髄液 検査と成分から分かる神経疾患の特徴

髄液検査は神経疾患の診断に欠かせない重要な検査です。髄液の成分や性状からどのような疾患が示唆されるのでしょうか?あなたは髄液の色調変化からどんな情報が得られるか知っていますか?

髄液 検査と成分の基礎知識

髄液検査の基本
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正常な髄液の特徴

無色透明で、細胞数5/mm³以下、蛋白15~45mg/dl、糖50~80mg/dl、圧力70~180mmH₂O

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検査の主な目的

髄膜炎、脳炎、くも膜下出血などの中枢神経疾患の診断や治療効果の評価

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異常所見の例

混濁(細菌性髄膜炎)、黄色調(くも膜下出血後)、クロール低下(結核性髄膜炎)など

髄液検査で測定される正常値と基準範囲

髄液検査は神経疾患の診断において非常に重要な役割を果たします。正確な診断のためには、各検査項目の正常値を理解することが不可欠です。髄液の正常値と基準範囲は以下の通りです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

検査項目 正常値
外観 無色透明
圧力 70~180 mmH₂O
細胞数 5/mm³以下(全て単核球)
蛋白質 15~45 mg/dl
50~80 mg/dl(髄液糖/血糖=0.6~0.8)
クロール 118~130 mEq/l
IgG 0.8~5.0 mg/dl
IgG index 0.7以下

髄液検査において注目すべき点は、髄液糖が血糖値の60~80%程度になることです。そのため、髄液検査時には同時に血糖値も測定することが重要です。また、IgG indexは(IgG髄液×アルブミン血清)/(IgG血液×アルブミン髄液)という式で計算され、これが0.7を超えると中枢神経系内でのIgG産生亢進を示唆します。

 

脳室穿刺と腰椎穿刺では得られる髄液の性状が若干異なり、腰椎穿刺で得られた髄液のほうが比重が大きく、タンパク量も多いという特徴があります。この違いは臨床的解釈において考慮する必要があります。

 

医療現場では、髄液検査の際に複数の試験管に分けて採取し、それぞれ細胞数測定、生化学検査、微生物学的検査などに使用します。これにより、一度の穿刺で多角的な情報を得ることができます。

 

髄液の性状と色調から読み取れる神経疾患

髄液の肉眼的性状は、神経疾患の診断における重要な手がかりとなります。健常な髄液は「水様透明」ですが、疾患により様々な変化が生じます。

 

混濁の評価:
髄液の混濁は主に白血球増加によって引き起こされます。その程度によって疾患を推測できます。

  • 日光微塵: 試験管を光にかざして振ると微細な粒子が見える状態で、白血球が200/μl程度で観察されます。ウイルス性髄膜炎などで認められます。
  • 明らかな混濁: 白血球が500/μl以上で発生し、重症の細菌性髄膜炎などで認められます。
  • 膿状の白濁: 重症細菌性髄膜炎または硬膜外腔の膿を穿刺した可能性があります。

色調の評価:
髄液の色調変化も重要な診断情報を提供します。

  • 血性髄液: 穿刺時の出血(外傷性)では徐々に血性が薄れますが、くも膜下出血脳出血の脳室穿破などでは持続的に血性髄液が流出します。
  • 黄色調(キサントクロミー): 髄液腔内での出血後、赤血球破壊によって生じた間接型ビリルビンによる色調です。出血後3時間以上経過後から認められ、1週間で最も著明となり、3~4週間持続します。また、髄液蛋白が150mg/dl以上に増加したときや黄疸の際にも認められます。
  • 黄色透明: 脊柱管腔閉塞や脳膿瘍などで見られることがあります。

これらの性状変化を詳細に観察することで、疾患の種類や進行度を推測することができます。例えば、結核性髄膜炎ではフィブリンが析出して「くも膜様」の外観を呈することがあります。

 

キサントクロミー(黄色調)の判定は、髄液の入ったスピッツを白いガーゼなどに透かして見て、わずかな着色があれば陽性と判定します。外傷性髄液との鑑別には、髄液を遠心し上清が透明なら外傷性、黄色ならキサントクロミー陽性と判断できます。

 

髄液成分の異常から診断できる代表的疾患

髄液検査から得られる情報は、様々な神経疾患の診断に役立ちます。主要な疾患ごとの特徴的な髄液所見について解説します。

 

細菌性髄膜炎の髄液所見:

  • 圧力:著明に上昇(↑↑↑)
  • 外観:膿様混濁
  • フィブリン析出:顕著(膜様塊)
  • 細胞数:1000/mm³以上と著増
  • 主要細胞:多形核球(好中球
  • 蛋白質:著増(↑↑)
  • 糖:著減(↓↓)
  • クロール:著減(↓↓)

細菌性髄膜炎では、グラム染色で原因菌を同定できることが多く、迅速な治療方針決定に役立ちます。

 

