左心不全は左心室のポンプ機能低下により生じる病態で、肺循環系にうっ血が起こることが特徴です。左室から大動脈へ十分な血液を送り出せなくなると、左房や肺静脈で血流が停滞し、肺うっ血や肺水腫が発生します。
参考)うっ血性心不全とは?原因・症状・治療・手術方法|ニューハート…
主な症状として労作時呼吸困難が挙げられ、階段昇降や坂道を上る際に息切れを感じるようになります。病態が進行すると起座呼吸という特徴的な症状が現れ、横になると苦しくなり上半身を起こすと呼吸が楽になります。これは臥位により下半身の血液が心臓に戻り、肺うっ血が増強するためです。
参考)https://www.mhlw.go.jp/topics/2006/11/dl/tp1122-1k05.pdf
夜間発作性呼吸困難も左心不全に特徴的な症状で、就寝中に突然呼吸困難に襲われます。重症例では激しい咳嗽とともにピンク色の泡沫状痰が出現し、血性泡末痰として観察されます。また心拍出量低下により血圧低下、頻脈、チアノーゼが出現し、全身倦怠感や四肢冷感といった症状も認められます。
参考)うっ血性心不全とは? 発症の流れと症状 
右心不全は右室から肺への血液送出力が低下することで発症し、体循環系にうっ血が生じるのが特徴です。肺に送れなかった血液が右心系に滞留し、全身から心臓に戻る静脈血の流れも停滞します。
参考)心不全とは?原因・症状・治療・手術・予防方法|ニューハート・…
体循環系のうっ血により頸静脈怒張が顕著に認められ、特にコッホの三角部を中心とした領域で観察されます。下肢浮腫は重力の影響を受けやすい足首や下腿部に出現し、指で押すと圧痕が残る圧痕性浮腫として確認できます。
参考)うっ血性心不全とは?原因・症状・治療方法を解説
肝腫大や腹水貯留も右心不全の重要な徴候です。肝臓への静脈還流が障害されることで肝臓が腫大し、右上腹部の触診で確認できます。腸管浮腫により消化器症状として食欲不振や腹部膨満感が出現することもあります。体液貯留により体重が急激に増加し、数日で2〜3kg以上の体重増加を認めることがあります。
参考)Heart failure - Symptoms and c…
うっ血性心不全の初期段階では、夜間多尿という特徴的な症状が現れます。日中は全身に分布していた血液が、夜間横になることで体幹部に戻り、腎臓への血流が増加するためです。この結果、就寝後の尿量が増加し、夜間に何度もトイレに起きるようになります。
夜間多尿は心不全の比較的早期から認められる症状であり、他の明らかな症状が出現する前から観察されることがあります。医療従事者としては、患者の夜間排尿回数の増加を心不全の初期サインとして捉え、詳細な問診を行うことが重要です。
睡眠の質低下や日中の疲労感増加にもつながるため、患者のQOLに大きく影響します。夜間多尿の頻度や尿量を記録することで、心不全の進行度や治療効果の評価にも活用できます。
うっ血性心不全の重症度評価には、ニューヨーク心臓協会(New York Heart Association: NYHA)が作成した心機能分類が広く用いられています。NYHA分類は身体活動による自覚症状の程度を基準に、Ⅰ度からⅣ度の4段階に分類する方法です。
参考)301 Moved Permanently
NYHA分類Ⅰ度は心疾患はあるものの日常的な身体活動では疲労、動悸、呼吸困難、狭心痛がない状態です。Ⅱ度は軽度から中等度の身体活動制限があり、坂道や階段を上る際に症状が出現します。Ⅲ度は高度な身体活動制限を伴い、平地歩行などの通常以下の身体活動でも症状が現れます。Ⅳ度は安静時にも心不全症状や狭心痛があり、いかなる身体活動も制限される最重症の状態です。
参考)うっ血性心不全とは?治療・原因・症状について 
NYHA分類は治療により改善が可能な可逆的評価法であり、適切な治療により前の段階に戻ることができる点が特徴です。医療従事者は患者の訴えを詳細に聴取し、身体活動能力を正確に評価することが求められます。
日本心臓財団の心不全重症度分類に関する詳細解説
