すると(1.5mEq/L程度)、致命的な心室細動を引き起こす可能性もあります。
診断基準としては、血液検査による血清カリウム値の測定が基本となります。また、低カリウム血症の原因によって尿中カリウム排泄量も変化するため、尿検査も診断の補助として有用です。
心電図検査では低カリウム血症に特徴的な変化が見られることがあります。
臨床現場では、特に「Stroke mimic」と呼ばれる脳卒中様の症状を呈する低カリウム血症性ミオパチーの症例も報告されています。片側性の筋力低下で発症し、脳卒中と誤診される可能性があるため、非対称性の筋力低下を示す患者でも低カリウム血症を鑑別に入れる必要があります。
低カリウム血症の発症には様々な要因が関与します。大きく分けると以下の3つのメカニズムに分類できます。
これは単独では低カリウム血症の原因となることは少ないですが、他の要因と組み合わさると悪化要因となります。
最も頻度が高い原因の一つです。
薬剤性の低カリウム血症の原因として特に注意すべきものには以下があります。
薬剤分類 | 代表的な薬剤名 | 発症機序 |
---|---|---|
ループ利尿薬 | フロセミド、トラセミド、アゾセミド | ヘンレ係蹄上行脚のNa⁺-K⁺-2Cl⁻共輸送体阻害 |
サイアザイド系利尿薬 | トリクロルメチアジド、ヒドロクロロチアジド | 皮質集合尿細管からのK⁺排泄促進 |
甘草含有製剤 | グリチルリチン製剤 | 鉱質コルチコイド作用によるアルドステロン様効果 |
抗生物質 | アミノグリコシド系など | 腎尿細管障害 |
特に注意すべきは、複数の医薬品の相互作用による低カリウム血症のリスク増加です。例えば、グリチルリチン製剤とサイアザイド系利尿薬の併用は重度の低カリウム血症を引き起こす可能性があります。
また、低マグネシウム血症を合併している場合、カリウムの補充だけでは治療困難なことがあります。マグネシウムはカリウムの細胞内保持に関与しているため、マグネシウム欠乏状態ではカリウムの尿中排泄が増加してしまうためです。
低カリウム血症の治療は、原因の特定と対処、そしてカリウムの補充が基本となります。治療薬の選択と投与方法は、低カリウム血症の重症度や患者の状態によって異なります。
1. 経口カリウム製剤
軽度から中等度の低カリウム血症では、経口カリウム製剤が第一選択となります。
1日当たり20~80mEq(20~80mmol)を数日かけて補充するのが一般的です。単回大量投与は消化管刺激や出血のリスクがあるため、分割投与が推奨されます。
高用量の単回投与は消化管刺激や出血を引き起こす可能性があるため避けるべきです。
2. 静脈内カリウム投与
中等度から重度の低カリウム血症や、経口摂取が困難な場合、または緊急の是正が必要な場合に選択されます。
重症の低カリウム血症(特に心臓症状を伴う場合)では、心電図モニタリング下で高濃度のカリウム溶液を中心静脈から投与することもあります。例として、KCl 20mEq/生理食塩水50mLを50mL/時のレートで投与する方法があります。
3. カリウム保持性利尿薬
腎臓からのカリウム喪失が原因の場合に有効です。
4. 原因薬剤の中止・減量
利尿薬や甘草含有製剤など、低カリウム血症の原因となっている薬剤がある場合は、可能であれば中止または減量を検討します。
治療上の重要ポイント
急速な補正は高カリウム血症を引き起こす危険性があるため、適切な速度での補正が重要です。特に腎機能低下患者では注意が必要です。
低マグネシウム血症を合併している場合は、カリウム補充だけでは効果が限定的なため、マグネシウムの補正も同時に行う必要があります。
治療中は定期的な血清カリウム濃度のモニタリングが必須です。特に静脈内投与中は心電図モニタリングも重要となります。
退院後も原因に応じて経口カリウム製剤の継続やカリウムリッチな食事指導が必要なことがあります。
低カリウム血症の治療において見落とされがちな要素として、マグネシウム欠乏との関連性があります。臨床現場では、難治性の低カリウム血症の背景にマグネシウム欠乏が隠れていることがしばしばあります。
マグネシウムはカリウムの細胞内保持に重要な役割を果たしています。マグネシウムが欠乏すると、腎臓におけるカリウム保持能力が低下し、カリウムの尿中排泄が増加します。このため、低マグネシウム血症を合併した低カリウム血症では、カリウム補充だけでは効果が限定的で、マグネシウムを同時に補充する必要があります。
マグネシウム欠乏が疑われる状況。
低マグネシウム血症の診断。
通常の血清マグネシウム測定は体内総マグネシウムの1%程度しか反映しないため、軽度~中等度のマグネシウム欠乏を検出するには感度が低いことに注意が必要です。臨床症状とリスク因子の評価が重要となります。
マグネシウム補充の方法。
臨床的な注意点。
難治性の低カリウム血症に遭遇した場合、特に上記のリスク因子を有する患者では、積極的にマグネシウム欠乏を疑い、評価・補正を検討すべきです。
また、興味深い事実として、長期の甘草(グリチルリチン)摂取による低カリウム血症では、マグネシウム代謝にも影響を及ぼすことが報告されています。グリチルリチンの鉱質コルチコイド様作用は、カリウムとマグネシウムの両方の尿中排泄を増加させるため、両電解質の同時補充が必要となる場合があります。
特に漢方薬や健康食品に含まれる甘草成分の長期摂取による低カリウム血症では、マグネシウム状態の評価も重要となります。