ウイルス性髄膜炎の髄液所見:

  • 圧力:軽度上昇(↑)
  • 外観:無色透明
  • 細胞数:軽度~中等度増加
  • 主要細胞:発症初期24~48時間は多形核球とリンパ球の混合、その後はリンパ球優位
  • 蛋白質:軽度上昇(↑)
  • 糖:通常は正常
  • クロール:正常または軽度変化(±)

ウイルス性髄膜炎の診断確定には、PCR検査でエンテロウイルスなどの原因ウイルスを同定することが有用です。

 

結核性髄膜炎の髄液所見:

  • 圧力:中等度上昇(↑↑)
  • 外観:無色透明または日光微塵
  • フィブリン析出:陽性(くも膜様)
  • 細胞数:200~500/mm³程度
  • 主要細胞:単核球
  • 蛋白質:中等度上昇(↑↑)
  • 糖:著減(↓↓)
  • クロール:著減(↓↓)

結核性髄膜炎では特に髄液クロールの低下が特徴的で、診断的価値が高いとされています。また、診断確定は難しく、PCRの感度は約50%であり、培養には最大8週間かかるため、強く疑われる場合は確定診断を待たずに治療を開始することが推奨されています。

 

くも膜下出血の髄液所見:

  • 圧力:中等度上昇(↑↑↑)
  • 外観:初期は血性、後期は黄染
  • フィブリン析出:顕著(↑↑↑)
  • 細胞数:増加(↑)
  • 主要細胞:単核球
  • 蛋白質:著増(↑↑↑)
  • 糖:減少(↓)

これらの典型的な髄液所見を理解することで、臨床症状と合わせた正確な診断が可能になります。各疾患の治療方針は髄液検査結果に大きく依存するため、髄液検査は神経疾患診療において不可欠な検査といえます。

 

髄液クロールと電解質検査の臨床的意義

髄液中の電解質、特にクロールの測定は、一見地味な検査項目ですが、神経疾患の診断において重要な意義を持っています。髄液クロールは正常値が120~130 mEq/Lで、血清値よりもやや高値を示すのが特徴です。

 

髄液クロールの臨床的意義:
髄液クロールは主に食塩に由来し、血液-髄液間の移行は比較的容易で、血清クロール値の変動とほぼ並行します。臨床的には低値のみが問題となり、以下のような意義があります。

  1. 結核性髄膜炎の診断: 髄液に細胞数増加と蛋白量増加をみたとき、同時に髄液クロールが著明に低下している場合は結核性髄膜炎が強く疑われます。これは結核性髄膜炎の診断において特に重要なマーカーとされています。
  2. 細菌性髄膜炎との鑑別: 細菌性髄膜炎でも髄液クロールは低下しますが、結核性髄膜炎ほど著明ではないことがあり、鑑別の手がかりになります。
  3. 治療効果のモニタリング: 治療により髄液クロール値が正常化していく過程を追うことで、治療効果の判定に役立てることができます。

髄液クロール低下の疾患別程度:

  • 高度減少:結核性髄膜炎
  • 軽度減少:急性細菌性髄膜炎、髄腔内腫瘍、低クロール血症、頭部外傷
  • 軽度減少~正常範囲:無菌性髄膜炎、多発性神経炎

髄液クロールが低下する機序としては、髄膜の炎症による血液脳関門の機能障害や、髄液産生・吸収のバランス異常などが考えられています。特に結核菌による持続的な炎症が、クロールの移行や代謝に影響を与えると推測されています。

 

なお、髄液検査において髄液クロールだけでなく、同時に血清クロール値も測定することが大切です。髄液で特に異常所見がない場合の髄液クロール低下は、血清クロールの低下による二次的現象の可能性があるためです。

 

髄液検査における最新のバイオマーカー研究と課題

神経疾患の早期診断や治療効果の評価において、従来の髄液検査項目に加えて、新たなバイオマーカーの研究が進んでいます。特に神経変性疾患認知症などの領域で、髄液バイオマーカーの臨床応用が拡大しています。

 

アルツハイマー病の髄液バイオマーカー:
アルツハイマー病診断において、現在最も確立された髄液バイオマーカーは以下の3つです。

  • アミロイドβ42(Aβ42):脳内のアミロイド沈着を反映して低下
  • リン酸化タウ蛋白(p-tau):神経原線維変化を反映して上昇
  • 総タウ蛋白(t-tau):神経細胞障害を反映して上昇

これらは「ATNシステム」と呼ばれる新しい研究枠組みで評価され、病態の進行度や治療の効果判定に役立てられています。

 

神経伝達物質代謝産物:
髄液中のホモバニリン酸(HVA)やセロトニン代謝産物の5-ヒドロキシインドール酢酸(5-HIAA)などの測定は、パーキンソン病精神疾患の病態解明に貢献しています。これらは従来の髄液成分検査では評価できない神経系の機能状態を反映します。

 

