細菌は酸素に対する要求性によって明確に分類されます。好気性細菌(偏性好気性菌)は、エネルギーの産生と培地中での増殖に酸素を必要とする細菌です 。これに対して嫌気性細菌(偏性嫌気性菌)は酸素を要求せず、空気の存在下では培地中で増殖しない細菌です 。
参考)細菌の概要 - 13. 感染性疾患 - MSDマニュアル プ…
さらに細かく分類すると、以下のような種類があります。
参考)生育条件
この違いは単純な酸素の好みだけでなく、細菌の代謝機構や生息環境、さらには医療現場での感染症の種類にも大きく関わってきます 。
参考)嫌気性菌とはどんなものですか?
嫌気性細菌のエネルギー産生は、酸素を使わない特殊な代謝経路によって行われます。嫌気状態では微生物は基質レベルのリン酸化によりATPを生産し、その時生じたNAD(P)Hなどの中間電子受容体を再酸化するため、水素、アルコール、有機酸などを生成します 。
参考)https://www.sbj.or.jp/wp-content/uploads/file/sbj/8503_sogo_01.pdf
嫌気性細菌は発酵または嫌気的呼吸という代謝系で生育に必要なエネルギーを獲得します 。これは好気性細菌の酸素を使った好気呼吸とは根本的に異なる仕組みです。嫌気呼吸では、酸素以外の物質を最終電子受容体として利用し、好気呼吸と同様に電子伝達系や酸化的リン酸化過程によってATPを合成します 。
参考)嫌気呼吸 - Wikipedia
この代謝の違いにより、嫌気性細菌は酸素のない環境でも効率的にエネルギーを産生することができ、腸管内や深部組織など酸素濃度の低い環境でも増殖可能となっています 。
参考)嫌気性細菌の概要 - 13. 感染性疾患 - MSDマニュア…
人体における細菌の分布は、各部位の酸素濃度と密接に関連しています。人の消化管は口、胃、小腸、大腸と進んでいくにしたがって酸素濃度が低下するため、部位ごとに優勢な菌種が変化します 。
大腸には好気性菌の1,000倍、口腔内には10倍の嫌気性菌が存在すると報告されています 。これは各環境の酸素濃度に対応した結果です。胃には微好気性菌のピロリ菌が生息することがありますが、ほぼ無酸素の大腸では好気性菌は生育できません 。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjrhi/55/3/55_237/_pdf
嫌気性菌は粘膜(特に口腔、下部消化管、腟)の常在菌叢を構成する主要な要素であり、正常な状態では宿主と共生関係を保っています 。しかし、粘膜障壁に破綻が生じると疾患を引き起こす可能性があります。代表的な腸内細菌であるビフィズス菌、バクテロイデス、クロストリジウムなどは偏性嫌気性菌です 。
嫌気性菌感染症は内因性感染が主体で、宿主自身が保有する常在菌による感染がほとんどです 。これらの感染症には特徴的な臨床像があります。
参考)VIII.嫌気性菌感染症
嫌気性菌感染症の診断上の手がかりとしては以下があります。
嫌気性菌は化膿性で膿瘍形成と組織壊死を引き起こすほか、時には敗血症性血栓性静脈炎、気腫の原因となることもあります 。また、Fusobacterium属、Prevotella属、Porphyromonas属などは酸素暴露に対して特に弱く、臨床検査では慎重な取り扱いが必要です 。
嫌気性細菌の培養は特殊な技術を必要とします。培地中の酸素をできる限り取り除く操作が重要で、N₂ガスやArガス、N₂/CO₂混合ガスなどの無酸素ガスを通気する曝気法が使われます 。
参考)https://www.nite.go.jp/data/000156936.pdf
培養方法には以下があります。
現代では嫌気ジャーを用いた方法が一般的で、室温触媒を用いて水素と酸素を反応させ、環境中の酸素を除いて嫌気培養を行います 。ただし、好気性菌より嫌気性菌の方が培養されにくいという問題があり、検査に時間を要するため初期治療に間に合わないという課題もあります 。
参考)https://www.eiken.co.jp/uploads/modern_media/literature/MM0711-02.pdf
本来無菌の部位から採取した検体のみを用いて嫌気培養すべきであり、混入した共生嫌気性菌は病原菌と見誤りやすいため注意が必要です 。多くの検査室では嫌気性菌に対してルーチンの感受性試験は行われておらず、菌種が分かれば感受性のパターンは予想可能となっています 。
参考)嫌気性菌混合感染症 - 13. 感染性疾患 - MSDマニュ…