ラクタマーゼ阻害剤の種類と作用メカニズム

ラクタマーゼ阻害剤は、β-ラクタム系抗菌薬の耐性機構に対抗する重要な薬剤で、従来の自殺性阻害剤から可逆的阻害剤まで多様な作用機序を持っています。その分類や新規開発状況を詳しく解説します。薬剤耐性菌の増加が問題となる現代において、この阻害剤の理解はなぜ重要なのでしょうか?

ラクタマーゼ阻害剤の基本メカニズム

ラクタマーゼ阻害剤の基本メカニズム
🛡️
自殺性阻害剤

クラブラン酸、スルバクタム、タゾバクタムなど従来の阻害剤

🔄
可逆的阻害剤

アビバクタム、レレバクタムなど新世代の阻害剤

🎯
広域スペクトラム

メタロβ-ラクタマーゼやカルバペネマーゼにも対応

ラクタマーゼ阻害剤は、β-ラクタム系抗菌薬の耐性機構である β-ラクタマーゼの活性を阻害する薬剤です 。β-ラクタマーゼは、細菌がβ-ラクタム環を加水分解することで抗菌薬を無効化する酵素であり、この酵素の作用を阻害することで抗菌薬の有効性を回復させます 。
参考)β-ラクタマーゼ阻害薬配合抗菌薬

 

これらの阻害剤は、身代わりの役割を果たします。β-ラクタム系抗菌薬の代わりにβ-ラクタマーゼによって分解されることで、本来の抗菌薬が細菌を攻撃する時間を確保するという重要な機能を持っています 。
参考)https://shikakumedfood.com/yaku3/

 

阻害剤は大きく分けて、競合阻害剤非競合阻害剤に分類されます。競合阻害剤はさらに可逆的と不可逆的に分けられ、それぞれ異なる作用機序を示します 。
参考)https://www.chemicalbook.com/ProductCatalog_JP/161611.htm

 

ラクタマーゼ阻害剤の自殺性メカニズム

従来から使用されているクラブラン酸、スルバクタムタゾバクタムは、自殺性阻害剤(suicide inhibitor)と呼ばれる特殊な機序を持っています 。これらの阻害剤は、β-ラクタマーゼと反応して非共有結合ミカエリス複合体を形成した後、アシル結合上のセリンが求核攻撃を受けてβ-ラクタム環が開きます 。
参考)https://patents.google.com/patent/JP2018515481A/ja

 

  • 不可逆的結合:一度酵素と結合すると、その後の再配置などによって酵素が完全に不活性化されます
  • 構造破壊:酵素の構造そのものが破壊されるため、阻害剤を除去しても新しい酵素が生成されるまで効果が持続します
  • 犠牲的作用:阻害剤自体がβ-ラクタマーゼによって分解されることで、抗菌薬を守る役割を果たします

結晶構造解析により、スルバクタムなどの自殺基質阻害剤によるβ-ラクタマーゼ阻害の過程が詳細に観察されています。活性部位での非共有結合性の複合体形成から、触媒活性セリンによる求核攻撃、そして最終的な共有結合アシル-酵素中間体の形成まで、時系列での構造変化が明らかになっています 。
参考)href="https://numon.pdbj.org/mom/307?l=ja" target="_blank">https://numon.pdbj.org/mom/307?l=jaamp;beta;ラクタマーゼの活動をとらえる (Capturin…

 

ラクタマーゼ阻害剤の可逆的阻害メカニズム

新世代の阻害剤であるアビバクタムは、従来の自殺性阻害剤とは根本的に異なる作用機序を持っています 。アビバクタムはdiazabicyclooctane(DBO)系の新しいβ-ラクタマーゼ阻害剤であり、β-ラクタマーゼとの結合が可逆的である点が最大の特徴です 。
参考)基礎から臨床につなぐ薬剤耐性菌のハナシ(21)

 

  • 可逆的結合:β-ラクタマーゼと共有結合して活性を阻害しますが、その結合は可逆的です
  • 再利用可能:この可逆性という特性により、一度の阻害剤分子が複数のβ-ラクタマーゼを連続して阻害することが可能です
  • 効率性向上:従来の自殺性阻害剤のように一対一対応ではなく、効率的な阻害が期待できます

