アルドステロンは副腎皮質から分泌されるミネラルコルチコイドの一種で、体内の電解質バランスと血圧の維持に重要な役割を果たしています。特に腎臓の遠位尿細管と集合管に作用し、ナトリウムの再吸収とカリウムの排泄を促進します。このホルモンの分泌はレニン-アンジオテンシン-アルドステロン系(RAAS)によって厳密に制御されており、血圧低下や血清ナトリウム濃度の低下によってレニンが分泌され、最終的にアルドステロンの産生が促されます。
アルドステロンの主な作用は、腎臓の上皮性ナトリウムチャネル(ENaC)やNa+/K+-ATPaseの活性化を通じて、ナトリウムの再吸収とカリウムの排泄を促進することです。これにより循環血液量が増加し、血圧が上昇します。また、血中のカリウム濃度が上昇すると、副腎からアルドステロンの分泌が直接刺激されることもわかっています。
アルドステロンは短期的な電解質バランスの調整だけでなく、長期的には心臓や血管、腎臓などの組織に対して線維化や炎症を引き起こす作用も持っています。このような作用は「アルドステロンの非古典的作用」と呼ばれ、心血管疾患や腎疾患の進行に関与していることが明らかになっています。
健康な状態では、アルドステロンの分泌量は1日あたり約100〜150μgですが、様々な病態によってその分泌量が変化します。原発性アルドステロン症では副腎腺腫などによってアルドステロンが過剰に分泌され、高血圧や低カリウム血症を引き起こします。一方、アジソン病や低レニン性低アルドステロン症ではアルドステロンの分泌が不足し、低血圧や高カリウム血症を引き起こすことがあります。
アルドステロン拮抗薬(MRA: Mineralocorticoid Receptor Antagonist)は、アルドステロンの受容体に競合的に結合することでその作用を阻害する薬剤です。現在臨床で広く使用されているアルドステロン拮抗薬には、スピロノラクトン、エプレレノン、フィネレノンなどがあります。
スピロノラクトンは最も古くから使用されているアルドステロン拮抗薬で、強力な効果を持ちますが、その構造がプロゲステロンに類似しているため、女性化乳房や性欲減退などの抗アンドロゲン作用による副作用が出現することがあります。一方、エプレレノンはより選択的なアルドステロン受容体拮抗薬で、抗アンドロゲン作用が少なく、性ホルモン関連の副作用が少ないという特徴があります。ただし、スピロノラクトンよりも効力は弱く、より高用量が必要となる場合があります。
最近開発されたフィネレノンは、非ステロイド型の選択的アルドステロン受容体拮抗薬で、腎保護作用や心保護作用が強いことが特徴です。FIDELIO-DKDやFIGARO-DKDなどの大規模臨床試験では、糖尿病性腎臓病患者における腎アウトカムや心血管イベントの改善効果が示されています。
アルドステロン拮抗薬の主な治療効果としては、以下が挙げられます。
これらの薬剤は単独ではなく、ACE阻害薬やARBなどのレニン-アンジオテンシン系阻害薬と併用されることが多く、特に心不全や腎疾患患者において相乗効果が期待できます。
偽アルドステロン症(別名:偽性アルドステロン症)は、アルドステロンの血中濃度が上昇していないにもかかわらず、アルドステロン過剰症と同様の症状を呈する病態です。主に甘草(カンゾウ)やその主成分であるグリチルリチンを含む漢方薬、かぜ薬、胃腸薬などの服用によって引き起こされます。
偽アルドステロン症の主な症状には、高血圧、低カリウム血症、代謝性アルカローシス、浮腫などがあります。特に低カリウム血症に関連して、筋力低下、四肢のしびれ、つっぱり感、こわばり、力が抜ける感じ、こむら返り、筋肉痛などの症状が現れることがあります。重症例では、低カリウム血症に伴う心室性不整脈を来すこともあり、注意が必要です。
早期発見のためには、リスクのある薬剤を服用している患者に対して定期的な血清カリウム値のモニタリングが重要です。厚生労働省のガイドラインによれば、本症を惹起しうる医薬品を服用している患者では、投与開始時あるいは投与量変更時は1ヶ月以内、維持期でも3〜6ヶ月に1回の定期的な血清カリウム値のチェックや心電図測定が推奨されています。
