ファロペネムは「経口で使えるカルバペネム代替薬」ではありません。カルバペネムと同等の扱いで処方すると、抗菌薬適正使用の観点から逸脱するリスクがあります。
「ペネム」という名称が入っているため、ファロペネムをカルバペネムの経口版と誤解する医療従事者は少なくありません。しかし両者は化学骨格からして別物です。
カルバペネムは天然型のβラクタム薬であり、微生物から産生されます。カルバペネム骨格はβラクタム環に炭素原子が直接結合しています。 これに対してファロペネムは非天然型βラクタム薬であり、ペネム骨格はカルバペネム骨格のメチレン基(-CH₂-)が硫黄原子(-S-)で置換された構造をとります。
参考)https://www.radionikkei.jp/kansenshotoday/docs/kansenshotoday-230626.pdf
つまり構造が根本的に違います。
ファロペネムはペニシリン系とセファロスポリン系のハイブリッド構造を持ち、βラクタマーゼに対して安定です。 この安定性により、ESBL(基質特異性拡張型βラクタマーゼ)産生菌にも一定の有効性が期待できます。これは使えそうです。
一方でカルバペネムは、メタロβラクタマーゼ(MBL)により失活するため万能ではありません。 NDM-1産生大腸菌やKPC産生クレブシエラ属などのカルバペネム耐性腸内細菌群(CRE)には効果がない点に注意が必要です。
| 項目 | ファロペネム(ペネム系) | カルバペネム系 |
|---|---|---|
| 骨格 | 非天然型(S原子含有) | 天然型(C原子結合) |
| 投与経路 | 経口 | 注射(静注・点滴) |
| βラクタマーゼ安定性 | ESBL含む多くに安定 | ESBLに安定、MBLで失活 |
| 緑膿菌 | ❌ 無効 | ✅ 有効(一部製剤) |
| MRSA | ❌ 無効 | ❌ 無効 |
ファロペネムの適応菌種は幅広く、ブドウ球菌属・連鎖球菌属・肺炎球菌・腸球菌属・大腸菌・クレブシエラ属・インフルエンザ菌・嫌気性菌(バクテロイデス属・プレボテラ属など)を含みます。 ペニシリン耐性肺炎球菌(PRSP)にも有効な点は大きなメリットです。radionikkei+1
重要なのは緑膿菌には無効であるという点です。
市中感染症を中心に幅広く使えるイメージがありますが、緑膿菌が関与する疑いのある院内肺炎や人工呼吸器関連肺炎(VAP)、免疫不全患者の感染症では、ファロペネム単剤では不十分です。hospinfo.tokyo-med.ac+1
適応症は多岐にわたります。主なものを以下に整理します。
用量は通常、成人に対してファロペネムとして1回150~200mg・1日3回経口投与が基本です。 ただし肺炎や腎盂腎炎などでは1回200~300mgに増量します。増量が条件です。
近年、外来診療の現場でESBL産生大腸菌が増加しています。三学会合同抗菌薬感受性サーベイランス(日本化学療法学会・日本感染症学会・日本臨床微生物学会)によると、急性単純性膀胱炎患者から分離された大腸菌のうちESBL産生株の割合は、2013年の2.6%から2019年には4.1%へと増加傾向にあります。
これは見逃せない数値ですね。
キノロン系や経口セファロスポリン系抗菌薬が約1割の耐性率を示す中、ファロペネムは2013年・2019年のいずれのサーベイランスでも感受性の低下傾向を示していません。 つまり、ESBL産生菌による市中尿路感染症において、ファロペネムは有力な経口治療の選択肢になりえます。
臨床研究においても、藤野らの報告ではESBL産生大腸菌による尿路感染症10例(単純性2例・複雑性8例)に対してファロペネムを投与し、全例で治癒と判定されています。 ただし複雑性尿路感染症は再発リスクが高く、8例中4例が再発したとも報告されています。軽症例への適用が原則です。
以下のような場面では、ファロペネムの経口投与を積極的に検討する価値があります。
カルバペネムは超広域スペクトルの抗菌薬であり、グラム陽性菌・グラム陰性菌・嫌気性菌・緑膿菌にまで有効な「最後の砦」です。 ただし、MRSAやMRCNSには無効であり、マイコプラズマ・レジオネラ・クラミジアなどの細胞内寄生菌にも効果はありません。
カルバペネムは最後の手段です。
国内で使用可能なカルバペネム系薬はすべて腎排泄であるため、腎機能に合わせた投与設計が必須です。 腎機能が正常な場合は1日3~4回に分けて投与します。時間依存性に殺菌作用を示し、MICを超えている時間が投与サイクルの40~50%以上となるよう設計することで最大殺菌作用が得られます。
カルバペネムの重大な相互作用として、バルプロ酸ナトリウム(抗てんかん薬)との併用があります。 カルバペネム使用によりバルプロ酸の血中濃度が著しく低下し、てんかん患者では痙攣発作を誘発するリスクがあります。 過去に有効血中濃度を維持できていた患者でも、突然測定限界以下まで低下する事例が報告されています。痛いですね。
適正使用の観点から、以下の状況ではカルバペネムの使用は原則として推奨されません。
カルバペネム耐性緑膿菌(MDRPA)の発生リスクは他の抗菌薬より高く、使用頻度を最小限に抑えることが将来の治療選択肢を守ることに直結します。
参考:カルバペネム系抗菌薬の臨床的位置づけについての詳細な解説
参考:ファロペネムとカルバペネムの系統の違いをわかりやすく解説
くすりの勉強 – ペネム系とカルバペネム系の違いは?(薬剤師ブログ)
実臨床で最も注意すべきは、「ファロペネムがあるからカルバペネムを使わなくてよい」という誤った合理化です。両薬剤は抗菌スペクトルも投与経路も根本的に異なるため、単純な代替関係にはありません。
換えが利かない場面がある、ということですね。
典型的な混同シナリオとして、外来で複雑な感染症を経口のファロペネムで対応しようとするケースがあります。入院適応となりえる肺炎や重症腎盂腎炎では、経口投与では生物学的利用率(バイオアベイラビリティ)の限界があり、重症例にはカルバペネムの静注が必要です。
参考)ファロペネムナトリウム水和物(ファロム) – 呼…
一方で「重症だからカルバペネムでよい」という思考停止も危険です。 適切な培養検査を行わずにカルバペネムを経験的に使用し続けることは、多剤耐性緑膿菌(MDRPA)や多剤耐性アシネトバクターの出現を加速させます。
参考)https://hospinfo.tokyo-med.ac.jp/shinryo/kansen/data/luncheon_2020_04.pdf
以下のフローが適正使用の基本です。
特に「de-escalation(抗菌薬のステップダウン)」は感染症診療の基本です。
経口ペネム薬に関する最新の研究・臨床データについては、NHKラジオ第一「感染症Today」での専門家による解説(札幌医科大学感染制御・臨床検査医学 髙橋聡教授)も参考になります。
ラジオNIKKEI 感染症Today|経口ペネム薬(PDF)