新型コロナウイルス感染症と髄液検査:
COVID-19の神経系合併症例では、髄液中の特異的サイトカインプロファイルや抗体反応が報告されており、神経症状を呈する患者の診断や予後予測の参考になる可能性があります。

 

神経フィラメント蛋白(NfL):
近年特に注目されているバイオマーカーで、神経軸索損傷のマーカーとして、多発性硬化症やALS(筋萎縮性側索硬化症)などの疾患活動性や治療反応性の評価に有用とされています。髄液だけでなく、超高感度測定法の開発により血清でも測定可能になってきました。

 

マイクロRNA:
髄液中に存在する小分子RNA(マイクロRNA)のプロファイリングが、神経変性疾患や脳腫瘍の診断マーカーとして研究されています。特定のマイクロRNAパターンが疾患特異的であることが示唆されています。

 

髄液バイオマーカー研究の課題:
新規バイオマーカーの臨床応用には以下のような課題があります。

  1. 標準化:測定法や基準値の標準化
  2. 再現性:異なる施設間での測定結果の再現性確保
  3. 費用対効果:高コストな検査の臨床的有用性の証明
  4. 非侵襲的代替法:腰椎穿刺に代わる非侵襲的な方法の開発

髄液検査は依然として神経疾患診断の「ゴールドスタンダード」ですが、今後は血液や尿などの非侵襲的サンプルによる代替マーカーの開発も進むと予想されます。しかし現時点では、確定診断や重症度評価において髄液検査の価値は揺るぎません。

 

バイオマーカー研究の進展により、将来的には疾患の早期診断や個別化医療の実現が期待されています。神経疾患の病態を詳細に反映する髄液成分の解析は、診断精度の向上だけでなく、新たな治療標的の発見にもつながる可能性があります。

 

髄液検査と脳脊髄液圧の関係性

髄液検査において、髄液圧(脳脊髄液圧)の測定は成分分析と同様に重要な意味を持ちます。正常な髄液圧は70~180 mmH₂Oであり、この範囲から外れる場合は様々な病態を示唆します。

 

髄液圧測定の方法:
腰椎穿刺時に針にあらかじめつないでおいた脳圧モニターを使用して測定します。測定値は患者の姿勢によって変化し、上体を起こして座った姿勢では頭蓋内と脊柱管の脳脊髄液の重みが穿刺部にかかるため高くなります。

 

標準的な測定姿勢は以下の通りです。

  • 患者を横向きに寝かせる
  • 腸骨稜と腰椎の棘突起が見分けやすいように背中を軽く曲げさせる
  • この状態で穿刺し圧を測定する

髄液圧異常と関連疾患:

  1. 髄液圧上昇(>180 mmH₂O):
    • 脳腫瘍
    • くも膜下出血
    • 髄膜炎(細菌性、結核性、ウイルス性)
    • 頭蓋内出血
    • 浮腫
    • 特発性頭蓋内圧亢進

    髄液圧が著しく上昇している場合、脳ヘルニアのリスクが高まります。検査中に髄液が勢いよく流れ出るなど、圧が高いと判断される場合は、測定値を待たずに素早く針を抜くことも重要です。

     

  2. 髄液圧低下(<70 mmH₂O):
    • 脱水
    • 髄液漏
    • 脊柱管狭窄
    • 血液量減少

クエッケンシュテット試験:
髄液圧に関連する特殊検査として「クエッケンシュテット試験」があります。これは頭蓋内の静脈とクモ膜下腔、および脊柱管内のクモ膜下腔が正常に交通しているかをみる試験です。

 

検査方法。

  • 髄液圧をモニターしながら両側の頚静脈を圧迫する
  • 正常では10秒以内に圧が100 mmH₂O以上上昇する
  • 圧迫をやめるとすぐに元に戻る

異常所見(クエッケンシュテット現象陽性)。

  • 頚静脈圧迫時に圧があまり上がらない
  • 圧迫解除後もなかなか元に戻らない
  • これらは頭蓋内の静脈や脊柱管の途中に閉塞があることを示唆する

特に「Tobey-Ayer徴候」として知られる現象では、静脈閉塞がある側の頚静脈を圧迫しても脳脊髄液圧は上がらないが、正常側を圧迫すると上昇します。

 

臨床的注意点:

  • クエッケンシュテット試験は脳圧を意図的に上げる試験なので、初期圧が既に高い場合は脳圧亢進症状を増悪させるリスクがあり、禁忌です。
  • 呼吸や姿勢の変化によって髄液圧は変動するため、測定時には患者の状態を安定させることが重要です。
  • 髄液圧と髄液成分の異常は必ずしも相関せず、それぞれ独立した診断価値を持ちます。

髄液圧測定は、特に頭痛、視力障害、意識障害などの症状がある患者において重要な診断情報を提供します。圧の異常と成分の異常を総合的に判断することで、より正確な診断が可能になります。