緑膿菌とグラム染色の診断的意義と特徴

緑膿菌感染症の迅速診断において、グラム染色法はどのような役割を果たし、臨床現場での診断精度向上にどのように貢献するのでしょうか?

緑膿菌とグラム染色の診断的意義

緑膿菌感染症における迅速診断の重要性
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迅速な起因菌同定

グラム染色により10分程度で緑膿菌感染症の可能性を評価

💊
適切な抗菌薬選択

緑膿菌の形態学的特徴を把握し初期治療の精度を向上

院内感染対策

多剤耐性緑膿菌の早期発見による感染拡大防止

緑膿菌のグラム染色における形態学的特徴

緑膿菌(Pseudomonas aeruginosa)は、グラム陰性桿菌として分類される細菌で、グラム染色では特徴的な形態を示します 。細長い小型のグラム陰性桿菌(GNR-s)として観察され、両端が細く、染色性があまり良くないという特徴があります 。腸内細菌科の大腸菌と比較すると、緑膿菌はより細長い形状を呈し、長さ1~3μmの範囲で観察されます 。
参考)Pseudomonas aeruginosa〔緑膿菌〕

 

グラム染色の原理に基づき、緑膿菌は薄いペプチドグリカン層と外膜を持つ細胞壁構造のため、アルコール脱色後にサフラニン液によって赤色に染色されます 。緑膿菌にはRNAのマグネシウム塩(グラム陽性物質)がないため、グラム染色を行った際にレーキが形成されず、アセトンによる脱色・分離操作により脱色され、最終的に赤く染まることが知られています 。
参考)http://www.kanazawa-med.ac.jp/~kansen/situmon2/gram-genri2.html

 

慢性の持続感染症において、緑膿菌は多数の菌体をムコイド物質で覆うことがあり、この粘液様物質が視覚的な特徴として観察されます 。この粘液様物質はバイオフィルム形成に関連しており、臨床的に重要な意義を持ちます。
参考)https://www.chiringi.or.jp/camt/wp-content/uploads/2013/12/f8ed4772bb777d91adf9f0e82a636238.pdf

 

緑膿菌感染症における培養検査と同定方法

緑膿菌の分離培養には、特別に開発されたNAC(ナリジクス酸・セトリミド)寒天培地が一般的に使用されます 。この培地は緑膿菌の蛍光色素(ピオシアニン、フルオレセイン)産生能を強化し、鑑別を容易にする特徴があります 。グラム陽性菌および緑膿菌以外のグラム陰性菌の大部分が抑制されるため、選択的分離が可能です。
参考)https://www.jalas.jp/files/infection/kan_64-2.pdf

 

日本臨床微生物学会による緑膿菌の形態学的特徴と培養条件
検体採取から培養までの過程では、NAC寒天培地に検体を接種し、37℃で48時間培養することが推奨されています 。培養後の同定には、グラム染色による形態確認、オキシダーゼテスト、Hugh-Leifson培地でのOF(酸化発酵)テストが実施されます 。緑膿菌はブドウ糖を酸化的に分解するが発酵はしないという生化学的特徴を示します。
参考)https://www.microbio.med.saga-u.ac.jp/Lecture/kohashi/part5/

 

色素産生の確認にはキング培地が用いられ、pyocyanin(青緑色色素)やfluorescin(蛍光色素)の産生を観察します 。これらの色素は緑膿菌の重要な鑑別点となり、培地上での青緑色の色調変化や紫外線下での蛍光発光により確認されます。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/jkmu1956/18/3/18_218/_pdf/-char/ja

 

緑膿菌の薬剤耐性機構とバイオフィルム形成

緑膿菌は多剤耐性を獲得する7つの主要な機構を持っており、これが臨床的に問題となっています 。内因性の耐性機構として、DNAジャイレースやトポイソメラーゼなどの標的蛋白の変異によるフルオロキノロン耐性、D2ポリンの減少による細菌外膜の変化に伴うイミペネム耐性、薬剤能動排出ポンプの機能亢進が挙げられます 。
参考)多剤耐性緑膿菌感染症

