感染性腸炎の症状と治療方法:診断から予防まで

感染性腸炎の症状と治療方法について、診断のポイントから抗菌薬使用の判断基準、重症化予防まで医療従事者向けに詳しく解説します。適切な治療選択ができていますか?

感染性腸炎の症状と治療方法

感染性腸炎の症状と治療方法
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症状と診断

下痢・腹痛・発熱など主要症状の評価と鑑別診断のポイント

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治療法と薬物療法

対症療法中心のアプローチと整腸剤・制吐剤の適切な使用

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抗菌薬使用基準

抗菌薬投与の適応判断と薬剤選択の根拠

感染性腸炎の症状と診断のポイント

感染性腸炎の症状は、下痢がほぼ必発であり、発熱、腹痛、悪心、嘔吐などの急性胃腸炎症状を呈します。症状の評価においては、原因微生物による違いを理解することが重要です。

 

主要症状の特徴

  • 下痢:ほぼ全例で認められ、回数や性状が診断の手がかりとなる
  • 発熱:細菌性腸炎でより頻度が高く、38℃以上の高熱を呈することが多い
  • 腹痛:カンピロバクター感染症では激しい腹痛が特徴的
  • 血便:細菌性腸炎、特に腸管出血性大腸菌感染で高頻度に認められる
  • 嘔吐:ノロウイルス感染症では急激な嘔吐から始まることが典型的

診断における重要な背景因子の評価
診断においては、年齢、主症状の頻度と重症度、発症時期、食歴、渡航歴、既往歴(免疫不全の有無)、職業などの背景因子を総合的に評価する必要があります。

 

特に食歴の聴取では、鶏肉(カンピロバクター)、牡蠣(ノロウイルス)、魚介類(腸炎ビブリオ)、鶏卵や牛肉(サルモネラ)といった食品と起因菌の関連性を把握することが診断の精度向上につながります。

 

潜伏期間も重要な診断指標であり、カンピロバクターでは3-5日と比較的長く、ノロウイルスでは1-2日程度と短いという特徴があります。

 

検査所見の解釈
便培養検査は確定診断に必要ですが、結果が得られるまでに時間を要するため、初診時には最も疑わしい感染症を想定した治療開始が求められます。ノロウイルスの糞便抗原検査は3歳未満・65歳以上のみ保険適用ですが、偽陰性例も多く、陰性でも感染を否定できない点に注意が必要です。

 

感染性腸炎の治療法と薬物療法

感染性腸炎の治療は対症療法が基本となり、多くの症例で自然治癒が期待できます。治療方針の決定においては、脱水の評価と補液の必要性、原因菌に対する抗菌薬投与の2点が重要なポイントとなります。

 

対症療法の具体的アプローチ

  • 整腸剤・乳酸菌製剤:腸内細菌叢の回復を促進(ビフィズス菌製剤3g/日を3回分割投与)
  • 制吐剤:メトクロプラミド10mg/回、1日3回投与で症状緩和
  • 解熱剤:400mg/回、必要時投与で発熱コントロール
  • 輸液療法:脱水症状に対する早期の補液が重要(AⅠ推奨)

使用を避けるべき薬剤
下痢止めや鎮痙薬は、腸管内容物の停滞時間を延長し、毒素の吸収を助長する可能性があるため原則的に使用しません。これは毒素産生菌による感染症では特に重要な注意事項です。

 

漢方薬の活用
対症療法として漢方薬も有効な選択肢となります。

  • 五苓散:下痢、吐き気、胃腸炎に効果
  • 柴苓湯:下痢、胃腸炎、吐き気、食欲不振の改善
  • 人参湯:下痢、嘔吐、胃痛、胃炎に適応
  • 六君子湯:食欲不振、吐き気・嘔吐、消化不良に有効

治療期間の目安
軽症例の90%が7日以内に回復し、中等症では10-14日、重症例では2-3週間の治療期間を要するとされています。ウイルス性腸炎では一般的に3-4日程度で症状が軽快することが多く、対症療法により72時間以内に80%の患者で症状改善が期待できます。

 

感染性腸炎における抗菌薬使用の判断基準

感染性腸炎における抗菌薬使用は、細菌性腸炎の多くが対症療法のみで軽快するため、限定的な適応となります。抗菌薬投与の判断には、起因菌、患者背景、重症度を総合的に評価することが必要です。

 

抗菌薬投与が必須となる感染症

抗菌薬投与を検討すべき条件
サルモネラ腸炎では、一般的に抗菌薬投与により排菌期間が延長する可能性があるため原則不要ですが、以下の場合は治療適応となります。

  • 生後6か月未満の乳児
  • 細胞性免疫不全状態(HIV感染症、ステロイド投与中、担癌患者など)
  • 血管移植や人工関節などの人工物留置
  • 50歳以上の高齢者
  • 菌血症が疑われる重症例