うっ血性心不全の診断には、血液検査によるBNP(脳性ナトリウム利尿ペプチド)およびNT-proBNPの測定が重要な役割を果たします。これらのバイオマーカーは心室が伸展ストレスを受けたときに分泌され、心不全の診断や重症度評価に有用です。
参考)うっ血性心不全の原因、症状、治療方法|板橋区のNOBUヘルシ…
BNPとNT-proBNPは同じBNP遺伝子から産生され、心室にて壁応力に応じて遺伝子発現が亢進し速やかに生成・分泌されます。BNP前駆体(proBNP)から生理活性を有する成熟型BNPと非活性のNT-proBNPに切断され、等モルで分泌されます。心不全では重症度に応じて血中濃度が増加するため、客観的な評価指標として広く用いられています。
参考)採血でわかる心臓の負担 NT-proBNPとBNP について…
施設によってはBNPの代わりにNT-proBNPが測定されることがあり、両者は相関しますがカットオフ値が異なるため注意が必要です。BNPは血管拡張作用や利尿作用により心臓への負担を軽減する生理作用を持ち、心臓へのストレスを反映する指標となります。NYHA分類との組み合わせにより、客観的データと自覚症状の両面から病態を評価できます。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC9857149/
日本心不全学会によるBNP・NT-proBNP使用に関する留意点
心エコー検査は心臓の構造や機能を非侵襲的に評価できる検査で、うっ血性心不全の診断に不可欠です。超音波を使って心臓の収縮能力、弁膜の状態、血液の流れの異常などを詳細に観察できます。左室駆出率(LVEF)の測定により収縮機能を定量的に評価でき、駆出率が保持された心不全(HFpEF)と駆出率が低下した心不全(HFrEF)の鑑別が可能です。
参考)心不全 - 06. 心臓と血管の病気 - MSDマニュアル家…
労作時の症状が強い患者では運動負荷心エコーが有用で、身体活動時の心機能変化を評価できます。肺うっ血の評価法として心エコープローブを肺野にあてて反射を評価する方法もあり、肺水腫の程度を推定できます。
参考)https://primary-care.sysmex.co.jp/speed-search/disease/index.cgi?c=disease-2amp;pk=37
胸部X線検査では心臓の拡大や肺うっ血の徴候を確認できます。心胸郭比(CTR)の測定により心拡大の程度を評価し、肺血管陰影の増強や肺門部の拡大により肺うっ血を判断します。胸水貯留の有無も評価でき、重症度の指標となります。
うっ血性心不全は様々な基礎心疾患により引き起こされる症候群です。虚血性心疾患は最も頻度の高い原因で、急性心筋梗塞や陳旧性心筋梗塞により心筋が障害され、ポンプ機能が低下します。心筋梗塞後の左室リモデリングにより慢性的な心機能低下が進行し、うっ血性心不全に至ることがあります。
弁膜症も重要な原因疾患で、大動脈弁狭窄症や僧帽弁閉鎖不全症などにより心臓への負荷が増大します。感染性心内膜炎に伴う急性弁膜症では急激な心不全の増悪をきたすことがあります。
参考)両心房内巨大血栓を合併した腎梗塞の1例
心筋症、特に拡張型心筋症は原因不明の心筋障害により心室が拡大し、収縮機能が低下する疾患です。高血圧性心疾患では長期の血圧上昇により左室肥大が進行し、最終的に収縮機能低下から心不全に至ります。不整脈、特に心房細動では頻脈により心機能が悪化し、うっ血性心不全を引き起こすことがあります。
参考)うっ血性心不全/60代・男性-症例紹介| 盛岡友愛病院 リハ…
うっ血性心不全の薬物療法は症状緩和と予後改善を目的として行われます。利尿剤は体内に貯留した余分な水分を尿として排出し、心臓の負荷を軽減します。ループ利尿薬やサイアザイド系利尿薬が使用されますが、脱水や腎機能障害に注意が必要です。
参考)心不全に対する薬物療法 - 06. 心臓と血管の病気 - M…
アンジオテンシン変換酵素(ACE)阻害薬やアンジオテンシンII受容体拮抗薬(ARB)は心臓を保護する作用があり、長期的な予後改善効果が証明されています。血圧を下げ心臓が血液を送りやすくする作用がありますが、血圧低下や腎機能障害に注意が必要です。
