炎症性腸疾患の種類と特徴的な症状及び治療

炎症性腸疾患の主要な種類とその特徴、原因、診断法、最新の治療法についての医療従事者向け解説。IBDの治療において、どのような新たなアプローチが効果的なのでしょうか?

炎症性腸疾患の種類と特徴

炎症性腸疾患の基本情報
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定義

炎症性腸疾患(IBD)は腸に慢性的な炎症を引き起こす疾患群で、主に潰瘍性大腸炎とクローン病が含まれる

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疫学

日本では潰瘍性大腸炎約17万人、クローン病約4万人の患者数で増加傾向

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病態

免疫機構の異常により自己の腸組織を攻撃することで炎症が持続し、寛解と再燃を繰り返す

炎症性腸疾患における潰瘍性大腸炎の特徴と症状

潰瘍性大腸炎は炎症性腸疾患の主要な種類の一つで、大腸の粘膜に限局した炎症を特徴とします。主に直腸から始まり、連続的に口側へと炎症が広がることが特徴的です。患者の病変範囲によって、直腸炎型、左側大腸炎型、全大腸炎型(脾弯曲部より口側まで広がるもの)に分類されます。

 

潰瘍性大腸炎の原因は現在でも完全には解明されていませんが、腸内細菌叢や食生活、免疫機構などの複合的な要因が関与していると考えられています。遺伝的素因と環境因子を背景として生じる異常な免疫反応や炎症が発症に関係していることが最近の研究で示唆されています。

 

典型的な症状としては、粘血便や下痢、腹痛、腹部不快感などの消化器症状が主体となります。重症度によって症状は異なり、軽症例では便に少量の血液が混じる程度から、重症例では1日に20回以上の下痢や血便、発熱、体重減少、貧血などの全身症状を伴います。また、皮膚、関節、眼などに腸管外合併症を生じることもあります。

 

診断は、症状の経過と内視鏡検査が中心となります。特に大腸内視鏡検査では直腸から連続的に広がるびらんや潰瘍の所見が特徴的です。生検による組織学的検査も診断に重要で、感染性腸炎や薬剤性腸炎などの鑑別が必要です。血液検査では炎症マーカーの上昇や貧血の評価を行い、便検査では感染症の除外を目的として実施します。

 

潰瘍性大腸炎は長期罹患例では大腸がんのリスクが高まることが知られており、発症から10年以上経過した全大腸炎型の患者では定期的な内視鏡サーベイランスが推奨されています。早期発見と適切な治療により、大腸がんのリスクを減少させることが可能です。

 

炎症性腸疾患のクローン病:診断と治療の進展

クローン病は炎症性腸疾患のもう一つの主要な疾患で、口腔から肛門までの全消化管に非連続性かつ全層性の炎症を引き起こす特徴があります。モントリオール分類によると、小腸型(L1)、大腸型(L2)、小腸大腸型(L3)、上部病変(L4)に分類され、さらに疾患の病態として非狭窄非穿通型(炎症型、B1)、狭窄型(B2)、穿通型(B3)に分類されます。

 

クローン病の原因も潰瘍性大腸炎と同様に完全には解明されていませんが、遺伝的要因、食事や腸内細菌叢の影響により免疫機能の異常が生じることで発症すると考えられています。若年者、特に10〜20代の男性に好発する傾向があります。

 

クローン病の主な症状は、腹痛、下痢、血便、体重減少などですが、消化管の狭窄によって腹部膨満感や腸閉塞症状を呈することもあります。また、肛門周囲膿瘍や痔瘻などの肛門病変を合併することが多く、特に日本人患者では肛門病変の頻度が高いことが特徴的です。腸管外合併症として、関節炎、皮膚病変(結節性紅斑、壊疽性膿皮症など)、眼病変(虹彩炎、ブドウ膜炎など)を伴うこともあります。

 

診断には、下部消化管内視鏡検査、上部消化管内視鏡検査、小腸内視鏡(小腸カプセル内視鏡または小腸バルーン内視鏡)などの内視鏡検査が重要です。内視鏡検査では、縦走潰瘍や敷石像などのクローン病に特徴的な所見を確認します。また、小腸病変の評価にはMRエンテログラフィーなどの画像検査も活用されています。

 

治療アプローチは、病変の範囲や重症度、合併症の有無などによって異なります。大きく分けて、寛解導入療法と寛解維持療法に分けられます。従来はステップアップ療法(5-ASA製剤やアザチオプリンから開始し、効果不十分な場合に生物学的製剤へ移行)が主流でしたが、近年は重症例や合併症リスクの高い症例ではトップダウン療法(早期から生物学的製剤を導入)が選択されることも増えています。

