ジルチアゼム塩酸塩(ヘルベッサー)は、日本で開発された世界初の実用的カルシウム拮抗薬として、心血管治療に革命をもたらした薬剤です。この薬剤の最も重要な特徴は、冠血管および末梢血管等の血管平滑筋細胞へのCa²⁺流入を選択的に抑制することにより血管を拡張し、心筋虚血改善作用および降圧作用を発揮する点にあります。
参考)https://www.semanticscholar.org/paper/323b79ba1a6774883f3725bcb268eef083cd2ef1
従来の硝酸薬系統の抗狭心症薬とは異なり、ジルチアゼムは新しい機序の冠血管拡張作用を有し、狭心症治療の概念を大きく変えました。具体的には、太い冠血管および副血行路を拡張し、心筋虚血部への血流を改善することで、心筋の酸素需給バランスを最適化します。
参考)https://pins.japic.or.jp/pdf/newPINS/00051504.pdf
代謝経路においては、主として肝代謝酵素チトクロームP450 3A4(CYP3A4)で代謝され、酸化的脱アミノ化、酸化的脱メチル化、脱アセチル化、抱合化という経路を経ます。血漿蛋白結合率は約60~75%であり、半減期は約7時間となっています。
狭心症治療におけるジルチアゼムの有効性は、国内臨床試験で明確に証明されています。狭心症に対する有効率は84.7%(124例中105例で中等度改善以上)、異型狭心症では90.2%(51例中46例で中等度改善以上)という優れた成績を示しています。
異型狭心症(冠攣縮性狭心症)に対する効果は特に注目すべき点で、冠動脈の攣縮を予防することで発作の頻度と強度を劇的に軽減します。これはニフェジピンなどの他のカルシウム拮抗薬とは異なる独自の特徴であり、心拍数への影響も適度に抑制されるため、徐脈のリスクが比較的低いとされています。
参考)https://chinen-heart.com/blog/ccb/
用法については、狭心症・異型狭心症の場合、通常成人にはジルチアゼム塩酸塩として1回30mgを1日3回経口投与するか、徐放製剤(ヘルベッサーRカプセル)では1日1回100mgを経口投与します。効果不十分な場合には1日1回200mgまで増量が可能です。
参考)https://www.kegg.jp/medicus-bin/japic_med?japic_code=00051504
本態性高血圧症に対するジルチアゼムの効果は、末梢血管拡張による血管抵抗の減少に基づいています。臨床試験では軽症~中等症の本態性高血圧症において73.9%の有効率(222例中164例で下降以上の改善)を示しており、確実な降圧効果が証明されています。
参考)http://www.interq.or.jp/ox/dwm/se/se21/se2171006.html
ジルチアゼムの降圧メカニズムは、他の降圧薬と比較して腎血管拡張作用も有することが特徴的です。これにより、腎血流を改善しながら血圧を下げるため、腎機能への負担が少ないという利点があります。
参考)https://iryogakkai.jp/2007-61-04/278-279.pdf
高血圧性緊急症の場合には、注射用製剤(ヘルベッサー注射用)も使用可能で、通常成人には1分間に体重kg当たりジルチアゼム塩酸塩として5~15μgを点滴静注し、目標値まで血圧を下げながら血圧をモニターして点滴速度を調節します。
参考)https://medical.mt-pharma.co.jp/di/qa/her/11517
興味深いことに、糖尿病患者の高血圧症に対しても良好な効果が報告されており、代謝への影響が少ないカルシウム拮抗薬としての特性を示しています。
参考)https://www.semanticscholar.org/paper/7f19951bbd5727fbf98136a93f2dd69fd1b3381c
ジルチアゼムの副作用プロファイルは、その薬理作用と密接に関連しています。最も注意すべき重大な副作用として、完全房室ブロックや高度徐脈が挙げられます。これは心刺激伝導系への影響によるもので、定期的な心電図モニタリングが必要です。
参考)https://clinicalsup.jp/jpoc/drugdetails.aspx?code=51504
循環器系の副作用としては、徐脈、房室ブロック、顔面潮紅、めまい、動悸、浮腫などが0.1~5%未満の頻度で報告されています。特に洞停止や血圧低下は頻度不明ながら重要な副作用として挙げられており、高齢者や心機能低下患者では特に注意が必要です。
参考)https://www.carenet.com/drugs/category/vasodilators/2171006N1105
皮膚症状では、発疹やそう痒が比較的多く見られ、まれに膿疱型薬疹の報告もあります。重篤な皮膚症状として、皮膚粘膜眼症候群(Stevens-Johnson症候群)、中毒性表皮壊死融解症(TEN)、紅皮症、急性汎発性発疹性膿疱症などが頻度不明で報告されており、紅斑、水疱、膿疱、発熱などの症状が現れた場合は直ちに投与を中止する必要があります。
参考)https://www.semanticscholar.org/paper/6f6cd2dd1943ccbf1a6ce7578c09c4e9b83d6181
肝機能への影響も重要で、AST、ALT、γ-GTPの上昇を伴う肝機能障害や黄疸が頻度不明で発生する可能性があります。定期的な肝機能検査が推奨されます。
ジルチアゼムはCYP3A4阻害作用を有するため、多数の薬剤との相互作用に注意が必要です。特に重要な禁忌薬剤として、アスナプレビル(スンベプラ)、イバブラジン塩酸塩(コララン)、ロミタピドメシル酸塩(ジャクスタピッド)があります。これらの薬剤の血中濃度を著しく上昇させ、重篤な副作用を引き起こす可能性があります。
β遮断剤との併用では、相加的な心刺激伝導抑制作用により徐脈や房室ブロックのリスクが高まります。特にジギタリス製剤との3剤併用時には細心の注意が必要で、定期的な心電図検査とジギタリス血中濃度のモニタリングが必須です。
ジギタリス製剤(ジゴキシン、メチルジゴキシン)との併用では、ジルチアゼムがジギタリス製剤の血中濃度を上昇させるため、ジギタリス中毒症状(悪心・嘔吐、頭痛、めまい、視覚異常等)の発現に注意が必要です。
抗不整脈薬(アミオダロン塩酸塩、メキシレチン塩酸塩等)や麻酔剤(イソフルラン等)との併用でも、心刺激伝導抑制作用の増強により徐脈や房室ブロックのリスクが高まります。
意外な相互作用として、フィンゴリモド塩酸塩(多発性硬化症治療薬)との併用があり、投与開始時に重度の徐脈や心ブロックが認められることがあるため、併用は避けるべきです。
ジルチアゼムは日本で生まれた革新的な治療薬として、世界の狭心症・高血圧症治療の標準を変えた歴史的意義を持つ薬剤です。適切な使用により優れた治療効果を発揮する一方で、その薬理作用を理解した慎重な投与と定期的なモニタリングが安全な治療には不可欠です。