この可逆的阻害メカニズムにより、アビバクタムはAmblerクラスA、クラスC、および一部のクラスDのセリン-β-ラクタマーゼを効果的に阻害します 。特に、カルバペネム耐性機序に関わるβ-ラクタマーゼのうち、KPC型カルバペネマーゼを含む多くの酵素に対して活性を示します 。
参考)β-ラクタマーゼ阻害剤配合抗生物質製剤「ザビセフタ®配合点滴…

 

ラクタマーゼ阻害剤の分類と活性範囲

β-ラクタマーゼはAmbler分類により4つのクラス(A、B、C、D)に分けられ、それぞれに対する阻害剤の効果が異なります 。セリン系β-ラクタマーゼ(クラスA、C、D)とメタロβ-ラクタマーゼ(クラスB)では、活性中心の構造が根本的に異なるため、必要な阻害剤も異なります 。

特に問題となっているのは、メタロβ-ラクタマーゼ(MBL)に対する有効な阻害剤の不足です。NDM-1型、VIM型、IMP型などのMBLに対して活性を示すβ-ラクタマーゼ阻害剤は現時点で臨床使用できるものが存在しません 。これらの酵素は活性中心に亜鉛イオンを持つため、セリン系β-ラクタマーゼとは全く異なる阻害戦略が必要となります 。
参考)https://www.nite.go.jp/mifup/note/view/92

 

ラクタマーゼ阻害剤配合薬の臨床応用

現在、日本で承認されているβ-ラクタマーゼ阻害剤配合薬は複数あり、それぞれが特定の適応症と菌種に対して使用されています 。CVA/アモキシリンは市中肺炎や医療・介護関連肺炎の外来患者に、SBT/アンピシリンは入院患者と院内肺炎の軽症患者に、TAZ/ピペラシリンは中等症と重症患者における第1選択薬として推奨されています 。

  • オーグメンチン、クラバモックスアモキシシリン+クラブラン酸):基本的にはユナシンと同様の適応範囲です

    参考)βラクタム系

     

  • ユナシンアンピシリン+スルバクタム):幅広い感染症に対して使用されます
  • ゾシンピペラシリン+タゾバクタム):重症感染症や院内肺炎の治療に重要な役割を果たします

最新の配合薬として、レカルブリオ配合点滴静注用(レレバクタム+イミペネム+シラスタチン)が2021年に発売されました 。この薬剤は、カルバペネム系抗菌薬に耐性を示す菌株に限定して適応されており、薬剤耐性菌感染症の新たな治療選択肢として期待されています 。また、ザビセフタ配合点滴静注用(アビバクタム+セフタジジム)も2024年に承認を取得し、β-ラクタマーゼ産生菌に対する治療選択肢をさらに拡大しています 。
参考)日本初のカルバペネム系抗生物質製剤とβラクタマーゼ阻害剤の配…

 

ラクタマーゼ阻害剤開発の将来展望

薬剤耐性菌の増加に対応するため、現在も多くの新規β-ラクタマーゼ阻害剤が開発段階にあります 。特に注目されているのは、メタロβ-ラクタマーゼに対しても活性を示す広域スペクトラム阻害剤の開発です 。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC7667665/

 

環状ボロン酸系化合物やKSP-1007のような新規阻害剤は、すべてのクラスのβ-ラクタマーゼを阻害する可能性を示しており、これまで治療困難であったカルバペネム耐性菌感染症に対する新たな希望となっています 。特にKSP-1007は、メロペネムとの配合により、カルバペネム耐性グラム陰性菌に対して in vitro および in vivo で良好な活性を示すことが報告されています 。

  • セフェピム・ジデバクタム:MBLに対しても活性を示す可能性があります
  • アズトレオナム・アビバクタム:メタロβ-ラクタマーゼ産生菌に対する新たなアプローチです
  • メロペネム・ナクバクタム:カルバペネム系との新しい組み合わせです

これらの新規阻害剤は、従来の限界を超えて、より広範囲なβ-ラクタマーゼに対する阻害活性を持つことが期待されています 。特に、現在治療選択肢が限られているメタロβ-ラクタマーゼ産生菌感染症に対する画期的な治療法となる可能性があります。