血管疾患は現代医療において重要な位置を占めています。日本人の死因の上位を占める心臓病(2位)と脳卒中(3位)を合わせると全体の約30%に達し、がんに匹敵する深刻な健康問題となっています。血管疾患は大きく分けて以下のように分類されます。
これら血管疾患の主な症状は、病態と障害される血管の部位によって異なります。脳血管障害では、突然の麻痺、言語障害、めまい、激しい頭痛などが特徴的です。冠動脈疾患では胸痛や息切れ、末梢動脈疾患では四肢の冷感やしびれ、間欠性跛行などが主要な症状となります。
特に近年注目されているのが脳アミロイドアンギオパチーで、脳血管壁にアミロイドβタンパク質が蓄積し、血管構造を脆弱化させる進行性の疾患です。この疾患は認知症との関連も示唆されており、微小出血や脳卒中のリスクを高めることが知られています。
脳梗塞の急性期治療において、血栓溶解療法は発症からの時間が重要となる治療法です。この治療の中心となるのが組織プラスミノーゲン活性化因子(t-PA)です。
t-PAは1980年代前半に開発された第2世代血栓溶解薬で、血栓に特異的に作用するという特徴があります。これにより、全身性の出血傾向が少なく、より安全に治療を行うことが可能になりました。t-PAの作用機序は以下の通りです。
しかし、t-PAによる血栓溶解療法には、発症から4.5時間以内という厳しい時間制限があります。これを超えると、出血性合併症のリスクが益処を上回るとされています。
脳梗塞の回復期・慢性期においては、以下の抗血小板薬が治療の中心となります。
薬剤名 | 主な作用機序 | 特徴 |
---|---|---|
アスピリン | シクロオキシゲナーゼ阻害 | 最も広く使用されている抗血小板薬 |
クロピドグレル | ADP受容体阻害 | アスピリンとの併用効果が高い |
シロスタゾール | ホスホジエステラーゼ阻害 | 血管拡張作用も併せ持つ |
これらの薬剤の適切な選択と組み合わせにより、脳梗塞の再発リスクを大幅に低減できることが臨床研究によって示されています。
アテローム血栓性脳梗塞は、大血管のアテローム性動脈硬化を基盤として発症する脳梗塞です。この疾患の予防と治療には、複合的なアプローチが必要となります。
主な治療戦略
特に注目すべきは、脂質管理におけるスタチン系薬剤の使用です。スタチンは従来「LDLコレステロール値を下げ、心血管疾患予防に3割ほど有効」とされてきました。しかし、近年の研究ではスタチンの長期使用による副作用や、ビタミンK2合成阻害を介した動脈石灰化促進などの問題点も指摘されています。
慢性動脈閉塞症(ASO)は、主に下肢の動脈が動脈硬化によって狭窄または閉塞する疾患で、間欠性跛行や安静時疼痛、壊疽などの症状を呈します。
ASOの薬物治療には、以下のようなアプローチがあります。
加えて、近年注目されているのが血管新生療法です。血管新生因子(VEGF、FGFなど)を利用して、虚血組織における側副血行路の発達を促進する治療法です。この治療法は動物実験レベルでの知見が蓄積されつつあり、臨床応用への期待が高まっています。
特に重要なのは個々の患者の病態に応じた治療選択です。薬物療法の限界がある場合には、血管内治療(カテーテル治療)やバイパス手術などの血行再建術も検討されます。
血管の恒常性維持において、血管バリア機能は極めて重要な役割を果たしています。近年、この血管バリア機能に着目した新たな治療アプローチが注目を集めています。
特に注目されているのが、血管内皮細胞間のタイトジャンクションを形成するClaudin-5(CLDN5)です。CLDN5は肺微小血管内皮細胞や脳微小血管内皮細胞に発現し、血液脳関門にも関与する重要な分子です。
大阪大学の研究グループは、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)患者の肺においてCLDN5発現量が減少していることを発見しました。さらに、CLDN5の発現を増加させることで、ウイルスによる血管内皮バリア破壊を抑制できることも確認されています。
この研究で特に興味深いのは、すでに臨床で使用されているスタチン系薬剤の一つであるフルバスタチンにCLDN5発現増強効果があり、血管バリア破綻抑制効果が確認されている点です。この発見は、既存薬の新たな適応(ドラッグリポジショニング)の可能性を示唆しています。
CLDN5を標的とした治療法は、新型コロナウイルスだけでなく、様々な血管バリア破綻を伴う疾患(脳卒中、脳出血、認知症など)にも応用できる可能性があります。さらに、血液脳関門の透過性を制御することで、中枢神経系疾患治療薬の送達効率を高める技術としても期待されています。
このような血管バリア機能に着目したアプローチは、従来の血流改善や抗血栓療法とは異なる視点から血管疾患治療に貢献する可能性があり、今後の研究動向が注目されます。
血管バリアを標的とする感染症治療薬の開発に関する詳細はこちら
重要な点として、従来の血管疾患治療では血流の確保や血栓予防に主眼が置かれてきましたが、血管バリア機能という新たな視点を加えることで、より包括的な治療戦略の構築が可能になると考えられます。今後は、これらの複合的アプローチによる相乗効果も検証されていくでしょう。