動脈瘤とは、動脈壁の一部が弱くなることで風船状に膨らんだ状態を指します。発生部位によって症状や危険性、治療法が大きく異なるため、正確な知識が重要です。動脈瘤は主に脳動脈瘤、胸部・腹部大動脈瘤、末梢動脈瘤(膝窩動脈瘤、大腿動脈瘤など)に分類されます。
脳動脈瘤は脳血管の分岐部に多く発生し、人口の約3%が保有しているという報告があります。多くの場合は無症状ですが、大きくなると周囲の神経を圧迫し、以下のような症状を引き起こすことがあります。
特に大型の脳動脈瘤では、視神経や目を動かす神経(動眼神経、外転神経)を圧迫することで視力障害や複視といった神経症状を呈することがあります。
胸部大動脈瘤は無症状で経過することが多いですが、急速に拡大する場合には「背中を殴られたような激しい背部痛」が特徴的な症状です。また、位置によっては以下の症状も現れます。
腹部大動脈瘤では、お腹に拍動する塊を自覚することがありますが、多くは無症状で偶然の画像検査で発見されることが一般的です。
末梢動脈瘤(膝窩動脈瘤や大腿動脈瘤)も多くは無症状ですが、内部に血栓が形成されると、それらの血栓が剥がれ落ちたもの(塞栓子)が血流に乗って移動し、末梢の動脈をふさいでしまう可能性があります。この場合、以下のような症状が突然現れます。
動脈瘤の発生要因としては、高血圧、喫煙、動脈硬化、家族歴、加齢、結合組織疾患(マルファン症候群など)、感染などが挙げられます。これらの危険因子を複数持つ方は特に注意が必要です。
脳動脈瘤の最も危険な合併症は破裂によるくも膜下出血です。破裂率は年間約1%とされていますが、動脈瘤の大きさ、形状、部位、患者の年齢や基礎疾患などによってリスクは異なります。
破裂リスクを高める主な因子には以下のものがあります。
脳動脈瘤が破裂すると、約15%の患者は病院到着前に死亡し、到達しても約30%が1か月以内に死亡するという深刻な統計があります。さらに、生存者も約30%が神経学的後遺症を残すとされています。
破裂した場合の結果は不良で、出血により突然死の原因にもなります。全国で年間8万例の急死例の内の約1割が動脈瘤の破裂と推定されています。
したがって、リスク因子を持つ方は早期発見のためのスクリーニングが重要です。特に以下の場合はスクリーニングを検討すべきでしょう。
スクリーニング検査としては、MRIの一種であるMR血管撮影(MRA)が推奨されます。被曝がなく、造影剤なしでも検査可能なため、定期的なフォローアップにも適しています。
早期発見された未破裂脳動脈瘤の治療成績は、破裂後の緊急治療に比べて格段に良好です。予防的治療の周術期合併症率は数%程度であり、適切な治療選択により長期的な予後が期待できます。
脳動脈瘤の治療法は、大きく分けて「開頭クリッピング術」と「血管内治療(コイル塞栓術)」の2つがあります。どちらの治療法を選択するかは、動脈瘤の部位、サイズ、形状、患者の年齢や全身状態などを総合的に判断して決定されます。
【開頭クリッピング術】
開頭クリッピング術は、頭蓋骨の一部を一時的に取り外し(開頭)、脳の表面から動脈瘤にアプローチする外科手術です。手術用顕微鏡を用いて動脈瘤を直接観察しながら、動脈瘤の根元(ネック)にチタン製のクリップを装着して血流を遮断します。
この治療法の特徴は以下の通りです。
一方、侵襲性が高く、開頭による合併症リスクや入院期間の長期化などのデメリットもあります。
【コイル塞栓術】
コイル塞栓術は、カテーテルという細い管を足の付け根(大腿動脈)から挿入し、X線透視下で脳血管を通って動脈瘤まで誘導します。動脈瘤内にプラチナ製の極細コイルを詰めていくことで、動脈瘤内の血流を遮断する方法です。
この治療法の特徴は以下の通りです。
ただし、動脈瘤の再開通リスクがあり、長期的な経過観察が必要となります。また、動脈瘤の形状によっては適応できない場合もあります。
両治療法の比較表。
比較項目 | 開頭クリッピング術 | コイル塞栓術 |
---|---|---|
侵襲性 | 高い | 低い |
入院期間 | 2~3週間 | 1週間程度 |
再発率 | 低い | やや高い |
完全閉塞率 | 高い | 中程度 |
合併症リスク | 開頭に伴うリスクあり | 血管損傷や血栓塞栓症のリスク |
適応範囲 | 広い(複雑な形状も可) | やや限定的 |
長期フォロー | 少なくて済む | 定期的な画像検査が必要 |
