サルモネラは腸内細菌科に属するグラム陰性の通性嫌気性桿菌で、周毛によって運動性を示します。特に胃腸炎をおこすサルモネラは亜種Iの菌種のみで、その他のサルモネラは非病原性菌とされています。
参考)https://id-info.jihs.go.jp/diseases/sa/salmonella/010/salmonella.html
サルモネラは自然界のあらゆるところに生息し、家畜(ブタ、ニワトリ、ウシ)の腸管内では常在菌として保菌していることが知られています。また、ペット、鳥類、爬虫類、両生類も保菌しており、特にミドリガメもサルモネラを保菌していることが重要です。
参考)https://kawakamiclinic.or.jp/syoni/tips/%E3%82%B5%E3%83%AB%E3%83%A2%E3%83%8D%E3%83%A9%E6%84%9F%E6%9F%93%E7%97%87/
疫学的には、1980年後半からS.Enteritidisが鶏卵関連の食中毒で大型の事例を引き起こすようになり、学校、福祉施設、病院で多発しています。細菌性胃腸炎の中では、サルモネラ胃腸炎はカンピロバクター胃腸炎に次いで多くみられ、近年減少したものの、細菌性食中毒の事件数、患者数でともに2~3割程度を占めています。
参考)https://www.jspid.jp/wp-content/uploads/pdf/02503/025030281.pdf
乾燥に強い特性があり、二次感染がおきやすい傾向があります。サルモネラ食中毒は夏季に多く発生し、飲食店、保育所、老人施設、学校、家庭などでも発生します。
参考)https://www.m-ipc.jp/what/salmonella/
カンピロバクター(Campylobacter jejuni/coli)は、ヒトの腸炎の病原菌として1970年以降に広く認識された新興感染症の一つです。多くの先進諸国においてカンピロバクター腸炎は増加傾向にあり、主要な食品由来感染症として重要視されています。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/jsfm/37/3/37_119/_article/-char/ja/
わが国では1982年にC. jejuniとC. coliが食中毒細菌に指定されました。1999年までの国内における主要な細菌性食中毒の原因はサルモネラ属菌と腸炎ビブリオでしたが、これらの食中毒防止対策が功を奏して発生件数は顕著に減少しました。
一方、1997~2018年のカンピロバクター食中毒の発生件数はおおむね250~650件、患者数が1,500~3,500人規模で推移し、2003年以降細菌性食中毒の中では常に第1位を占めています。小児の散発下痢症の起因菌として、カンピロバクターは最多の15~25%を占め、病因物質別食中毒件数においても、近年はサルモネラを抜いて食中毒の原因菌の第1位となっています。
カンピロバクター種は、ほとんどの恒温動物に広く生息しており、家禽類、ウシ、ブタ、ヒツジ、ダチョウなどの食用動物や犬猫などのペットにも生息しています。この細菌は甲殻類からも検出されます。
参考)https://www.forth.go.jp/moreinfo/topics/2018/02151322.html
サルモネラ感染症の臨床症状
サルモネラの臨床症状は多岐にわたりますが、最も普通にみられるのは急性胃腸炎です。潜伏期間は短く、感染して8~48時間後から発熱、腹痛、嘔吐、下痢が始まります。最近のEnteritidis感染では3~4日後の発病も珍しくありません。
症状はまず悪心および嘔吐で始まり、数時間後に腹痛および下痢を起こします。下痢は1日数回から十数回で、3~4日持続しますが、1週間以上に及ぶこともあります。発熱は高熱になることが多く、頻回の水様性下痢、粘血便を認め、カンピロバクター胃腸炎よりも重症感があります。
