脳卒中後の片麻痺患者における麻痺側下肢の筋力低下は、単なる筋萎縮だけでなく、神経筋接合部での伝達異常や運動単位の動員障害など、複雑な病態生理を背景としています。上位運動ニューロンの障害により、下位運動ニューロンへの興奮性入力が減少し、随意運動の制御が困難になることが主因です。
参考)脳卒中片麻痺例に対する麻痺肢の筋力トレーニング (理学療法ジ…
麻痺側下肢の筋力低下には特徴的なパターンが認められます。特に最大速度での筋力低下が顕著であり、歩行能力は患側膝関節伸筋の動的筋力と強い相関を示すことが明らかになっています。これは、歩行のような動的な運動課題において、筋収縮速度が重要な役割を果たすことを示唆しています。
参考)302 Found
痙縮と筋力低下の関係も重要な要素です。Hallett(2003)の研究では、痙縮が筋力低下を増悪させる要因として、神経筋接合部でのシナプス伝達異常や筋線維の萎縮が関与すると指摘されています。しかし興味深いことに、痙縮は重度の筋弛緩性麻痺よりも機能的に有利であり、特に脚の痙縮では関節の支持性を向上させる要素として働くことが報告されています。
参考)療法士が解説!片麻痺の筋力低下へのアプローチ - 改善式リハ…
脳卒中片麻痺患者の下肢筋力と移動能力の関係を詳しく解説した論文(日本理学療法学会誌)
麻痺側下肢の筋力評価には、測定対象筋群、筋収縮様式、関節角度特性、運動様式などを考慮した適切な方法選択が重要です。等尺性筋力測定では、膝関節90度屈曲位での最大等尺性膝関節伸展筋力が広く用いられており、センサーアタッチメントを下腿遠位部前面に固定し、ベルトで椅子の脚に連結する方法が高い再現性を示します。この方法での級内相関係数(ICC)は0.97と報告され、ベルト不使用時の0.34に比べ、極めて良好な再現性が得られています。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/rika/26/3/26_3_377/_pdf
ハンドヘルドダイナモメーター(HHD)を用いた評価も臨床的に有用です。特にpull-type HHDは、機器本体の両端に環状のベルトが付属し、両端のベルトを牽引することでプルセンサーを介して筋力を測定でき、脚伸展筋力と膝伸展筋力の評価に適しています。この方法は簡便に測定でき、歩行能力を反映する下肢筋力測定法として臨床的評価意義が高いとされています。
参考)https://researchmap.jp/ytrst/published_papers/43477136/attachment_file.pdf
下肢荷重力測定も重要な評価指標です。体重計を用いた座位での下肢荷重力測定法は、脳卒中片麻痺患者の下肢機能評価として有用であり、下肢筋力比との関係が認められています。脳卒中片麻痺患者の下肢荷重力は、歩行、起立、移乗などの移動動作能力との関連が認められており、日常生活の自立を促すために重要な機能指標となります。
参考)http://aichi-npopt.jp/dl/ppr_21_03_kuda.pdf
| 評価方法 | 測定部位 | 信頼性(ICC) | 臨床的利点 | 
|---|---|---|---|
| 等尺性筋力計(ベルト固定法) | 膝関節伸展筋 | 0.97 | 高精度・再現性が高い | 
| Pull-type HHD | 脚伸展筋・膝伸展筋 | 測定精度±2% | 簡便・歩行能力を反映 | 
| 下肢荷重力測定 | 下肢全体 | 日間変動小 | ADL能力と相関 | 
課題特異的トレーニングとは、行為の状況や環境に配慮し、行動目標を明確にした上で多様な文脈の中で課題を設定し、難易度を調整しながら反復練習を行うことにより運動パフォーマンスの改善に導く治療方法です。脳卒中治療ガイドライン2015では課題反復訓練が推奨されており、エビデンスレベルの高い介入手法として認識されています。
参考)https://kinki56.umin.jp/cd/pdf/ippan/O4-4.pdf
歩行に類似した課題特異的な下腿三頭筋トレーニングは、等尺性足関節底屈筋力と歩行能力の改善に効果的です。このアプローチでは、実際の歩行動作における筋活動パターンを再現することで、機能的な筋力向上が期待できます。麻痺側に体重をかける運動において筋力増強が得られれば、立位動作や歩行動作などのパフォーマンスにも直接的な影響が及ぶと考えられています。
参考)脳卒中後の痙縮とリハビリテーション - 脳梗塞リハビリSSP…
具体的な自主トレーニング例として、座位での太腿上げ運動や膝伸ばし運動が有効です。太腿上げ運動は、歩く動作で足を前方に振り出す際に必要な股関節付け根の筋肉を強化します。椅子に座った姿勢で背もたれに寄りかからず、ゆっくり腿を上げて下げる動作を左右交互に10回程度行います。注意点として、腿を上げる際に膝が外を向かないようにすることが重要です。
参考)片麻痺者の下肢のリハビリ自主トレーニング - リニューロ・川…
歩行に類似した課題特異的トレーニングの効果に関する研究論文(理学療法学会誌)
片麻痺患者のバランス能力改善には、重心移動を意識したトレーニングが極めて重要です。脳卒中後の片麻痺患者は、麻痺側への体重移動が困難となり、歩行時の不安定性や転倒リスクが増大します。根本的な改善には、重心移動のやり方を身体に覚えさせることが必要不可欠です。
