スレオニン(トレオニン、Thr)は分子式CH₃CH(OH)CH(NH₂)COOHで表される必須アミノ酸です。読み方の違いにより「スレオニン」と「トレオニン」の両方の表記が使用されており、英語表記のthreonineに由来します。1935年にウィリアム・カミング・ローズ(W.C.Rose)らによって血液フィブリンの加水分解物から発見され、人間のたんぱく質を構成する20種類のアミノ酸の中で最後に発見されました。
参考)https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%88%E3%83%AC%E3%82%AA%E3%83%8B%E3%83%B3
この化合物はトレオース(threose)という糖と構造的類似性があることから命名されました。分子量は119.12で、略号はThrまたはTです。極性無電荷側鎖アミノ酸に分類され、側鎖にヒドロキシエチル基を持つという特徴的な構造を有しています。
光学活性中心を2つ持つため4つの異性体が存在し、(2S,3R)体のみがL-スレオニンと呼ばれます。この立体化学的特性は、生体内での機能発現において重要な意味を持ちます。遺伝子中ではコドンACU、ACC、ACA、ACGによってコードされており、たんぱく質合成における重要な構成要素として機能しています。
スレオニンは糖原性とケト原性の両方の性質を有する特異的な必須アミノ酸です。主要な代謝経路として、スレオニンデヒドロゲナーゼによってピルビン酸へと変換される経路があります。この経路では、中間体がCoAによる加チオール分解を受け、アセチルCoAとグリシンが生成されます。
参考)https://humanmetabolome.com/jpn/news/2022/12/68072/
ヒトにおける別の重要な代謝経路では、セリンデヒドラターゼ(スレオニンデアミナーゼ)の働きによってα-ケト酪酸とアンモニアに分解されます。α-ケト酪酸はその後プロピオニルCoAへと変換され、スクシニルCoAを経てクエン酸回路へと流入することで、エネルギー代謝に直接的に寄与します。
現在の研究では、スレオニンが栄養代謝の調節、高分子生合成、腸内恒常性の維持において重要な役割を果たすことが明らかになっています。特に、エネルギー代謝に関してスレオニン補給が有益な効果をもたらすという証拠が蓄積されています。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC8399342/
スレオニンの最も注目される生理機能の一つは、脂肪肝の予防・改善作用です。スレオニンは体内の代謝を促進することで、肝臓への脂肪の蓄積を防ぐ重要な役割を果たします。この作用は、現代の医療現場において非アルコール性脂肪肝疾患(NAFLD)の予防・治療戦略を考える上で重要な意味を持ちます。
参考)https://www.mcsg.co.jp/kentatsu/health-care/20148
また、スレオニンは胃炎の改善作用も有しており、消化器疾患の治療において補助的な役割を果たす可能性があります。筋緊張昂進の抑制作用も報告されており、神経筋系疾患への応用も期待されています。
動物実験においては、スレオニンが腸管粘液の重要な構成成分として機能し、腸管免疫系に影響を与えることが示されています。特に、マイトジェン活性化プロテインキナーゼ(MAPK)およびラパマイシン標的(TOR)シグナル経路を介した複雑なシグナルネットワークを通じて、腸内環境の恒常性維持に寄与しています。
スレオニンは美容医学の分野でも重要な役割を果たしています。コラーゲン合成の材料として機能し、肌のハリを保つ効果があることが知られています。この作用は、側鎖のヒドロキシ基がグリコシル化を受けて糖鎖を形成する能力に関連しています。
また、髪の潤いを保つ効果も報告されており、皮膚・毛髪の健康維持において重要な栄養素として位置づけられています。これらの効果は、スレオニンがエラスチンやコラーゲンなどの構造たんぱく質の重要な構成成分であることに起因します。
参考)https://www.qeios.com/read/4IA4HE/pdf
興味深いことに、トレオニンキナーゼの作用によりリン酸化され、ホスホトレオニンとなることで、細胞内シグナル伝達において重要な役割を果たします。この翻訳後修飾は、様々な生理的プロセスの調節に関与している可能性があります。
臨床医学の観点から、スレオニンは複数の代謝性疾患と関連しています。マロン酸およびメチルマロン酸尿合併症(CMAMMA)、メチルマロン酸血症、プロピオン酸血症などの疾患では、スレオニンの分解が障害されることが知られています。これらの疾患の診断・治療において、スレオニン代謝の理解は不可欠です。
また、スレオニンは食欲不振や貧血、体重減少などの症状を改善する効果も報告されています。不足状態では、これらの症状が現れる可能性があり、適切な栄養管理が重要となります。
最近の研究では、L-アロトレオニン誘導体であるLX519290が強力な抗酸化活性を示すことが報告されており、将来的な治療薬としての可能性が期待されています。この化合物は、DPPHおよびABTSラジカル消去活性、鉄還元抗酸化能など、多様な抗酸化メカニズムを有しています。
参考)https://www.mdpi.com/1422-0067/17/9/1451/pdf
幹細胞研究においても、ES細胞やiPS細胞の未分化状態の維持にスレオニンが必須であることが明らかにされており、再生医療分野での応用も期待されています。未分化ES細胞では、スレオニンからグリシンおよびアセチルCoAを合成する際の律速酵素であるスレオニン脱水素酵素が重要な役割を果たしています。
参考)http://first.lifesciencedb.jp/archives/8655
スレオニンの動物における生理機能に関する包括的レビュー(PMC)
スレオニン(トレオニン)の基本情報と生化学的特性(Wikipedia)