 

クローン病の特徴的な合併症として、腸管狭窄、瘻孔形成、腹腔内膿瘍などがあり、これらの合併症に対しては内視鏡的バルーン拡張術や外科手術が必要となることがあります。特に、内科的治療で効果不十分な腸管狭窄例では内視鏡的バルーン拡張術が良い適応となります。

 

炎症性腸疾患の特異的な種類と原因

炎症性腸疾患(IBD)という用語は、一般的には原因不明の非特異的な慢性炎症性疾患である潰瘍性大腸炎とクローン病を指すことが多いですが、原因が特定できる特異的な炎症性腸疾患も存在します。これらの特異的IBDは、病態生理の理解と適切な治療法の選択において重要です。

 

感染性腸炎は、特異的IBDの代表的な疾患です。細菌(サルモネラ、カンピロバクター、クロストリジウム・ディフィシルなど)、ウイルス(ノロウイルス、ロタウイルスなど)、寄生虫(アメーバ赤痢など)による感染が原因で発症します。急性の下痢、腹痛、発熱、嘔吐などの症状を呈し、適切な抗菌薬や対症療法により改善します。抗菌薬が無効な場合や症状が遷延・再発する場合には、非特異的IBDの可能性も考慮する必要があります。

 

薬剤性腸炎は、薬剤の副作用によって引き起こされる炎症性腸疾患です。非ステロイド性抗炎症薬NSAIDs)や低用量アスピリンなどが代表的な原因薬剤として知られています。特に高齢者や腎不全、白血病などの基礎疾患を持つ患者でリスクが高まります。原因薬剤の中止により症状は改善することが多いですが、粘膜障害が重度の場合は回復に時間を要することもあります。

 

虚血性腸炎は、腸管への血流が一時的に減少または途絶することによって生じる炎症性疾患です。主に高齢者に多く、突然の腹痛に続いて血便が出現することが特徴です。基礎疾患として動脈硬化、心疾患、低血圧、脱水などがリスク因子となります。多くの場合は保存的治療で改善しますが、腸管壊死を伴う重症例では外科的介入が必要となることもあります。

 

放射線性腸炎は、骨盤や腹部への放射線治療後に生じる腸管の炎症性変化です。急性期と慢性期があり、急性期は放射線照射中または照射後すぐに発症し、一過性の下痢や腹痛などの症状を呈します。慢性期は照射後数ヶ月から数年経過後に発症し、腸管の線維化による狭窄や出血などの症状が現れます。予防としては放射線照射量の最適化や技術的工夫が重要で、治療は対症療法が中心となります。

 

これらの特異的IBDは、非特異的IBDとは病態が異なるため、正確な鑑別診断が治療方針の決定に重要です。特に非特異的IBDの診断は、特異的IBDを除外することから始まります。便培養検査や薬剤歴の確認、血管評価、放射線治療歴の確認などが鑑別診断において重要な役割を果たします。

 

炎症性腸疾患と腸管ベーチェット病の関連性

腸管ベーチェット病は、全身性ベーチェット病の一病型として、消化管、特に回盲部に潰瘍性病変を形成する比較的まれな炎症性腸疾患です。ベーチェット病は、「難治性口腔内潰瘍」、「外陰部潰瘍」、「眼症状」、「皮膚症状」を4大主症状とする全身性の炎症性疾患ですが、約20%の患者に消化管病変が合併するといわれています。

 

腸管ベーチェット病の特徴的な内視鏡所見は、回盲部(小腸と大腸の繋ぎ目)に生じる境界明瞭な深い潰瘍です。この特徴的な潰瘍性病変を認め、他疾患(クローン病や感染性腸炎、薬剤性腸炎)が否定された場合に診断されます。症状としては、腹痛、下痢、血便などのIBDに共通する症状に加え、発熱や全身倦怠感などの全身症状も伴います。

 

腸管ベーチェット病はクローン病との鑑別が難しい場合があります。両疾患とも回盲部に好発し、深い潰瘍を形成するという共通点があるためです。また、ベーチェット病の口腔内アフタ性潰瘍とクローン病の口腔内病変も類似することがあります。鑑別のポイントとしては、腸管ベーチェット病では典型的には単発の大きな潰瘍を形成するのに対し、クローン病では多発する小さな潰瘍が特徴的であることや、全身症状の違いなどが挙げられます。

 