参考)バランスを上手にとりながら、 移動ができるようにトレーニング…
麻痺側への重心移動練習の即時効果として、歩行速度、歩幅、単脚立脚時間の非対称性改善が報告されています。麻痺側立脚期の床反力垂直成分が増加することで、麻痺側立脚期の荷重が促され、麻痺側の単脚立脚期割合が増加します。これにより非麻痺側の歩幅と股関節運動範囲が増加し、歩幅と単脚立脚時間の非対称性が改善すると考えられています。
参考)第49回日本理学療法学術大会/脳卒中後片麻痺者における麻痺側…
股関節を中心としたバランストレーニングも効果的です。Wiiボードを用いたkneeling exercise(膝立ち運動)により、片麻痺患者の随意的最大重心移動距離の即時的な改善が客観的に示されています。膝立ち姿勢で骨盤を左右に傾ける訓練では、なれてきたら片方により長く重心を移動できるようにすることで、動的バランス能力が向上します。
参考)股関節を中心としたバランストレーニングが脳卒中片麻痺患者の立…
興味深いことに、脳卒中後片麻痺者では麻痺側への重心移動を行っても静止立位と比較して麻痺側の下肢筋活動は増加しないという報告があります。このため、立位での麻痺側への重心移動練習により麻痺側への荷重は促せても、麻痺側下肢筋の筋活動は増加せず、同時活動にも変化が生じない可能性があります。一方、麻痺側への荷重が促されることにより、非麻痺側では歩行時の過剰な前脛骨筋の筋活動や代償的な同時活動が減少することが明らかになっています。
機能的電気刺激(Functional Electrical Stimulation: FES)は、中枢性神経障害による下肢麻痺に対して電気刺激を用いて麻痺筋を収縮させ、消失した機能を代償し実用動作を再建する治療法です。中枢神経障害による麻痺では末梢神経やその支配筋は正常な電気的興奮性が残存しているため、中枢からの運動指令の代わりにコンピュータなどの制御システムを用いて刺激を行い、麻痺肢の動作再建が可能となります。
参考)下肢機能障害に対する機能的電気刺激 (総合リハビリテーション…
FESの歴史は1961年のLibersonらによる片麻痺歩行における遊脚期の機能的足背屈の再建に遡ります。現在では脳卒中後片麻痺や脳性麻痺などの内反尖足、脊髄損傷後不全対麻痺の下垂足に対するFESは実用レベルに達しています。特に表面電極型FES機器は手術侵襲不要で比較的簡便に利用可能であり、現在市販されている下垂足に対するFES機器のほとんどが表面電極型です。
慢性期脳卒中片麻痺下肢に対するFESの効果として、表面電極型1チャンネルで総腓骨神経を刺激し足関節を背屈させることで、歩行能力の改善が報告されています。長期的な電気刺激トレーニングにより、麻痺筋の生理学的特性(トルク、疲労指数、増強指数、トルク-時間積分)が変化し、脛骨骨密度の増加も期待できます。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC3270314/
FESは使用する電極により表面電極型と埋め込み電極型に分類されます。埋め込み電極型では手術が必要ですが、埋め込み後は安定した刺激が可能です。一方、表面電極型は簡便性が高く、外来や在宅でも使用しやすいという利点があります。医療従事者としては、患者の病期、麻痺の程度、生活環境などを総合的に評価し、最適なFES機器を選択することが重要です。
慢性期脳卒中片麻痺下肢に対する機能的電気刺激の効果を検証した論文(日本リハビリテーション医学会誌)
片麻痺患者への筋力トレーニング実施において、最も重要かつ注意を要するのが痙縮のコントロールです。従来、痙縮筋に対する筋力トレーニングは痙縮を増悪させ異常運動パターンを増強するため禁忌と考えられてきました。しかし2000年代以降の研究により、適切な方法で実施された筋力トレーニングは痙縮を増悪させることなく麻痺肢の筋力を改善させることが明らかになっています。
参考)筋トレは超重要!!麻痺した腕・手にも筋力トレーニングは欠かせ…
痙縮の状態をコントロールしながら無理のない負荷量で筋トレを実施することが成功の鍵です。強い痙縮が見られる状態で無理に関節を動かそうとすると痛みが出現することがあるため、痙縮の程度を適切に評価し、その時々の状態に合わせてトレーニング負荷を調整する必要があります。
痙縮筋の筋出力特性として、手指などのような細かな動きは困難な場合が多いことが報告されています。このため、下肢のように比較的大きな筋群を対象とした課題では、筋力向上とパフォーマンス向上が直接的な関係を持ちやすいと考えられています。実際に麻痺側の足に体重をかける運動において筋力増強がみられれば、立位動作や歩行動作などのパフォーマンスにも影響されることが示されています。
筋力トレーニングの効果判定においても、単に筋力の数値だけでなく、痙縮の変化、日常生活動作の改善度、患者の主観的な動かしやすさなど、多角的な評価が重要です。医療従事者は頑張り過ぎて痙縮を悪化させていないかの前後比較を必ず実施し、エビデンスに基づいた安全で効果的な筋力トレーニングプログラムを提供する必要があります。
参考)https://www.noureha-shizuoka.com/news/505/
脳卒中片麻痺例に対する麻痺肢の筋力トレーニングの実際を解説した総説(理学療法ジャーナル)

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