気管支喘息は、気道の慢性炎症を基盤とする疾患です。アレルギー反応や細菌・ウイルス感染などを契機として、好酸球やマスト細胞などの炎症細胞が気道に集積します。これらの細胞から放出されるヒスタミンやロイコトリエンなどの化学伝達物質が、気管支平滑筋を収縮させ、気道を狭窄させることで症状を引き起こします。
気管支喘息の主な症状としては、以下の4つが特徴的です。
これらの症状は、特に夜間から早朝にかけて悪化することが多く、「朝方に咳が止まらない」「夜中に息苦しさで目が覚める」といった訴えは気管支喘息を疑う重要な手がかりになります。また、気道炎症の慢性化により、症状がない時期でも気道過敏性が亢進し、さまざまな刺激因子(冷気、タバコの煙、運動など)によって容易に症状が誘発されやすくなります。
長期間にわたり気道炎症のコントロールが不良な状態が続くと、気道のリモデリングが進行します。これは、障害された気道壁が線維質に置き換わり肥厚し、気道内腔が不可逆的に狭小化する現象です。リモデリングが生じると、気管支拡張薬に対する反応性が低下し、治療抵抗性となる可能性があります。
気管支喘息の診断は、典型的な症状の存在、可逆性の気流制限の証明、および他の呼吸器疾患の除外によってなされます。診断の要点は以下の通りです。
【診断の3要素】
肺機能検査は気管支喘息の診断において極めて重要です。特にスパイロメトリーによる1秒率(FEV1.0%)の測定は、気道閉塞の程度を客観的に評価する標準的な方法です。一般的に、FEV1.0%が70%未満であれば気道閉塞があると判断されます。
気道可逆性の評価には、気管支拡張薬(β2刺激薬)吸入前後でのFEV1の変化を測定します。吸入後にFEV1が12%以上かつ200ml以上増加した場合、可逆性ありと判断され、気管支喘息の診断を支持します。
日本呼吸器学会の気管支喘息ガイドライン2021における診断基準の詳細はこちら
ただし注意すべき点として、気道のリモデリングが進行している長期罹患例では、典型的な可逆性を示さないことがあります。また、非発作時には肺機能検査が正常となることも多いため、繰り返し検査を行うことや、以下の補助的検査も考慮する必要があります。
これらの検査結果と臨床症状を総合的に判断することで、より正確な診断が可能になります。
気管支喘息の治療は、「喘息予防・管理ガイドライン2024」に基づいた段階的アプローチが標準となっています。治療の中心は、気道炎症を抑制する吸入ステロイド薬(ICS)であり、症状のコントロール状態と重症度に応じて治療ステップを調整します。
【気管支喘息の治療ステップ】
■ ステップ1
■ ステップ2
■ ステップ3
■ ステップ4・5
近年の治療動向として、従来のようにステップアップだけでなく、症状が安定したらステップダウンも積極的に行うという考え方が主流になっています。これにより、必要最小限の薬剤使用で良好なコントロールを維持することが目標となります。
吸入薬の使用においては、正しい吸入手技の習得が極めて重要です。不適切な吸入手技では薬剤が十分に気道へ到達せず、効果が大幅に減弱します。医療従事者は以下のポイントを患者に指導する必要があります。
【吸入デバイス別の使用ポイント】
◆ 加圧式定量吸入器(pMDI)
◆ ドライパウダー吸入器(DPI)
日本アレルギー学会による吸入デバイスの詳細な使用方法ガイドはこちら
吸入ステロイド薬の長期使用による局所的副作用(口腔カンジダ症、嗄声など)を予防するために、吸入後の含嗽(うがい)を徹底するよう指導することも重要です。
咳喘息(咳variant喘息)は、喘鳴や呼吸困難を伴わない慢性咳嗽が唯一の症状である気管支喘息の亜型です。一般的な気管支喘息と同様に気道の慢性炎症を基盤としますが、気道狭窄の程度が軽度であるため、典型的な喘息症状を呈さないという特徴があります。
咳喘息の主な特徴は以下の通りです。
