急性脳症は、脳に急激な炎症や機能障害が生じる疾患であり、特に小児期、とりわけ乳幼児期に多く発症します。日本では年間500〜800人の発症があり、0〜3歳の乳幼児に最も多いとされています。脳に起こった炎症によって発熱、頭痛、意識障害、けいれんなどの症状が見られ、多くの場合、脳浮腫(むくみ)を伴います。
急性脳症は医療従事者にとって迅速な対応が要求される緊急疾患です。発症機序の理解から適切な対応、治療法の選択まで、包括的な知識が求められます。本記事では、急性脳症の症状と治療方法について、最新の医学的知見をもとに解説していきます。
急性脳症は、主にウイルス感染症に罹患した際に何らかの原因で重篤化することで脳機能全般に障害が生じる疾患です。重要なのは、ウイルスが直接脳に侵入するわけではなく、身体が脳以外の場所で起こったウイルス感染に対して反応することで、間接的に脳が障害されるという点です。
発症メカニズムには以下の特徴があります。
・ウイルス感染に対する免疫反応の過剰活性化
・血液脳関門の破綻と脳浮腫の形成
・サイトカインストームによる脳細胞障害
・ミトコンドリア機能不全と細胞エネルギー代謝障害
急性脳症の病型分類には、病原ウイルスに基づく分類と、脳症の臨床病理学的特徴に基づく分類の2種類があります。臨床病型としては、けいれん重積型(二相性)急性脳症(AESD)が約34%と最も多く、次いで急性壊死性脳症(ANE)、可逆性脳梁膨大部病変を有するタイプなどがあります。
発症の背景因子として、複数の遺伝子多型が関与していることが示唆されていますが、明らかな単一遺伝子疾患とは異なります。一部の症例では先天性代謝異常症が隠れていることもあり、特に代謝性疾患の家族歴がある場合には注意が必要です。
急性脳症の症状は発症段階によって変化します。医療従事者として初期段階での症状認識が早期介入に繋がるため、段階的な症状理解が重要です。
1. ウイルス感染による初期症状
まず患者はウイルス感染に伴う一般的な症状を呈します。
・発熱(多くは38度以上の高熱)
・頭痛
・全身倦怠感
・関節痛
・突発性発疹の場合は3日間の高熱後の発疹
この段階では急性脳症の特異的な症状はまだ現れておらず、通常のウイルス感染症と区別することは困難です。
2. 急性脳症の主症状
ウイルス感染の初期症状後、以下の主要な脳症症状が出現します。
・意識障害:周囲からの刺激に反応するものの、すぐに意識が混濁する状態
・けいれん:特に「けいれん重積」が特徴的(15分~1時間以上持続)
・嘔吐
・血圧・呼吸の変化
・行動の変化:周囲への警戒心の増加、興奮、大声での叫び、暴力的行動
けいれん重積型急性脳症(AESD)では、発熱から24時間以内にけいれん重積を発症し、一旦意識が回復した後、再び意識障害が出現する「二相性」の経過をたどることが特徴的です。この「二相性」の経過認識は診断において非常に重要です。
乳幼児の場合、一般的な熱性けいれんとの鑑別が必要です。熱性けいれんは通常5分以内に自然収束するのに対し、急性脳症のけいれんは長時間持続します。けいれんが5分以上続く場合や初めてのけいれんの場合は、急性脳症の可能性を考慮し、迅速な医療機関受診が推奨されます。
急性脳症の診断は、臨床症状の評価と各種検査所見を総合的に判断して行います。早期診断が予後を左右するため、疑わしい症状を呈する患者に対しては迅速な検査の実施が求められます。
1. 臨床症状の評価
・意識状態の継時的観察(JCSやGCSによる評価)
・けいれんの持続時間と性状
・バイタルサインの変化(血圧、体温、呼吸状態など)
・神経学的所見(瞳孔反応、腱反射、病的反射など)
2. 血液検査
・肝機能検査:AST、ALT、LDHの上昇が見られることが多い
・血液凝固能検査:DIC合併の有無確認
・電解質、血糖値:代謝異常の評価
・血液ガス分析:呼吸状態と代謝状態の評価
・炎症マーカー(CRPなど)
・ウイルス学的検査(インフルエンザ迅速検査など)
3. 脳脊髄液検査
・髄液圧:上昇していることが多い
・髄液蛋白:増加していることがある
・細胞数:通常は正常範囲内(脳炎との鑑別点)
・髄液糖:通常は正常
4. 画像検査
・頭部CT:脳浮腫の評価(特に重症例)
・頭部MRI:病型によって特徴的な所見
5. 脳波検査
・全般性徐波化や平坦化が特徴的
・けいれん波の有無の確認
