認知症は加齢にともなう単なる物忘れとは異なり、脳の神経細胞が損傷することで認知機能が低下する疾患です。主な症状は記憶障害から始まり、時間や場所の見当識障害、判断力の低下、言語機能の障害など多岐にわたります。
アルツハイマー型認知症では、特に以下の症状が見られます。
レビー小体型認知症の場合は、これらに加えて幻視や妄想、レム睡眠行動障害、パーキンソン症状なども現れることがあります。
認知症は進行性の疾患であるため、早期の治療介入が重要です。適切な薬物療法により、症状の進行を遅らせ、患者さんのQOL(生活の質)を維持することができます。
認知症治療薬は大きく分けて「認知機能改善薬」と「周辺症状を抑える薬」の2種類があります。
認知機能改善薬(抗認知症薬)
周辺症状を抑える薬
これらの薬剤は認知症の根本的な治療というよりは、症状の進行を遅らせる対症療法という位置づけです。また、現在のところ保険適用が認められているのは、アルツハイマー型認知症とレビー小体型認知症のみであり、脳血管性認知症や前頭側頭型認知症には適応がありません。
近年、日本でも認知症治療に革新をもたらす新薬が登場しています。特に注目されているのが、エーザイが開発した「レカネマブ」と、2024年に保険適用が決まった「ドナネマブ」です。
レカネマブの特徴
レカネマブは2023年12月から保険適用となった新しいアルツハイマー病治療薬です。アルツハイマー病の原因物質とされるアミロイドβに対する抗体薬で、脳内に蓄積したアミロイドβを除去する作用があります。
治療方法:
期待される効果:
ドナネマブの特徴
ドナネマブもレカネマブと同様にアミロイドβを標的とした抗体薬です。2024年に保険適用が決まり、年間薬価は約308万円と設定されています。
両薬剤に共通する注意点:
これらの新薬の登場により、これまで対症療法が中心だった認知症治療に、病気の進行を抑制する選択肢が加わりました。ただし、副作用のリスクや高額な治療費の問題もあり、患者さんの状態や経済状況に応じた慎重な判断が必要です。
認知症治療において、意外かもしれませんが抗てんかん薬が一定の役割を果たしています。この関係性については、2025年2月にNHKの「ためしてガッテン」でも「もの忘れに効く薬があった」と取り上げられ話題になりました。
抗てんかん薬と認知症の関係には主に2つの側面があります。
1. てんかん性の記憶障害と認知症の鑑別
てんかん発作の一種として、突然の見当識障害や記憶障害が起こることがあります。これは認知症と間違われることもありますが、実際はてんかん発作の症状です。この場合、抗てんかん薬による治療が効果的で、「もの忘れが改善した」と感じられることがあります。
しかし、これは認知症そのものが改善したわけではなく、てんかん性の症状が治療されたということに注意が必要です。
2. 認知症患者におけるてんかん発作の合併と行動・心理症状への効果
アルツハイマー型認知症の進行した患者さんの約20%に、てんかん発作が合併することが知られています。このような場合、抗てんかん薬が処方されます。
また、バルプロン酸やカルバマゼピンといった抗てんかん薬には気分調節作用もあり、認知症に伴う以下のような症状に効果を示すことがあります。
特にバルプロン酸は、高齢者でも副作用が比較的少なく、認知症患者の行動・心理症状(BPSD)の治療に有効な場合があります。これは抗精神病薬よりも副作用リスクが低い点がメリットとされています。
ただし、すべての認知症患者に効果があるわけではなく、効果発現までに3〜4日かかる点は留意すべきです。
認知症治療薬を選択する際には、その効果だけでなく、副作用や費用についても十分に検討する必要があります。
主な治療薬の副作用
認知症を悪化させる可能性のある薬剤
以下の薬剤は、認知機能低下やせん妄を引き起こす可能性があるため、認知症患者への使用には注意が必要です。
治療費の問題
認知症治療における大きな課題の一つが治療費です。特に新薬は高額になる傾向があります。
これらの新薬は保険適用となっていますが、それでも患者負担は大きく、経済的な理由から治療を断念せざるを得ないケースも少なくありません。
また、長期的な治療が必要なことから、継続的な経済的負担も考慮すべき重要な要素です。レカネマブの場合、基本的に18ヶ月の継続投与が推奨されており、その後も状態によっては治療継続が必要になります。
治療選択のポイント
認知症の薬物治療を選択する際には、以下の点を総合的に考慮することが重要です。
薬物療法だけでなく、非薬物療法(認知リハビリテーション、運動療法など)との併用も効果的です。また、介護負担の軽減や生活環境の調整なども、総合的な認知症ケアの重要な要素となります。