小児では意識障害、痙攣および菌血症、高齢者では急性脱水症および菌血症を起こすなど重症化しやすく、回復も遅れる傾向があります。合併症として、一過性の菌血症を呈し、局在性化膿性感染巣、菌血症、髄膜炎、骨髄炎、関節炎に進展することもあります。
カンピロバクター感染症の臨床症状
潜伏期間は2~5日(通常2~3日)で、時に10日程度と他の食中毒と比べて長い特徴があります。主な症状は発熱・吐き気・嘔吐・腹痛・筋肉痛など前駆症状から始まり、数時間から2日後に下痢が出現します。
参考)https://kunichika-naika.com/subject/campylobacter-enteritis
下痢は1日10回以上に及び、1~3日続きます。腹痛は下痢よりも長期間継続し、発熱は38℃以下が普通です。ときに、便に血が混じる(血便)こともあります。乳幼児や高齢者、抵抗力の落ちている人では症状が重くなることがあります。
症状の比較検討
両疾患の臨床像は類似しており差はありませんが、いくつかの違いが報告されています。カンピロバクター腸炎よりもサルモネラ腸炎のほうが嘔吐や血便、脱水の頻度が高く、入院率も高かったことから、サルモネラ腸炎のほうが概して重症とされています。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/gee/60/4/60_981/_pdf/-char/ja
罹患部位については、下行結腸~直腸についてはカンピロバクター腸炎で有意に高率であったという報告があります。大腸の内視鏡所見は、両疾患とも粘膜の炎症所見を認めますが、潰瘍とびらんの分布には違いがあることが示されています。
サルモネラの感染経路
サルモネラの感染源としては鶏卵が最も頻度が高くなっています。卵の表面の卵殻だけでなく、卵の中までサルモネラ菌は入っていることがあります。具体的な食事のメニューでは卵かけごはんや半熟卵を食べた後に感染する場合がよくみられます。
その他の感染源として、牛、豚、鶏などの多くの家畜が保菌しており、これらの食肉や加工品も感染源となります。生乳や細菌を含んだ牛乳、細菌を含んだ水、氷なども感染源となります。
カンピロバクターの感染経路
主な原因食品は鶏肉です。生(鶏刺し)や加熱があまりなされていない鶏タタキ、加熱不十分なバーベキュー・鶏鍋・焼き鳥などが原因となります。さらに、鶏肉から調理過程の不備で二次汚染された食品なども感染源となります。牛レバーの生食が原因になることもあります。
大阪府立公衆衛生研究所の調査では、鶏肉503検体のうち、115検体(22.9%)がカンピロバクター陽性、255検体(50.7%)がサルモネラ陽性でした。なお、80検体(15.9%)は両方の菌が陽性でした。
参考)http://www.iph.osaka.jp/s008/20240119114936.html
井戸水、湧水、簡易水道水など消毒不十分な飲用水が感染源となることもあります。菌を持っている動物の糞に汚染される可能性があるためです。生の肉に使った包丁で切った調理済みの食品も原因になります。子どもはペットからこの菌に感染することがあります。
一定の割合の患者が、野外リクレーションのときに細菌を含んだ水と接した後に発生しています。カンピロバクター感染症は人獣共通感染症であり、動物から人にも、動物の生産物から人にも伝播します。
臨床診断のアプローチ
その他の食中毒菌による急性胃腸炎でも共通することですが、症状と患者背景により臨床診断をし、平行して確定診断を行います。38度以上の発熱、1日10回以上の水様性下痢、血便、腹痛などを呈する重症例では、まず本症が疑われることが多いです。
検査所見では、炎症の程度に応じて白血球数、CRP等の炎症反応の増加が見られます。菌血症や胃腸炎でもトランスアミラーゼが上昇することがあります。サルモネラ、カンピロバクター、エルシニアの感染では菌血症が起こりうるので、高熱の場合は血液培養が必要です。
参考)http://www.igaku.co.jp/pdf/2109_shoukaki-02.pdf
確定診断法