診断は、低レニン低アルドステロン血症とともに血圧上昇や血清カリウム低下が生じ、これらが原因医薬品の中止により正常化した場合になされます。治療の基本は原因となっている薬剤の中止ですが、低カリウム血症が重度の場合にはカリウム補充療法が必要となることもあります。
医療従事者は、甘草含有製剤などを長期間使用している患者、特に高齢者や腎機能障害のある患者、利尿薬やカリウム排泄促進作用のある薬剤を併用している患者に対しては、偽アルドステロン症の発症リスクが高いことを認識し、注意深く経過観察する必要があります。
アルドステロン拮抗薬の最も重要な副作用の一つに高カリウム血症があります。アルドステロンは腎臓でのカリウム排泄を促進する作用があるため、その作用を阻害するアルドステロン拮抗薬の使用によって血清カリウム値が上昇することがあります。
高カリウム血症のリスク因子としては、以下が挙げられます。
高カリウム血症の症状には、筋力低下、四肢のしびれ、心電図異常(T波の尖鋭化、PR間隔の延長、QRS幅の拡大)、不整脈などがありますが、軽度から中等度の高カリウム血症では無症状のことも多いです。
アルドステロン拮抗薬使用時の高カリウム血症リスク管理のためには、以下の対策が重要です。
最近では、高カリウム血症のリスクを軽減するための新しいアプローチとして、カリウム結合薬(パティロマーやジルコニウムシクロケイ酸塩など)の併用や、SGLT2阻害薬との併用療法が注目されています。特にSGLT2阻害薬は、ナトリウム再吸収を阻害することでカリウム排泄を促進する効果があり、アルドステロン拮抗薬による高カリウム血症のリスクを軽減する可能性が示唆されています。
近年、アルドステロン拮抗薬とSGLT2阻害薬の併用療法が慢性腎臓病(CKD)患者の治療において注目されています。2023年にLancetに掲載された研究によると、開発中のアルドステロン合成阻害薬であるBI 690517とSGLT2阻害薬であるエンパグリフロジンの併用により、CKD患者の尿中アルブミン排泄が大幅に減少することが示されました。
この研究では、レニン-アンジオテンシン系阻害薬(ACE阻害薬またはARB)による標準治療を受けているCKD患者714人を対象に、アルドステロン拮抗薬のBI 690517単独投与群とエンパグリフロジン併用群の効果を比較しました。その結果、BI 690517単独投与でも尿中アルブミン/クレアチニン比(UACR)が約50%の患者で30%以上減少しましたが、エンパグリフロジンを併用した場合には70%の患者でUACRの大幅な減少が達成されました。
更に注目すべき点は、SGLT2阻害薬の併用によって高カリウム血症のリスクも軽減されたことです。アルドステロン拮抗薬の最大の副作用である高カリウム血症は、BI 690517の投与量に応じて6%(プラセボ群)から18%(20mg群)に増加しましたが、エンパグリフロジンの併用によりこのリスクが抑制されることが示唆されました。この効果は、SGLT2阻害薬がナトリウム再吸収を阻害することで間接的にカリウム排泄を促進するメカニズムによると考えられています。
この併用療法の意義は、従来のアルドステロン拮抗薬の使用が高カリウム血症のリスクによって制限されていた点を克服し、より多くのCKD患者に対してアルドステロン拮抗薬の腎保護効果を提供できる可能性を開いたことにあります。特に糖尿病性腎症や高血圧性腎障害などのCKD患者において、この併用療法は腎機能低下の進行を抑制し、透析導入を遅らせる可能性があります。
現在、この新しい併用療法の有効性と安全性を検証するため、世界規模の第3相臨床試験が進行中です。オックスフォード・ポピュレーション・ヘルスが主導するこの試験では、世界中から約11,000人の患者が参加しており、アルドステロン拮抗薬とSGLT2阻害薬の併用効果について、より詳細なエビデンスが蓄積されることが期待されています。