肺炎球菌(Streptococcus pneumoniae)はグラム陽性の双球菌であり、乳幼児の鼻咽腔に高率に定着する常在菌です。飛沫感染により伝播し、小児の細菌感染症の主要な原因菌となっています。菌体を覆う莢膜の免疫原性により93種類もの血清型に分類されます。
健康な状態でも、多くの人が無症状で肺炎球菌を保菌しています。特に小児では月齢によって保菌率が異なり、検診時の調査によると3-4ヶ月健診で17.3%、6-7ヶ月健診時で27.5%、9-10ヶ月健診時で36.2%、18ヶ月検診時で47.8%という高い保菌率が報告されています。
しかし、宿主の抵抗力の低下や粘膜バリアの損傷などにより、宿主と菌の間の均衡が崩れると肺炎球菌が体内に侵入し、様々な感染症を引き起こします。特に注意すべき感染リスク因子には以下のものがあります。
感染経路としては、主に感染者や保菌者からの飛沫感染によって伝播します。医療施設内では、呼吸器系装置や気道・血管カテーテルなどを使用する患者さんが多く、市中よりも感染リスクが高くなることに注意が必要です。実際、病院における人工呼吸器関連肺炎のうち、装着後比較的早期に発生する肺炎は肺炎球菌とインフルエンザ菌による場合が典型的であるとされています。
肺炎球菌は多岐にわたる感染症の原因となります。臨床的に重要な肺炎球菌感染症には以下のようなものがあります。
特に注意すべきは、これらの感染症が単独で起こるだけでなく、合併することも多い点です。例えば肺炎が重症化して菌血症を併発し、さらに髄膜炎へと進展するケースもあります。
肺炎球菌による肺炎は市中肺炎の代表的な原因であり、日本の集計データによれば、2位のインフルエンザ桿菌(7.6%)を大きく引き離し、肺炎の原因菌として圧倒的1位(18.8%)を占めています。まさにその名に「肺炎」を冠するにふさわしい存在と言えるでしょう。
肺炎球菌感染症を予防するために、いくつかのワクチンが開発されています。現在日本で使用されている主な肺炎球菌ワクチンは以下の通りです。
1. 23価肺炎球菌莢膜ポリサッカライドワクチン(PPSV23、ニューモバックス)
2. 13価肺炎球菌結合型ワクチン(PCV13、プレベナー13)
3. 15価肺炎球菌結合型ワクチン
4. 20価肺炎球菌結合型ワクチン(プレベナー20)
定期接種の対象者(2025年現在)。
小児用ワクチン接種スケジュール。
肺炎球菌ワクチンは単独での効果に加え、インフルエンザワクチンとの併用により相乗効果が期待できることが報告されています。特に高齢者では、両方のワクチン接種により肺炎による入院リスクや死亡リスクが大きく低減します。
また、ワクチン接種の効果として、接種者本人の感染予防だけでなく、集団免疫効果により非接種者への感染拡大防止にも寄与することが知られています。特に小児へのワクチン導入後、地域全体での肺炎球菌感染症の減少が報告されています。
ワクチンの選択において、患者さんの年齢や基礎疾患、過去の接種歴などを考慮することが重要です。特に高齢者においては、23価ワクチンと13価ワクチンの使い分けや併用について、最新のガイドラインに基づいた判断が求められます。
肺炎球菌は従来、ペニシリン系抗生物質に高い感受性を示していましたが、抗生物質の乱用により、近年では薬剤耐性肺炎球菌(PRSP: Penicillin-Resistant Streptococcus pneumoniae)が世界的に問題となっています。
耐性化の現状。
耐性獲得のメカニズム。
肺炎球菌はペニシリン結合タンパク質(PBP)の変異により、ペニシリン系抗生物質に対する感受性が低下します。また、マクロライド系に対する耐性遺伝子(ermB、mefA)の獲得によりマクロライド系抗生物質への耐性も獲得します。
耐性菌に対する治療戦略。
耐性化防止のための対策。
特に医療施設内では、肺炎球菌が病院感染の原因菌となることがあり、入院患者における肺炎球菌による肺炎のうち約20%が病院感染または入院後5日以降に発生したものであるという報告があります。また、PRSPが病院内で伝播して呼吸器感染症が集団発生したケースも報告されており、入院患者の管理においては特に注意が必要です。
肺炎球菌感染症の治療においては、地域の耐性パターンや患者個別の要因(年齢、基礎疾患、過去の抗菌薬使用歴など)を考慮した適切な初期治療選択が重要です。可能な限り培養検査と薬剤感受性試験を実施し、結果に基づいて抗菌薬を最適化することが求められます。
肺炎球菌感染症は年齢による特徴の違いが顕著であり、特に小児と高齢者では病態や治療アプローチが大きく異なります。これらの違いを理解することは、臨床現場での適切な対応に欠かせません。
小児の特徴。
高齢者の特徴。
年齢別の予防戦略。
📋 小児への予防戦略
📋 高齢者への予防戦略
肺炎球菌感染症の予防において、ワクチン接種は小児と高齢者のどちらにおいても重要な役割を果たします。特に小児へのワクチン導入後、小児だけでなく成人や高齢者における肺炎球菌感染症の減少も報告されており(集団免疫効果)、世代を越えた予防効果が認められています。
医療従事者として、患者さんの年齢や基礎疾患を考慮した個別化された予防戦略を提案することが重要です。特に定期接種の対象年齢を逃した方や、リスク因子を持つにもかかわらずワクチン接種を受けていない方への積極的な啓発が求められています。
日本小児感染症学会誌による小児の肺炎球菌感染症予防に関する最新報告
以上の内容を踏まえ、医療従事者として患者さんへの適切な予防接種の推奨や、感染症が発生した際の適切な対応が求められます。肺炎球菌感染症は予防可能な疾患であり、ワクチン接種の推進により、患者さんの健康を守るとともに、社会全体の疾病負担軽減に貢献できることを忘れないようにしましょう。
近年の研究では、65歳以上の高齢者における肺炎球菌ワクチン接種が、COVID-19との重複感染による重症化リスクも低減する可能性が示唆されており、感染症対策における相乗効果も期待されています。ワクチン接種は単一の感染症予防だけでなく、総合的な健康増進策としても位置づけられるべきでしょう。