薬剤選択の実際
原因菌が不明な段階でのエンピリック治療では、ニューキノロン系抗菌薬もしくはホスホマイシンが選択されます。ただし、東南アジア・南アジアではキノロン系薬剤耐性カンピロバクターが高頻度に検出されるため、渡航先によってはアジスロマイシンなどのマクロライド系薬剤の選択が必要です。

 

重症化の判断基準
カンピロバクター感染症では、以下の基準で重症例を判定し、抗菌薬療法を検討します。

  • 38℃以上の発熱
  • 1日10回以上の下痢
  • 血便
  • 腹痛や嘔吐

    これらのうち、1日10回以上の下痢ともう1項目以上が認められる場合は重症例として治療適応となります。

     

感染性腸炎の重症化予防と管理

感染性腸炎の重症化予防には、早期の適切な評価と介入が重要です。特に小児や高齢者、免疫不全患者では重篤な状態になりやすく、体内の水分量バランスが崩れることで腎不全などの合併症を発症するリスクがあります。

 

脱水症状の評価と管理
脱水症状の早期発見と適切な補液が治療の要となります。外来での経口補水液(OS-1、ポカリスエットなど)による水分補給を基本とし、強い脱水症状を呈する場合は点滴による輸液療法を実施します。

 

入院適応の判断基準として、以下の症状を総合的に評価します。

  • 食事や水分摂取が困難な状態
  • 重度の脱水症状
  • 持続する高熱(38℃以上)
  • 血便を伴う激しい下痢
  • 意識レベルの低下

合併症への注意とモニタリング
感染性腸炎では以下のような重篤な合併症を念頭に置いた管理が必要です。

  • 腸管出血性大腸菌(EHEC)による溶血性尿毒症症候群(HUS)
  • サルモネラ腸炎による敗血症
  • カンピロバクター腸炎後のギラン・バレー症候群(GBS)
  • ボツリヌス菌による球麻痺・眼症状
  • アメーバ性腸炎による肝膿瘍

長期管理と経過観察
症状が長期化する場合や血便が持続する場合は、大腸癌や潰瘍性大腸炎などとの鑑別が必要となるため、大腸内視鏡検査による精査を検討します。

 

また、抗菌薬関連腸炎(CDAD)の可能性も常に念頭に置き、抗菌薬投与歴の詳細な聴取と、必要に応じたCDトキシン検査の実施が重要です。

 

栄養管理と食事療法
急性期は腸の安静を保つため、消化器に負担をかけない消化の良い食事を心がけます。重篤な消化器症状を呈する場合は一時的な絶食も考慮しますが、早期の経腸栄養再開が腸管機能の回復に重要です。

 

感染性腸炎の予防と院内感染対策

医療機関における感染性腸炎の予防と院内感染対策は、患者・職員・来院者の安全確保において極めて重要です。特にノロウイルスなどの高い感染力を持つ病原体では、適切な感染対策の実施が集団感染の防止に直結します。

 

標準予防策の徹底
基本的な感染予防対策として、以下の手順を確実に実施します。

  • 正しい手洗い:石鹸と流水で20秒以上の手洗いを実施
  • アルコール系手指消毒剤:ノロウイルスには効果が限定的なため、手洗いを優先
  • 個人防護具(PPE):手袋、ガウン、マスクの適切な着脱
  • 環境清拭:次亜塩素酸ナトリウム(0.1%溶液)による清拭・消毒

ノロウイルス特有の対策
ノロウイルス感染症では通常のアルコール消毒では不十分であり、以下の特別な対策が必要です。

  • 嘔吐物・排泄物の処理:塩素系消毒薬による迅速な処理
  • タオルなどの共有禁止:感染拡大防止のため個人専用化
  • 調理従事者の健康管理:二次汚染防止のための体調チェック
  • 患者隔離:可能な限り個室管理または同症状患者でのコホート

職員教育と感染対策チーム
医療従事者への継続的な教育プログラムの実施により、感染対策の質的向上を図ります。感染制御チーム(ICT)と連携し、以下の取り組みを推進します。

  • 定期的な感染対策研修の実施
  • 感染症発生時の迅速な対応手順の確立
  • サーベイランスシステムによる感染動向の監視
  • アウトブレイク発生時の初動対応マニュアルの整備

外来診療における工夫
感染性腸炎患者の外来診療では、待合室での感染拡大防止が重要課題となります。可能な限り隔離された診察室の使用や、診察順序の調整により、他の患者への感染リスクを最小化します。

 

また、患者・家族への適切な指導により、家庭内感染の防止も重要な取り組みとなります。特に小児患者では、保護者への詳細な説明と具体的な対策指導が感染拡大防止に効果的です。

 

日本大腸肛門病学会による感染性腸炎の詳細な診療指針
https://www.coloproctology.gr.jp/modules/citizen/index.php?content_id=4
JAID/JSC感染症治療ガイドラインによる腸管感染症の標準的治療指針
https://www.kansensho.or.jp/uploads/files/guidelines/guideline_JAID-JSC_2015_intestinal-tract.pdf