患者選択においては、若年者(50歳未満)、ワイドネックの動脈瘤、複雑な形状の動脈瘤では開頭クリッピング術が選ばれる傾向があります。一方、高齢者、全身状態不良例、深部に位置する動脈瘤ではコイル塞栓術が選択されることが多いです。
適切な治療法選択のためには、脳神経外科医と脳血管内治療医を含む専門チームによる症例カンファレンスで十分に検討することが重要です。国立循環器病研究センターでは「脳神経外科全体カンファレンス」で各症例について偏りのない議論を行っているとのことです。
近年、従来の治療法では対応が難しかった脳動脈瘤に対する新たな選択肢として「フローダイバーター治療」が注目されています。これは比較的新しい血管内治療デバイスを用いる方法で、従来のコイル塞栓術とは異なるアプローチで脳動脈瘤を治療します。
フローダイバーターは、通常の頭蓋内動脈瘤ステントよりもメッシュの細かな筒型の治療器機です。この特殊なステントを動脈瘤の親血管に留置することで、動脈瘤への血流を大幅に減少させ、親血管の血流は維持したまま動脈瘤内に血栓を形成させて閉塞に導きます。
フローダイバーター治療の特徴は以下の通りです。
特に効果が期待できるのは、以下のような脳動脈瘤です。
フローダイバーター治療は、従来の血管内治療や開頭クリッピング術では根治が難しかった症例にも応用できる画期的な方法ですが、すべての動脈瘤に適用できるわけではありません。現在、どの動脈瘤にも適応となるわけではなく、すぐに破裂予防効果がある治療ではないため、動脈瘤の大きさや部位、分岐している血管の有無などにより向き不向きがある治療です。
治療後は徐々に動脈瘤内の血流が減少し、約6ヶ月から1年かけて完全閉塞に至ることが多いとされています。これにより動脈瘤そのものを小さくする新しいタイプの治療です。
フローダイバーター治療の効果についての国際的な研究では、治療後1年での動脈瘤完全閉塞率は約80-90%と報告されており、従来の治療法で対応困難だった症例においても良好な成績を示しています。
日本では2015年にPIPELINE Flex(パイプラインフレックス)が保険適用となり、その後もSurpass Streamline(サーパスストリームライン)、FRED(フレッド)といった新しいフローダイバーターデバイスが次々と承認されています。新しいデバイスは操作性や柔軟性が向上し、より安全に治療できるようになっています。
聖隷浜松病院のフローダイバーター治療に関する情報
ただし、分岐血管を含む動脈瘤や出血発症例では適応が限られるため、専門医による慎重な適応判断が重要です。治療の選択肢として考慮する際には、各治療法のリスクとベネフィットを医師と十分に相談することをお勧めします。
動脈瘤治療が成功したあとも、長期的な経過観察と適切な生活習慣の改善が再発予防に極めて重要です。特に治療法によって経過観察の方法や頻度が異なるため、医師の指示に従って定期的な検査を受けることが必要です。
【治療法別の経過観察】
開頭クリッピング術後。
コイル塞栓術後。
フローダイバーター治療後。
ステントグラフト治療後。
【動脈瘤再発予防のための生活改善】
動脈瘤の発生や成長に関わる危険因子をコントロールすることが長期的な予防につながります。
また、動脈瘤治療後に注意すべき症状としては、突然の頭痛、嘔吐、視力障害、意識障害などがあります。これらの症状が現れた場合は、再破裂や他の合併症の可能性があるため、直ちに医療機関を受診すべきです。
動脈瘤の治療後も別の部位に新たな動脈瘤が発生するリスクがあるため、定期的な画像検査による全脳血管の評価が重要です。特に多発性動脈瘤の既往や家族歴のある方は、より慎重なフォローアップが必要です。
末梢動脈瘤の場合でも、感染を起こした動脈瘤に対しては、抗菌薬または抗真菌薬による治療が必要になりますが、冠動脈瘤では拡大した動脈瘤内で血栓を形成して心筋梗塞を生じる危険性があるため、動脈瘤を前後で結紮閉塞して、動脈瘤より末梢にはバイパス術を行う手術治療が行われます。
患者さんやご家族は、動脈瘤の症状や緊急時の対応について十分に理解しておくことで、万が一の事態に備えることができます。地域の救急医療体制や脳神経外科の専門施設についての情報も日頃から把握しておくことをお勧めします。
以上、動脈瘤治療後の経過観察と生活改善のポイントについて解説しました。適切な術後管理と生活習慣の改善によって、長期的に良好な予後を期待できます。不安なことや疑問点があれば、担当医に相談することが大切です。