急性脳症の診断では、特に発症早期には画像検査で明らかな異常を認めない症例があることに留意する必要があります。臨床症状と経過を慎重に観察し、繰り返し検査を行うことが重要です。また、代謝性疾患の関与が疑われる場合には、血中・尿中のアミノ酸分析や有機酸分析などの特殊検査も考慮します。
急性脳症の治療には確立された標準的方法はまだありませんが、複数の治療アプローチが臨床で実践されています。「小児急性脳症診療ガイドライン2023」に基づき、病型や重症度に応じた治療戦略が求められます。
1. 急性期の基本的治療
・全身管理
・けいれん対策
・脳浮腫対策
2. 病態に応じた特異的治療
・ステロイド療法
・脳低温・平温療法
・免疫グロブリン大量療法(IVIG)
3. 急性脳症の予後因子
急性脳症の予後には以下の因子が関連します。
・発症時の年齢(低年齢ほどリスク増加)
・けいれん重積の持続時間(長いほど予後不良)
・意識障害の程度と持続時間
・MRI所見の広がりと重症度
・治療開始までの時間
・原因ウイルスと病型
特にけいれん重積型急性脳症(AESD)では、二相目の意識障害出現前に治療介入できるかどうかが予後を大きく左右します。一方、急性壊死性脳症(ANE)は致死率が高く、救命できた場合でも重度の後遺症を残すことが多いため、より積極的な治療介入が検討されます。
急性脳症は救命できた場合でも、多くの患者に何らかの後遺症が残る可能性があります。医療従事者は急性期治療後の長期的な管理計画も視野に入れる必要があります。
1. 急性脳症後の主な後遺症
・運動障害
・認知・知的障害
・てんかん
・言語障害
・感覚障害
・自律神経障害
2. リハビリテーションアプローチ
後遺症の種類と重症度に応じた包括的リハビリテーションが重要です。
・理学療法
・作業療法
・言語聴覚療法
・認知リハビリテーション
リハビリテーションは急性期から回復期、維持期まで継続的に行われるべきであり、特に小児では発達段階に応じた適切な介入が必要です。
3. 家族支援と社会資源の活用
急性脳症後の後遺症を持つ患児と家族には、以下のような支援が重要です。
・心理的サポート
・社会資源の活用
・医療的ケア体制の構築
急性脳症後の後遺症管理は、単なる医学的治療にとどまらず、患児の発達支援と社会参加、家族全体のQOL向上を目指した包括的アプローチが求められます。医療従事者はこれらの視点を持ち、長期的な支援体制の構築に関わることが重要です。
急性脳症と脳炎は類似した症状を呈するため、その鑑別診断は治療方針決定において重要です。また、予防可能な要因に対する戦略も医療従事者が把握すべき知識です。
1. 急性脳症と脳炎の鑑別ポイント
鑑別項目 | 急性脳症 | 脳炎 |
---|---|---|
病態機序 | ウイルスが直接脳に侵入せず、免疫反応による間接的障害 | ウイルス・細菌が直接脳実質に侵入し炎症 |
髄液所見 | 細胞数増加なし、蛋白軽度上昇のみ | 細胞数増加(特にリンパ球優位) |
好発年齢 | 乳幼児期(0-3歳)に多い | 全年齢層で発生 |
MRI所見 | 病型特異的(左右対称性病変が多い) | 不規則な分布の炎症性病変 |
治療方針 | 対症療法、免疫調整療法が中心 | 抗ウイルス薬、抗菌薬が効果的な場合も |
2. 予防戦略
急性脳症は完全な予防は困難ですが、リスク軽減策としては以下が考えられます。
・ワクチン接種の推奨
・解熱剤の適正使用
・早期受診の啓発
・ハイリスク患者の識別と注意喚起
急性脳症の予防には、医療従事者からの適切な情報提供と教育が重要です。特に小児科医は、急性脳症のリスクに関する情報を保護者に提供し、ワクチン接種や早期受診の重要性を伝える役割を担っています。
3. 最新の研究動向
急性脳症の病態解明と治療法の開発は現在も進行中です。
・バイオマーカー研究
・遺伝的素因の解析
・新規治療法の開発
これらの研究成果が臨床応用されれば、将来的には急性脳症の予後改善が期待されます。医療従事者は最新の研究動向にも注目し、エビデンスに基づいた診療を心がけることが重要です。
急性脳症の臨床・画像最新情報に関する詳細な専門情報
急性脳症の分類とけいれん重積型に関する専門論文
急性脳症は小児科領域における重要な緊急疾患であり、早期診断と適切な治療介入が予後を左右します。特にけいれん重積を伴う症例では、二相性の経過に注意を払い、適切なタイミングでの治療介入が求められます。また、後遺症管理においては多職種連携による包括的アプローチが重要です。医療従事者は急性脳症の最新の知見を継続的に更新し、エビデンスに基づいた診療を提供することが求められています。