確定診断は糞便、血液、穿刺液、リンパ液等より菌の検出を行います。サルモネラの特異的な迅速診断法はありません。
カンピロバクターの検査方法では、食材25g(25mL)をプレストン培地などの増菌用培地で前増菌させた後、mCCDA培地やスキロー寒天培地など、2種類の選択分離培地に画線塗抹し、カンピロバクター属菌の分離培養を行います。
参考)https://ssl.mac.or.jp/memberregistration/trivia.php?id=110
サルモネラとカンピロバクター両方の確定診断は便を培養して菌を検出することです。結果が出るまでに数日かかるので、治療は問診や症状などから原因菌を推測して行うことになります。
免疫学的検査
下痢を起こす病原体の一部では、血中抗体価の測定による診断も可能です。ただし、急性期と回復期のペア血清での抗体価上昇の確認が必要で、診断確定までに時間を要する場合があります。
鑑別診断のポイント
両菌の鑑別には、潜伏期間の違い(サルモネラ:8-48時間、カンピロバクター:2-5日)や症状の重症度(サルモネラでより重症)が参考になります。また、原因食品の聴取(サルモネラ:鶏卵、カンピロバクター:鶏肉)も重要な鑑別点です。
基本的治療方針
サルモネラのみならず細菌性胃腸炎では、発熱と下痢による脱水の補正と腹痛など胃腸炎症状の緩和を中心に、対症療法を行うのが原則です。強力な止瀉薬は除菌を遅らせたり麻痺性イレウスを引き起こす危険があるので、使用しません。
解熱剤はニューキノロン薬と併用禁忌のものがある上、脱水を悪化させる可能性があるので、できるだけ使用を避けます。腸に感染している場合は水分を経口で与えて、症状が重い場合は輸液を静脈から行います。
参考)https://fastdoctor.jp/columns/salmonellosis
抗菌薬の使用指針
抗菌薬は軽症例では使用しないのが原則ですが、重症例で使用が必要な場合には、次のことに考慮が必要です。
サルモネラは試験管内では多くの抗菌薬に感受性ですが、臨床的に有効性が認められているものは、アンピシリン(ABPC)、ホスホマイシン(FOM)、およびニューキノロン薬に限られます。
わが国の非チフス性サルモネラの薬剤耐性率はABPCに20~30%、FOMに対し10%未満であり、ニューキノロン薬耐性はほとんどみられません。症状が強い場合は抗生剤(ホスホマイシン)を内服します。
回復する期間は抗菌薬では短くならず、細菌が便の中へ長い期間排泄することがあるため、抗菌薬は一般的に使いません。しかし、特定の条件下では抗菌薬投与が必要です。
高リスク患者への対応
エイズウイルスに感染している人や介護施設に入っている高齢者などの菌血症の恐れがある人や、医療機器や人工関節、血管グラフト、人工心臓弁などの器具を体の中に移植している人の場合は、抗菌薬を使います。
この場合は、数日間アジスロマイシンあるいはシプロフロキサシンを投与します。菌血症であれば、2週間抗菌薬のセフトリアキソンあるいはシプロフロキサシンなどを静脈の中に投与します。
菌血症が継続する場合は、4週間~6週間抗菌薬を使います。膿瘍の場合は手術で膿を出して、少なくとも抗菌薬を4週間使います。心臓弁、大動脈、あるいは関節などのその他の箇所などが感染した場合は、手術が一般的に必要で、数週間~数ヶ月間抗菌薬を使います。
カンピロバクターに対する特殊な配慮
カンピロバクター食中毒のリスク低減に立ちはだかる課題が多く存在しています。農場や処理場でカンピロバクターを制御する有効な手段が確立されておらず、また、鶏肉を生で食べる食習慣があるため、本食中毒のリスク低減策を進めるうえで多くの課題があります。
渡航者下痢症、細菌性赤痢、サルモネラ腸炎、早期のカンピロバクター腸炎などにおいては、適切な抗菌薬の投与による効果を示す報告があります。
参考)https://www.kansensho.or.jp/uploads/files/guidelines/guideline_JAID-JSC_2015_intestinal-tract.pdf