トリプシンは膵臓から分泌される消化酵素で、分子量24,000のセリンプロテアーゼです。トリプシンは塩基性アミノ酸であるリジン(Lys)やアルギニン(Arg)のカルボキシル基側のペプチド結合を選択的に加水分解します。この基質特異性により、タンパク質を特定の部位で効率的に切断し、消化を進めることができます。
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トリプシンはトリプシノーゲンという不活性前駆体として膵臓で合成され、十二指腸に到達後、腸粘膜のエンテロペプチダーゼ(エンテロキナーゼ)によってN末端が切断されることで活性型へと変化します。興味深いことに、活性化されたトリプシン自身もトリプシノーゲンを切断するため、連鎖的に活性化が進行します。膵臓にはカチオニックトリプシンとアニオニックトリプシンが含まれており、正常ではほぼ2:1の比率で存在しています。
参考)〈消化吸収の基礎〉膵液中の消化酵素 
トリプシンは中性から弱アルカリ性の環境下で最も効率的に作用し、最適pHは約8程度とされています。トリプシンとキモトリプシンは構造が非常に似ており、同じ祖先遺伝子から進化したと考えられていますが、基質特異性は明確に異なっています。
参考)タンパク質を分解してアミノ酸にする消化酵素の分解する仕組みや…
キモトリプシンは分子量25,310のセリンプロテアーゼで、芳香族アミノ酸のカルボキシル基側のペプチド結合を加水分解します。特にフェニルアラニン(Phe)、トリプトファン(Trp)、チロシン(Tyr)などの大きな疎水性アミノ酸のC末端を選択的に切断します。キモトリプシンが芳香族アミノ酸に対して基質特異性を発揮するのは、活性中心の近辺に疎水性基でできた空洞があり、芳香族の側鎖がここに入ると安定化するためです。
参考)キモトリプシン - Wikipedia
キモトリプシンは膵臓でキモトリプシノーゲンとして合成され、膵管から十二指腸に分泌されます。キモトリプシノーゲンは245アミノ酸残基を持つ1本のポリペプチド鎖で、膵臓の腺房細胞で合成され、微小体に保存されます。消化管に到達すると、トリプシンによって15番アルギニンと16番イソロイシン間の結合が切断され、活性状態のπ-キモトリプシンとなります。その後、自己分解によりセリンとアルギニン、トレオニンとアスパラギン間の結合が切断され、三つに切れたポリペプチド鎖がジスルフィド架橋(S-S架橋)でつながれたα-キモトリプシンとなります。
参考)キモトリプシン(きもとりぷしん)とは? 意味や使い方 - コ…
ヒトではキモトリプシンの最適pHは8~9程度の弱塩基性です。キモトリプシンもトリプシンと同様に、1967年にX線結晶解析によって立体構造が決定されており、α-ヘリックスが少なく、逆平行β-ひだ状構造が多いという特徴を持っています。
キモトリプシンとトリプシンは、どちらも活性中心に195番目のセリン残基、57番目のヒスチジン残基、102番目のアスパラギン酸残基を持つ「触媒三残基」を有しており、これらがセリンプロテアーゼとしての酵素活性を担っています。キモトリプシンは反応性の低いカルボニル基を強力な求核剤である195番目のセリンの残基で攻撃し、一時的に基質と共有結合を作ることで酵素基質複合体を形成します。
参考)https://www10.showa-u.ac.jp/~biolchem/H21enzyme-print.pdf
具体的な反応機構では、アスパラギン酸(Asp)の影響によってセリン側のヒスチジン窒素原子は常にプロトンの受け渡しが可能な状態になっています。まずセリンのOH基がペプチド結合部分と反応し、セリン-OH上でタンパク質との複合体ができると、結合が切れてアミン(C末側のペプチド断片)が遊離します。その後、ヒスチジン残基が水素を引っ張り、活性化した水分子がセリン-ペプチド複合体を加水分解することで、反応が完結します。
トリプシンとキモトリプシンは触媒機構は同じですが、活性中心付近の構造の違いにより基質特異性が異なります。トリプシンには負に荷電したアスパラギン酸残基を含む結合ポケットがあり、正に荷電した塩基性アミノ酸を認識します。一方、キモトリプシンは疎水性ポケットを持ち、芳香族側鎖を認識します。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC300366/
