高血糖とは、血液中のブドウ糖濃度が異常に高くなった状態を指します。健康な人の体内では、膵臓から分泌されるインスリンというホルモンが血糖値を適切に調整していますが、このインスリンの作用が不足すると高血糖状態に陥ります。インスリンの作用不足には、分泌量の低下とインスリン抵抗性(細胞がインスリンに反応しにくくなる状態)の2つのパターンがあります。
高血糖状態が続くと、以下のような特徴的な症状があらわれます。
これらの症状は1型糖尿病では急激に、2型糖尿病ではゆっくりと現れるという特徴があります。しかし、初期段階では自覚症状がほとんどないケースも多く、健康診断で指摘されて初めて高血糖に気づくことも少なくありません。
高血糖状態が進行すると、より深刻な状態として「糖尿病性ケトアシドーシス」や「高浸透圧高血糖症候群」などの高血糖緊急症を引き起こす可能性があります。これらは生命に関わる危険な状態であり、速やかな治療が必要です。
糖尿病性ケトアシドーシスは、インスリンの極度の不足により、体内でケトン体という酸性物質が蓄積した状態です。主に1型糖尿病患者さんに多く見られますが、感染症や強いストレスがある場合には2型糖尿病の方でも発症することがあります。症状としては、上記の高血糖症状に加えて、呼吸困難、吐き気、嘔吐、腹痛、意識障害などが現れます。
一方、高浸透圧高血糖症候群は、高血糖と脱水により血液が濃縮された状態で、主に高齢の2型糖尿病患者さんに見られます。感染症や脳卒中、ステロイド薬の使用などが引き金となることが多く、様々な程度の意識障害やけいれんを引き起こします。
高血糖治療の基本となるのが食事療法です。食事療法の目的は、体内に取り込まれる糖の量やエネルギーバランスを調整し、できるだけ正常に近い血糖値を維持することにあります。糖尿病の種類や状態にかかわらず、すべての患者さんに必要な治療法といえるでしょう。
まず取り組むべきは、基本的な食習慣の見直しです。以下のポイントを意識することが大切です。
これらは当たり前のことのように思えますが、実際には多くの方が実践できていません。まずはこれらの基本的な習慣を身につけることが、高血糖治療の第一歩となります。
次に、食品の選び方や調理法についても工夫が必要です。糖質制限が話題になることが多いですが、極端な糖質制限は必ずしも全ての方に適しているわけではありません。医師や管理栄養士と相談しながら、自分に合った食事内容を決めていくことが重要です。
食事療法で意識すべきポイントには以下のようなものがあります。
食事療法は継続が難しいと感じる方も多いですが、無理なく続けられる方法を見つけることが大切です。また、食事記録をつけることで、自分の食習慣を客観的に把握できるようになります。現在では食事記録をサポートするスマートフォンアプリも数多く提供されていますので、これらを活用するのも一つの方法です。
高血糖治療の重要な柱の一つが運動療法です。適切な運動は、筋肉でのブドウ糖と脂肪酸の利用を促進し、インスリンの働きを助けることで血糖値の改善に効果を発揮します。さらに、血圧や脂質異常の改善、心肺機能の向上、ストレス解消など、多面的な健康効果も期待できます。
運動療法には主に「有酸素運動」と「レジスタンス運動(筋力トレーニング)」の2種類があり、これらをバランスよく組み合わせることが推奨されています。
【有酸素運動】
【レジスタンス運動】
運動療法を始める際の注意点としては、以下のようなポイントがあります。
特にインスリンや血糖降下薬を使用している方は、運動前後の血糖値をチェックし、低血糖に注意しましょう。
運動中は適切な水分補給を行いましょう。ただし、糖分を含むスポーツドリンクの摂取には注意が必要です。
いきなり激しい運動を始めるのではなく、軽い強度から始めて徐々に強度を上げていくことが大切です。
特に注目したいのは、近年の研究で明らかになってきた「インターバルトレーニング」の効果です。短時間の高強度運動と休息を交互に繰り返すこの方法は、従来の中強度持続運動よりも血糖コントロールに効果的であるという報告もあります。ただし、心血管リスクのある方は医師に相談してから取り入れるようにしましょう。
また、日常生活における「非運動性活動熱産生(NEAT)」も見逃せません。階段の使用、こまめな立ち上がり、家事など、日常の小さな活動量を増やすことも血糖コントロールに役立ちます。特に長時間座り続けることを避け、1時間に5分程度は立ち上がって動くことを習慣にするとよいでしょう。
