未熟児網膜症(Retinopathy of Prematurity: ROP)の発症には複数の原因が複雑に関与しています。最も重要な原因は早産による網膜血管発達の未完成です。
主要な原因要因
特に注目すべきは在胎週数による発症率の違いです。28週未満で出生した新生児では約80%が未熟児網膜症を発症し、そのうち約40%で処置や手術が必要となります。一方、32週を超えて出生した場合は約10%の発症にとどまり、ほとんどが自然治癒します。
酸素投与と発症メカニズム
かつて未熟児網膜症は保育器内での高濃度酸素投与により重症例が多発していました。網膜血管が周辺部まで成長していない状態で高濃度酸素が投与されると、血管は網膜の酸素が充足していると判断し成長を停止します。その後、保育器外に出ると周辺部網膜の酸素が急激に不足し、今度は急激な血管新生が起こります。
現在では酸素分圧の測定・調節により患者数は激減していますが、完全な予防には至っていません。この酸素供給不足と異常血管新生の関係は、糖尿病網膜症における血管新生メカニズムと類似しています。
追加的リスク要因
以下の要因も発症リスクを高めることが知られています。
これらの要因が重複することで、より重篤な未熟児網膜症の発症リスクが増大します。
未熟児網膜症の初期症状の特徴は、「症状が認められない」ことです。これが診断における最大の困難点となっています。
初期症状の特徴
新生児期に発症する未熟児網膜症では、以下の理由により症状の把握が困難です。
この無症状性により、多くの場合で保護者や医療従事者が病気の存在に気づかないまま進行してしまうリスクがあります。
診断方法と検査タイミング
出産時に以下の条件を満たす場合、小児科医や新生児科医の判断により眼科医による眼底検査が実施されます。
検査の実施時期
未熟児網膜症は修正30-38週の間に最も進行し、43-45週を超えると自然に停止する特徴があります。そのため、以下のタイミングでの検査が重要です。
診断の専門性
未熟児網膜症の診断には高度な専門知識と技術が必要です。眼科専門医による詳細な眼底検査により、以下の所見を評価します。
未熟児網膜症は進行パターンにより大きく2つの型に分類され、さらに詳細な病期分類が行われています。
基本分類
I型(緩徐進行型)
徐々に進行するタイプで、以下の5段階に細分されます。
1期(網膜新生血管期)
2期(境界線形成期)
3期(硝子体内滲出と増殖期)
4期(部分的網膜剥離期)
5期(全網膜剥離期)
II型(劇症型)
自然治癒傾向が少なく予後不良のタイプです。
重症度評価の指標
病期分類に加えて、以下の要素が重症度評価に用いられます。
これらの分類体系により、治療方針の決定と予後予測が行われます。
未熟児網膜症の治療は病期と重症度に応じて段階的に実施されます。早期介入により視力障害の予防が可能です。
第一選択治療:レーザー網膜光凝固術
重症化予防の第一選択として、我が国の永田博士が世界に先駆けて開発したレーザー網膜光凝固術が標準治療となっています。
新規治療法:抗血管新生因子薬
近年、保険外適応として抗血管新生因子薬の硝子体内投与も行われています。
外科的治療:硝子体手術
網膜剥離等の重症例では専門病院での硝子体手術が必要です。
予後と長期管理
軽症例の予後
未熟児の90%は治療を要さず自然治癒しますが、以下の合併症に注意が必要です。
重症例の予後
治療が必要な重症例では、障害の程度により視力予後が異なります。
長期フォローアップの重要性
治療後も以下の点で継続的な管理が必要です。
国立成育医療研究センターの未熟児網膜症解説
治療法と予後について詳細な医学的情報が提供されています。
未熟児網膜症の予防には、発症リスクの最小化と早期発見体制の構築が重要です。医療従事者の役割は極めて大きく、包括的なアプローチが求められます。
一次予防戦略
酸素管理の最適化
現代の予防の中核となるのは適切な酸素管理です。
周産期管理の改善
早産予防と出生後管理の向上により発症リスクを軽減します。
二次予防:早期発見システム
スクリーニング体制の確立
系統的なスクリーニングにより見逃しを防止します。
対象基準の明確化
検査スケジュールの標準化
医療連携体制の構築
多職種連携の重要性
未熟児網膜症の管理には多職種の協働が不可欠です。
地域連携システム
家族支援と教育
保護者への情報提供
適切な情報提供により家族の理解と協力を促進します。
心理的支援
質の向上と研究
診療の標準化
臨床研究の推進
この包括的なアプローチにより、未熟児網膜症による視力障害を最小限に抑え、患児とその家族の生活の質向上を図ることが可能となります。医療従事者一人ひとりの意識と行動が、この重篤な疾患の予防と管理に直結することを認識し、継続的な取り組みを行うことが重要です。
MSDマニュアルの未熟児網膜症解説
医療従事者向けの詳細な診断・治療指針が記載されています。