トリプシンとキモトリプシンは膵液中の代表的なタンパク質分解酵素であり、エラスターゼとともに協同して働き、タンパク質を切断します。これらの酵素はいずれも分解活性を持たない前駆体として分泌され、膵臓自身にはダメージを与えない仕組みを持っています。
膵液中のタンパク質分解酵素の活性化にはトリプシンが中心的な役割を果たしています。トリプシンはトリプシノーゲンとして分泌され小腸到達後にエンテロペプチダーゼによりN末端が切断され活性型へと変化し、さらに活性化されたトリプシン自身もトリプシノーゲンを切断するため、連鎖的に活性化が進みます。キモトリプシンは不活性型のキモトリプシノーゲンとして分泌され、エンテロペプチダーゼおよびトリプシンによりN末端が切断され、活性型に変化します。このようにトリプシンは他の膵酵素の活性化にも重要な役割を担っており、消化酵素カスケードの中心的存在といえます。
参考)キモトリプシノーゲン - Wikipedia
部分的に胃で消化されたポリペプチドは幽門を通り、十二指腸に移行し、小腸内で膵液中に含まれるトリプシン、キモトリプシン、エラスターゼなどによってさらに分解されます。トリプシンは塩基性アミノ酸、キモトリプシンは芳香族アミノ酸、エラスターゼは小さな中性アミノ酸をそれぞれ切断することで、異なる基質特異性を持つ酵素が協調して効率的なタンパク質消化を実現しています。
参考)http://www.ach.ehime-u.ac.jp/biotec/Sprotease16.pdf
血中トリプシンの測定は膵臓の炎症と腫瘍、膵管の閉塞、膵臓外分泌機能の残存量などの指標となり、膵臓疾患の診断や経過観察などに利用されます。トリプシンは膵臓以外の臓器には存在しないため、膵特異性はアミラーゼやリパーゼより高く、膵疾患の検査に有用です。血中でのトリプシンは主としてトリプシノーゲン(Tgn)として存在し、活性化されたトリプシンはα2-マクログロブリン(α2-M)やα1-アンチトリプシン(α1-AT)などの阻害物質と結合し、複合体を形成するため、トリプシン単独では血中には存在しません。
参考)try
血中では阻害物質や類似活性酵素が共存するため、酵素活性ではなく免疫学的測定法によってタンパク質量が測定されます。膵疾患、特に急性膵炎で高値を示し、上昇期間がアミラーゼより長いため、特に回復期の膵炎診断に有用です。急性膵炎、慢性膵炎急性増悪、胆石症などで高値を示し、慢性膵炎や膵実質の破壊が進んでいる場合(膵線維症・膵石症)、1型糖尿病では低値を示します。
参考)34 キモトリプシン (臨床検査 32巻11号) 
キモトリプシンは膵臓で不活性前駆体キモトリプシノーゲンとして合成・分泌され、トリプシンによる限定分解を受けて活性化されるタンパク質分解酵素です。チロシン、フェニルアラニンなど芳香族アミノ酸のカルボキシル基を含むペプチド結合をよく水解するエンドペプチダーゼとして働きます。血中キモトリプシンの測定も膵疾患の診断に用いられますが、トリプシン阻害体が産生されることにより血中トリプシンと結合するため、測定には注意が必要です。
参考)トリプシン Trypsin/キモトリプシン Chymotry…
糞便中キモトリプシン活性(FCA)の測定は、膵外分泌機能障害のスクリーニングテストとして有用です。健常人のFCAは42.4±30.7 U/gで、正常下限値は12 U/gと設定されており、慢性膵炎や膵癌では健常人に比して有意な低値を示します。FCAは簡便で精度もよく、膵外分泌機能障害の程度が中等度から高度例で著しい低下が認められるため、非侵襲的な膵機能評価法として臨床的に有用です。
参考)糞便中キモトリプシン活性の測定法 (検査と技術 18巻4号)…
<参考文献>
膵臓からの消化酵素とその臨床的意義については、以下のサイトが詳しく解説しています。特に消化管での働きや検査の意味について理解を深めることができます。
膵臓からの消化液はオールマイティ? | 看護roo!
キモトリプシンとトリプシンの構造と機能に関する詳細な情報は、以下のリンクから入手できます。
トリプシン (Trypsin) | 今月の分子 - PDBj
膵液中の消化酵素の基礎知識について、以下のサイトで分かりやすく解説されています。