高血糖の治療において、食事療法や運動療法だけでは十分な血糖コントロールが難しい場合、薬物療法が導入されます。現在、高血糖治療に用いられる薬剤は多岐にわたり、それぞれ作用機序や効果、副作用が異なります。ここでは主な薬剤の種類と特徴について解説します。
【経口血糖降下薬】
【インスリン療法】
インスリンは膵臓から分泌されるホルモンを人工的に補充する治療法です。1型糖尿病では必須の治療であり、2型糖尿病でも経口薬で血糖コントロールが不十分な場合などに用いられます。
インスリン製剤は作用時間によって以下のように分類されます。
インスリン療法の導入にあたっては、適切な注射手技の習得、血糖自己測定の実施、低血糖への対処法の理解などが重要になります。医療機関での十分な指導を受けることをお勧めします。
【GLP-1受容体作動薬】
近年注目されている治療薬として、GLP-1受容体作動薬があります。これはインクレチンホルモンの一種であるGLP-1の働きを増強する注射薬で、以下のような特徴があります。
これらの薬剤は単独で使用されることもありますが、多くの場合は患者さんの病態に合わせて複数の薬剤が組み合わせて処方されます。薬物療法の選択においては、血糖コントロールの目標、患者さんの年齢、合併症の有無、ライフスタイルなどを考慮する必要があります。
特に高齢者では、多剤併用(ポリファーマシー)による副作用や相互作用のリスクにも注意が必要です。薬の効果や副作用について疑問がある場合は、自己判断で中止せず、必ず医師や薬剤師に相談しましょう。
高血糖状態が長期間続くと、全身のさまざまな臓器に障害をもたらす「糖尿病合併症」が発症するリスクが高まります。これらの合併症は患者さんのQOL(生活の質)を大きく低下させる可能性があるため、早期発見と適切な対応が重要です。
【主な糖尿病合併症】
これらの合併症を予防するためには、以下のような対策が重要です。
【合併症予防の基本戦略】
特に早期の段階では自覚症状が乏しいため、症状がなくても定期的な検査が非常に重要です。合併症の早期発見により、適切な治療介入が可能になり、進行を遅らせることができます。
また、近年注目されているのが「血糖変動」の重要性です。平均血糖値だけでなく、1日の中での血糖値の上下動(変動幅)が大きいことも合併症リスクを高める要因であることが分かってきました。持続血糖モニタリング(CGM)システムを活用するなどして、血糖変動も含めた総合的な血糖管理を行うことが推奨されています。
高血糖が引き起こす合併症は一度進行すると完全に元に戻すことが難しいため、「予防」が最も重要な対策といえます。日常生活の中で継続的に血糖コントロールに取り組むことが、将来的な合併症リスクを大きく低減させることにつながります。
高血糖が極端に悪化すると、「高血糖緊急症」と呼ばれる生命に関わる危険な状態に陥ることがあります。高血糖緊急症は主に「糖尿病性ケトアシドーシス(DKA)」と「高浸透圧高血糖症候群(HHS)」の2つに分類され、それぞれ特徴的な病態を示します。
【糖尿病性ケトアシドーシス(DKA)】
糖尿病性ケトアシドーシスは、インスリンの極度の不足により、体内でケトン体という酸性物質が蓄積して血液が酸性に傾いた状態です。主に1型糖尿病患者さんに見られますが、感染症や強いストレスがある場合には2型糖尿病の方でも発症することがあります。
【高浸透圧高血糖症候群(HHS)】
高浸透圧高血糖症候群は、高血糖と脱水により血液が濃縮された状態で、主に高齢の2型糖尿病患者さんに見られます。ケトアシドーシスを伴わないか、軽度である点がDKAとの大きな違いです。
これらの高血糖緊急症は適切な治療が行われなければ致命的になりうる状態であり、緊急入院と集中的な治療が必要です。治療の基本は、インスリン投与による血糖降下、水分・電解質の補正、原因となった疾患の治療です。
【高血糖緊急症の予防と早期発見のポイント】
特に1型糖尿病患者さんや高齢の糖尿病患者さん、独居の方、過去に高血糖緊急症を経験したことがある方は、より注意が必要です。体調不良時の対応について、かかりつけ医と事前に相談しておくことも大切です。
高血糖緊急症は早期に適切な対応を取ることで予後が大きく変わります。「様子を見よう」と判断を遅らせるのではなく、疑わしい症状がある場合は速やかに医療機関を受診することが重要です。