腸管ベーチェット病の治療には、5-ASA製剤、ステロイド、アザチオプリンなどの免疫抑制薬が用いられます。しかし、これらの従来治療に抵抗性の場合や重症例では、抗TNFα抗体などの生物学的製剤が有効とされています。特に、インフリキシマブアダリムマブなどの抗TNFα抗体は、腸管ベーチェット病の難治例に対して高い有効性が報告されています。

 

腸管ベーチェット病の予後は一般的に不良とされていました。消化管穿孔や大量出血などの重篤な合併症を来すリスクがあるためです。しかし、近年の生物学的製剤の登場により、予後は改善傾向にあります。それでも、治療抵抗性の症例や再燃を繰り返す症例も少なくなく、長期的な経過観察と適切な治療介入が必要です。

 

腸管ベーチェット病は全身性疾患であるため、消化器内科だけでなく、眼科、皮膚科、口腔外科など複数の診療科が連携した集学的アプローチが重要です。特に眼病変(ブドウ膜炎)は失明のリスクがあるため、早期発見と適切な治療が不可欠です。また、血管炎による血管病変(動脈瘤や静脈血栓など)にも注意が必要です。

 

炎症性腸疾患治療における生物学的製剤の革新的役割

炎症性腸疾患(IBD)の治療は、この10年間で大きく進歩しており、特に生物学的製剤の登場がIBD治療のパラダイムシフトをもたらしました。従来の治療薬(5-ASA製剤、ステロイド、免疫調節薬など)では十分な効果が得られなかった中等症から重症の患者に対して、生物学的製剤は高い有効性を示しています。

 

生物学的製剤の中でも、抗TNFα抗体(インフリキシマブ、アダリムマブ、ゴリムマブなど)は、IBD治療の第一線となっています。TNF(腫瘍壊死因子)αは炎症を促進するサイトカインの一種で、IBDの病態形成に重要な役割を果たしています。抗TNFα抗体はこのTNFαの作用を阻害することで、腸管の炎症を抑制します。特にクローン病に対しては、粘膜治癒率の向上や手術率の低下など、従来の治療法では達成困難だった治療効果が報告されています。

 

近年では、抗TNFα抗体以外の新たな作用機序を持つ生物学的製剤も開発されています。インテグリン阻害薬(ベドリズマブなど)は、炎症性リンパ球の腸管への遊走を選択的に阻害することで、全身性の免疫抑制を最小限に抑えながら腸管の炎症を抑制します。また、インターロイキン(IL)-12/23阻害薬(ウステキヌマブなど)やIL-23選択的阻害薬(リサンキズマブなど)は、炎症性サイトカイン経路を標的とする新しいクラスの生物学的製剤です。

 

さらに、JAK阻害薬(トファシチニブウパダシチニブなど)といった低分子化合物も新たな選択肢として登場しています。これらは注射ではなく経口投与が可能で、複数のサイトカイン経路を同時に阻害することができるという特徴があります。

 

生物学的製剤の最適な使用タイミングについては議論が続いていますが、早期導入が長期予後の改善につながるというエビデンスが蓄積されつつあります。従来のステップアップ療法(軽度の薬剤から段階的に強力な薬剤へ移行する方法)に対し、高リスク患者には早期から生物学的製剤を導入するトップダウン療法の有効性が示されています。特に、若年発症、広範囲病変、深い潰瘍、瘻孔形成、ステロイド依存性などの予後不良因子を持つ患者では、早期からの生物学的製剤の導入を積極的に検討する傾向にあります。

 

生物学的製剤の使用において課題となるのが、二次無効(初期は有効だが経過とともに効果が減弱する現象)です。これには、抗薬物抗体の産生や薬物クリアランスの亢進などが関与しています。二次無効への対策として、免疫調節薬との併用療法や血中薬物濃度モニタリングに基づく投与量・間隔の最適化(Therapeutic Drug Monitoring: TDM)が推奨されています。また、作用機序の異なる別の生物学的製剤への切り替え(スイッチング)も有効な戦略となります。

 

生物学的製剤の安全性については、感染症(特に結核日和見感染症)、悪性腫瘍脱髄疾患などのリスクが懸念されています。そのため、治療開始前のスクリーニング検査(結核、B型肝炎、C型肝炎など)や、治療中の定期的なモニタリングが重要です。また、ワクチン接種についても、生物学的製剤導入前に計画的に行うことが推奨されています。

 

近年、バイオシミラー(生物学的製剤の後続品)の承認・普及も進んでおり、医療経済的側面からもIBD治療のアクセス向上に寄与しています。オリジナル製剤と同等の有効性・安全性が確認されており、適切に使用されれば治療の選択肢を広げることができます。