プロテアーゼ(プロテイナーゼまたはペプチダーゼ)は、タンパク質のペプチド結合を切断する加水分解酵素の総称です。これらの酵素は動物、植物、微生物に広く存在し、生命活動の維持に不可欠な役割を果たしています。プロテアーゼは活性中心に存在する触媒残基の種類によって大きく7つのグループに分類されており、それぞれが独自の作用機序と生物学的機能を有しています。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC10537240/
プロテアーゼは活性部位の触媒残基に基づき、セリンプロテアーゼ、システインプロテアーゼ、スレオニンプロテアーゼ、アスパラギン酸プロテアーゼ、グルタミン酸プロテアーゼ、金属プロテアーゼ(メタロプロテアーゼ)、アスパラギンペプチドリアーゼの7種類に分類されます。これらは触媒機構と基質認識の違いにより、異なる生理学的機能を担っています。
参考)プロテアーゼ - Wikipedia
セリンプロテアーゼはセリンアルコールを活性部位に使用し、さらにサブチリシン様とキモトリプシン様のサブグループに分類されます。システインプロテアーゼはシステインチオールを使用し、細胞内のタンパク質分解に主に関与します。アスパラギン酸プロテアーゼとシステインプロテアーゼは酸性の至適pHを有するため、特殊な場合を除き細胞内で作用すると考えられています。一方、セリンプロテアーゼとメタロプロテアーゼは中性プロテアーゼであり、細胞外マトリックスの分解など細胞外での作用が中心的です。
参考)セリンプロテアーゼ - Wikipedia
消化系におけるプロテアーゼは、食物中のタンパク質をペプチドおよびアミノ酸に分解し、栄養素の吸収を可能にする重要な酵素です。代表的な消化酵素プロテアーゼには、ペプシン、トリプシン、キモトリプシン、ペプチダーゼなどがあります。これらは膵臓、胃、小腸から分泌され、それぞれ特有の基質特異性を示します。
トリプシンは塩基性アミノ酸であるリジンやアルギニンのカルボキシ基側でペプチド鎖を切断します。キモトリプシンは芳香族アミノ酸であるフェニルアラニン、トリプトファン、チロシンのカルボキシ基側を認識します。エラスターゼは小さな疎水性アミノ酸であるグリシン、アラニン、バリンの隣を切断するという、それぞれ異なる基質特異性を持っています。これらの消化酵素は協同的に働き、食物タンパク質を効率的に分解します。
腸管内のプロテアーゼ活性は消化だけでなく、腸管恒常性の維持にも重要であり、その調節異常は過敏性腸症候群、炎症性腸疾患、セリアック病などの消化器疾患の病態生理に関与していることが近年明らかにされています。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC10592107/
プロテアーゼは単なる消化酵素にとどまらず、細胞のシグナル伝達、増殖、分化、アポトーシスなど多彩な生理機能を調節しています。特にシステインプロテアーゼの一群であるカスパーゼは、アポトーシス(プログラム細胞死)の実行に中心的な役割を果たします。カスパーゼは基質タンパク質のアスパラギン酸残基の後ろを特異的に切断するアスパラギン酸特異的システインプロテアーゼであり、他のカスパーゼを活性化するカスケード機構により機能します。
参考)カスパーゼ - Wikipedia
セリンプロテアーゼであるトリプシンは、消化機能以外にも脳神経系での役割が注目されています。神経発達、可塑性、神経変性、神経再生において重要な役割を果たし、ニューロプシンは学習と記憶を調節することが示されています。メタロプロテアーゼの一種であるマトリックスメタロプロテアーゼ(MMP)は、細胞外マトリックスの再構築と組織リモデリングに関与し、動脈硬化性プラークの脆弱化にも関連しています。
参考)http://j-ca.org/wp/wp-content/uploads/2016/03/4311_byo_so3.pdf
腸管プロテアーゼと消化器疾患の病態に関する最新の知見(NIH PubMed Central)
プロテアーゼの機能を標的とした阻害剤は、多様な疾患治療に応用されています。HIV治療におけるプロテアーゼ阻害薬は、ウイルス遺伝子から形成されたタンパク質を機能タンパク質に変換するプロテアーゼの活性を阻害し、ウイルス増殖を抑制します。この薬剤は逆転写酵素阻害薬やインテグラーゼ阻害薬と併用される多剤併用療法(ART)の重要な構成要素です。
参考)プロテアーゼ【ナース専科】
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)治療においても、SARS-CoV-2のメインプロテアーゼ(Mpro)を標的とした阻害剤が開発されました。Mproはウイルスポリタンパク質の切断に必須であり、その阻害によりウイルス増殖が抑制されます。ファイザー社が開発したNirmatrelvir(商品名Paxlovid)は、現在臨床で使用されているCOVID-19治療薬です。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC9283855/
消化器疾患の分野では、膵機能低下や慢性膵炎患者に対して、アミラーゼ、プロテアーゼ、リパーゼを含む消化酵素製剤が処方され、食物の適切な消化をサポートしています。膵嚢胞線維症患者では、粘液により膵臓導管が閉塞し消化酵素が適切に分泌されないため、消化酵素製剤の経口投与が必須となります。
参考)酵素はどのように活用されている?特徴や日常生活から医療までの…
SARS-CoV-2メインプロテアーゼ阻害剤の開発研究(東京医科歯科大学プレスリリース)
プロテアーゼは非常に高い基質特異性を持ち、特定のアミノ酸残基で選択的に切断するため、生体内におけるタンパク質の機能や分解の精密な制御を可能にします。この特性により、プロテアーゼは新しい作用機序に基づく薬剤開発の強力なツールとして期待されています。現在、アルツハイマー病におけるアスパラギン酸プロテアーゼ阻害剤の開発や、新興感染症に対するプロテアーゼ阻害剤の探索が進められています。
参考)https://www.promega.jp/products/mass-spectrometry/proteases-and-surfactants/
近年の研究では、外因性プロテアーゼおよびリパーゼがプレバイオティクスとしての役割を持つ可能性も示唆されており、腸内細菌叢の有益な細菌や短鎖脂肪酸のレベルを増加させることが動物実験で確認されています。これらの発見は、消化酵素が単なる栄養吸収促進だけでなく、腸管健康と疾患予防における新たな治療戦略の基盤となる可能性を示しています。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC11902181/
臨床診断の分野でも、プロテアーゼは重要なバイオマーカーとして活用されています。心筋梗塞診断におけるクレアチニンキナーゼやトロポニンの測定、肝機能評価における各種酵素活性の測定など、プロテアーゼおよび関連酵素の測定は疾患診断と治療方針決定に不可欠です。
プロテアーゼの多様性と特異性は、今後の創薬研究と個別化医療の発展において、ますます重要な役割を果たすことが予想されます。