参考)うっ血性心不全は主にどのような薬で治療しますか?副作用はあり…
ベータ遮断薬は心拍数を減少させ心臓の負担を軽減し、予後改善効果が認められています。アルドステロン拮抗薬も予後改善に有効で、体液貯留の改善にも寄与します。アンジオテンシン受容体/ネプリライシン阻害薬(ARNI)は比較的新しい薬剤で、ACE阻害薬やARBに代わる選択肢として注目されています。
SGLT2阻害薬は糖尿病治療薬として開発されましたが、心不全患者の予後改善効果が証明され、駆出率に関わらず使用が推奨されています。心機能が大きく低下し血圧が低い場合には昇圧剤(カテコラミン)を使用し心臓の収縮力を強化しますが、副作用に注意が必要です。
MSDマニュアルによる心不全薬物療法の詳細解説
心臓リハビリテーションは以前は禁忌とされていましたが、現在では心不全患者に対して積極的に推奨されています。急性期リハビリテーションは入院中に早期離床を図り、日常生活への復帰を目指します。高齢者では入院をきっかけに寝たきりになる危険があるため、早期の社会復帰訓練が重要です。
参考)心臓リハビリテーションのすすめ|高齢者の心不全|心臓病の知識…
有酸素運動を中心とした運動療法により自律神経や血管機能が改善され、心不全の悪化による再入院を防ぐことができます。実際の症例では、約7ヶ月のリハビリテーション期間(入院0.5ヶ月、外来6.5ヶ月)を経て、心肺運動負荷試験(CPX)で運動能力の改善が数値として確認されています。
リハビリテーションの効果として体重減少や持病の腰痛改善も報告されており、QOLの向上に寄与します。ただし自己判断での過度な運動は危険であり、医師の指導のもとで適切な強度と頻度を設定することが必須です。心機能が著しく低下している状態や不安定な時期の運動は避けるべきで、個別の病態に応じた運動処方が求められます。
うっ血性心不全患者の日常生活管理では塩分制限が重要で、1日6g未満を目標とします。過剰な塩分摂取は体液貯留を助長し、心臓への負担を増大させます。水分制限も必要で、重症例では1日1000〜1500ml程度に制限することがあります。
体重測定を毎日同じ時間に行い、急激な体重増加(2〜3日で2kg以上)があれば医療機関への連絡が必要です。体重増加は体液貯留の兆候であり、心不全増悪の早期発見につながります。
適度な運動は推奨されますが、疲労や息切れが出現する前に休憩を取ることが大切です。階段昇降や坂道歩行は心臓への負担が大きいため、エレベーターの利用や平坦な道を選ぶなどの工夫が必要です。
禁煙は必須で、喫煙は血管収縮を引き起こし心臓への負担を増大させます。アルコールも心筋障害を引き起こす可能性があり、制限または禁止が推奨されます。感染症予防のためインフルエンザワクチンや肺炎球菌ワクチンの接種も考慮すべきです。
うっ血性心不全では様々な合併症が生じる可能性があります。呼吸器合併症として肺水腫は最も重篤で、肺胞内への体液漏出により急激な呼吸困難と酸素化障害をきたします。適切な治療が遅れると生命に関わる状態となります。
参考)Heart Failure 
腎障害や肝障害も重要な合併症です。腎臓への血流低下により腎機能が悪化し、利尿剤の効果が減弱します。肝臓への静脈還流障害により肝うっ血や肝硬変に進行することがあります。栄養障害も問題となり、消化管浮腫により食事摂取が困難になると低栄養状態に陥ります。
不整脈は心房細動や心室性不整脈が出現し、突然死のリスクとなります。血栓塞栓症も合併しやすく、特に心房細動を伴う場合は脳梗塞のリスクが高まります。肺高血圧症が進行すると右心不全が増悪し、予後を悪化させます。
心不全の予後は癌よりも悪いとされ、5年生存率はNYHAⅢ〜Ⅳ度の重症例で50%以下という報告もあります。適切な治療と管理により予後改善が期待できますが、医療従事者として患者と家族への十分な説明と支援が必要です。
参考)心不全の予後はがんより悪い!?|高齢者の心不全|心臓病の知識…