咳喘息の診断においては、β2刺激薬の効果を確認することが重要です。一部の医療機関では、β2刺激薬とステロイドの配合剤(シムビコートなど)を初期治療で使用し、臨床反応を評価することも行われています。市販のかぜ薬や抗生物質、一般的な鎮咳薬では症状の改善がみられないことも特徴的です。
咳喘息の重要な臨床的意義は、適切な治療が行われないと約30~40%の症例が典型的な気管支喘息へ移行するリスクがあることです。そのため、早期診断と早期治療が極めて重要となります。治療の基本は一般的な気管支喘息と同様に吸入ステロイド薬を中心とした抗炎症療法であり、ロイコトリエン受容体拮抗薬の併用も効果的です。
日本呼吸器学会による咳喘息と気管支喘息の関連性に関する解説はこちら
医療従事者は、長引く咳症状の患者を診た際には、咳喘息の可能性を念頭に置き、適切な診断と治療を行うことで、気管支喘息への移行を防ぐことが求められます。
気管支喘息の急性増悪(発作)は、適切な緊急対応が必要な状態です。発作の重症度を正確に評価し、それに応じた治療を迅速に開始することが、良好な転帰を得るための鍵となります。
【発作の重症度分類と対応】
■ 軽度発作(小発作)
■ 中等度発作(中発作)
■ 高度発作(大発作)
発作時の観察ポイントとして、低酸素症の評価が極めて重要です。SpO2値のモニタリングが基本ですが、意識レベルの低下がなく、会話が普通にできる程度の発作であれば、通常は重度の低酸素症(SpO2<90%)を呈することはまれです。逆に言えば、会話が困難なほどの呼吸苦や意識レベルの変化がある場合は、重度の低酸素症を疑い、迅速な対応が必要です。
聴診所見も重症度評価の重要な手がかりとなります。喘鳴音の特徴(吸気性か呼気性か)と分布、さらに気道狭窄が高度になると「喘鳴が聞こえなくなる(サイレントチェスト)」という所見は、即時の救命処置を要する危険信号と認識する必要があります。
日本呼吸器学会による喘息発作時の緊急対応についての患者向け情報はこちら
医療従事者は、発作対応のシミュレーションを定期的に行い、緊急時に適切な判断と処置が迅速に行えるよう準備しておくことが重要です。また、喘息患者には発作時の対応を記載した喘息アクションプランを提供し、自己管理能力を高めることも発作の重症化予防につながります。
気管支喘息の治療は、医学的側面だけでなく、医療経済学的側面からも考慮することが重要です。適切な治療により喘息コントロールが良好に維持されれば、緊急受診や入院の減少、欠勤・休学の減少につながり、医療費と社会的損失の双方を低減できます。
気管支喘息の医療経済と患者QOLの関連性について、以下のポイントが重要です。
【医療経済的視点】
■ 喘息の経済的負担
■ 費用対効果の高い治療戦略
【患者QOL向上への取り組み】
■ 喘息コントロールテスト(ACT)の活用
■ 吸入デバイスの個別化選択
■ 患者教育プログラムの実施
日本呼吸器学会が実施した調査によると、適切な吸入治療によって喘息コントロールが改善した患者では、QOL指標が有意に向上し、緊急受診・入院率が約60%減少したことが報告されています。この結果は、適切な治療が患者QOLと医療経済の両面で大きな効果をもたらすことを示しています。
医療従事者として、単に症状の改善だけでなく、患者の生活の質全体を向上させる包括的なアプローチが求められます。また、喘息治療における「過少治療」と「過剰治療」の両方を避け、個々の患者に最適化された治療を提供することが、医療資源の効率的活用と患者満足度の向上につながります。
日本アレルギー学会による気管支喘息患者のQOL評価に関する資料はこちら
患者中心のケアを実践するためには、医療者と患者の協働的な関係構築が不可欠です。患者が治療の意思決定に参加し、自らの治療目標を設定することで、治療アドヒアランスが向上し、結果として医療費削減と患者QOL向上の好循環を生み出すことができます。