 

バイオフィルム形成は緑膿菌感染症の難治性に大きく関与しています 。細胞表層多糖体であるアルギン酸莢膜多糖などを主成分とするバイオフィルムを産生し、この構造により抗菌薬の浸透が阻害されます 。カテーテル関連感染症において、緑膿菌はカテーテル表面にバイオフィルムを形成し、持続的な感染源となります 。
参考)https://www.microbio.med.saga-u.ac.jp/Lecture/kohashi3/part7/

 

多剤耐性緑膿菌の耐性機構詳細
獲得性の耐性機構として、IMP型メタロ-β-ラクタマーゼの産生による広域セフェム耐性やカルバペネム耐性が重要です 。これらの耐性機構により、現在使用可能な抗菌薬のほとんどに耐性を示す多剤耐性緑膿菌(MDRP)が出現し、治療選択肢が極めて限定されています。
参考)https://www2.huhp.hokudai.ac.jp/~ict-w/kansen/6.05_MDRP.pdf

 

緑膿菌感染症の治療戦略と抗菌薬選択

緑膿菌感染症の治療においては、分離された菌株の薬剤感受性試験が必須となります 。緑膿菌は外膜の薬物透過性が悪く、取り込んだ薬物を細胞外に排出する機構を持つため、多くの抗菌薬に対して自然耐性を示します 。
参考)https://www.kitasato-u.ac.jp/ktms/kaishi/pdf/KI49-2/KI49-2p073-078.pdf

 

抗緑膿菌活性を持つ主要な抗菌薬として、カルバペネム系(90-94%の感受性率)、タゾバクタム/ピペラシリン(93%)、セフタジジム(96%)、フルオロキノロン系(92-93%)、アミノグリコシド系(80-99%)があります 。これらの薬剤は「特効薬」として位置づけられており、適切な温存使用が重要です。
参考)https://www.matsuyama.jrc.or.jp/wp-content/uploads/pdfs/mh30_05.pdf

 

大阪府立公衆衛生研究所による多剤耐性緑膿菌情報
多剤耐性緑膿菌(MDRP)に対しては、フルオロキノロン系、カルバペネム系、アミノグリコシド系の3系統すべてに耐性を示すため、治療選択肢が極めて限定されます 。このため、感染症法では5類の定点把握疾患として指定され、サーベイランス体制が整備されています。
参考)薬剤耐性菌感染症 ー多剤耐性緑膿菌とはー

 

緑膿菌感染症の臨床的意義と院内感染対策

緑膿菌による院内感染は深刻な問題となっており、特に免疫不全患者や易感染性宿主において重篤な感染症を引き起こします 。腸管内に定着した緑膿菌は、バクテリアルトランスロケーションを起こし、菌血症や敗血症の誘因となる可能性があります 。
参考)https://www.jmedj.co.jp/files/premium_blog/trps/trps_sample.pdf

 

尿路カテーテル関連感染症においては、カテーテル表面に形成されたバイオフィルムが感染の持続要因となります 。メタロβ-ラクタマーゼ産生緑膿菌によるアウトブレークの事例では、18株中10株が尿由来であり、そのほとんどの症例で尿路カテーテルが留置されていました 。
参考)https://www.chemotherapy.or.jp/journal/jjc/05107/051070426.pdf

 

院内感染対策としては、接触感染予防策の徹底、環境清拭の強化、医療機器の適切な洗浄・消毒が重要です。緑膿菌は水溶液中で1ヶ月以上生存でき、弱い消毒液や食塩、石鹸などの溶液中でも増殖可能な強い抵抗力を持つため 、十分な濃度の消毒薬による環境管理が必要です。
グラム染色による緑膿菌識別の実践的ガイド
グラム染色による緑膿菌の迅速診断は、院内感染の早期発見と適切な感染対策の実施において極めて重要な役割を果たしています。形態学的特徴の正確な把握と培養検査との組み合わせにより、効果的な治療戦略の構築が可能となります。